4.第三話 『焼肉』 前
朝食を食べたあと、いつもならテキパキ仕事をする一木さんの元気がなかった。
ぐにゃんと曲がって不貞腐れたように座っている。
理由を聞くと、実は誰かに騙されたらしい。
いくら振り込んだの? 壺でも買わされた? まさか……お相手が既婚者だった?
【悲しい嘘をつかれた】
繊細な一木さんは傷ついてしまったんですね。
おお、おかわいそうに。
一木さんと会う人なんて……
黒田くん、あの野郎……!!
一木さんに何を言いやがった!?
「元気出して一木さん。ほら、花ちゃんをひっつけていいよ?」
一木さんに変化はない。
仕方ない。
ここは、私の人生経験でなんとかしましょうか。
「一木さん、この世には信じられないぐらい美味い料理がまだまだあるのよ!!!」
お、反応した。
「今日のお昼ご飯は、焼肉です!!」
私はカチカチで網を作り、炭を敷いて火をつけた。
ちなみに、ちょうどよく拾った杖が魔力を流すと火を出すのでマッチ替わりに使います。
落とした人ありがとう。大切にするね。
『前もやった』って?
いえいえ、前のはステーキ。
これは焼肉。
「遠赤外線効果と高熱でお肉を焼くことで、火が通り、余分な脂が落ちることで極上の肉が焼ける。そう、これが人類が到達した最高の料理、焼肉よ!!」
一木さんが拍手する。
フフフ、君が学んでいるお行儀のいいお料理番組は所詮ご家庭向け。
料理にはまだ本格派の段階があるのさ。
「一木さん、焼肉は数々の社会人が力を欲し、英気を養うために食べ続けてきたパワーフードなの」
一木さんがこくこくとうなずく。
「これを共に食べることは儀式でもある。こうして網を囲むことで、より固い結束を願うのよ」
一木さんがこくこくとうなずく。
「一木さんは初心者だから、今日は私が肉奉行をやります。この網の力を最大限活かし、肉の最高な焼き加減を見極める責任ある立場よ。いつか一木さんにもやってもらう時が来るかもね」
一木さんがうなずく。
「え、焼肉ですか?」
まるで狙ったかのようなタイミングで黒田くんがやってきた。
「スーツににおいが付いてしまいますね」
「あ、黒田くん……一木さんに何か言うことあるんじゃありませんこと?」
「ああ、そうですね」
黒田くんが一木さんに何か話している。
あ、一木さんが元気になった。
「黒田くん、ちゃんと謝れたんだね。偉い偉い」
「トミカさん、相変わらずお花畑ですね」
「ああ、一木さん、黒田くんが悪口を言いました!」
【黒田も焼肉食べましょう】
えぇー。
なんだよぉ。
お奉行はわたしだぞ!
「焼肉……ならちょうどよかった」
黒田くんが、マジックバックから取り出したのは白い袋だった。
「ま、まさか旦那!! そりゃまさか……」
「はい、どうせ考えなしに食べて、そろそろ無くなっている頃だろうと思いまして。多めに仕入れてきましたので、仲間に入れてください」
黒田米だ。
てぇへんだ!
へへへ、米があるなら言ってくださいよ、旦那~。
こんな上等なもんをもらっちゃぁねぇ。
悪態も何も関係あらしまへんで!
食べてってくんな!!
「一木さん、見たかい? これが渡世の仁義ってやつよ」
「違いますよ」
「はは、どうぞどうぞ、おかけになってくださいまし」
おっと、しまったぞ。米×焼肉なら焼き肉のタレが欲しい。
塩でもいいけど、米があるなら焼肉のタレがいいんだ。
ということで、自作することにした。
大体醤油とみりんだろ。日本人が好きな味なんて。
カンタンカンタン。
フライパンで混ぜて温めてみた。
ぜんっぜん違う。ナニコレ。焼き肉のタレって何?
塩を足してみた。
遠くなった。
「なにやってるんですか?」
「うわぁぁ!! 焼肉のタレが無いと、焼肉はやってはいけないという法律が……!!!」
「無いですけどね」
ささっと、一木さんが作ってくれた。
ガツンと焼肉のタレって感じだ!
焼肉開始だ。
「ちなみに、これは何の……」
【黒田も食べていい肉】
「だめな肉があるみたいじゃ……ちょっと『鑑定』しますね」
しゃらくせぇ。
焼くぞ焼くぞ!!
じゅわりと油の弾ける音。
食欲をそそるにおい。
「さぁ、食べて食べて」
熱さのなかに閉じ込められた肉のうまみが、肉汁と共に口の中で爆発する。
それから炊き立てのお米をかきこむ。
「最高……!!!」
「CMでも狙ってるんですか?」
花ちゃんもバクバクと食べている。
部活帰りの柔道部みたいに食べてる。
自然とみんなが笑顔になる。
焼肉って楽しいな!!
こういう感じなんだね。
気が付くと私は焼肉奉行の座を黒田くんに取られていた。
「あれぇ」
「トミカさん、焼肉あまりやったこと無いのでは? 焼く順番がめちゃくちゃですし、少し焼きすぎですし」
はぁ?
やったこと、ほぼ無いですけど?
私に焼肉を一緒に行く人がいたと思います?
【トミカ、騙した】
「一木さん、これはね、ハッタリって言うのよ」
「見栄っ張りでは?」
「そういう黒田くんはどうなの? 詳しいんですか? 文化系でしょ!?」
「うちは大所帯なので、新人の歓迎会や、慰労会、遠征帰りの打ち上げなどで焼肉は定番ですよ」
黒田くんは網をきれいにして、温めてからあっさりした部位を均一に切って焼き始めた。
「くぅ……認めざるを得ない。今日の焼肉奉行は君です」
「要りませんよ、そんな称号」
いずれ、取り返す。
その時まで、他の誰にも奪われないでよね。
「おいしいね、一木さん」
【おいしー】
「ところで、黒田くんは一木さんに何を話してたの?」
黒田くんと一木さんが顔を見合わせる。
「トミカさんは……」
【知らなくて良いことよ】
疎外感……
へん、なにさ!
いいもんね。肉を食べれば忘れちゃんもんね!!
「花ちゃん、お肉食べちゃおうぜ」
『きゅぃぃ!』
「はしたないですよ」
【お肉ばっかり食べないの】
肉の奪い合い。
それもまた焼肉さ。




