3.第二話 『闇ギルドの刺客たち』
男たちは、『緑のダンジョン』の出入り口に横たわっていた。
たった今、九死に一生を得たところだ。
意識を取り戻した男は、連絡を掛けた。
まず仕事が失敗したことを告げた。
それから、二度とこの仕事は受けないことも。
不正ライセンスカードでターミナルに侵入した自分たちはじきに当局に捕まるだろう。
その限られた時間の中、優先してすべきことがあった。
「もしもし?」
『遅いじゃない!! 成功したの!!? トミカは!!? 連れてきて!!!』
連絡したのは坪根だ。
「そういうわけにはいかなくなった」
男は、自分でも意外な選択をした。
振り返れば、簡単な仕事だった。
ただ、『深緑の魔女』を捕らえるだけ。
S級といえど、日本の探索者だ。
闇ギルドの精鋭5名。対人戦のプロたちが集められた。
彼らにとって専門的な対人訓練を受けていないS級は、素人同然だった。
5人も要らない。
それでも彼らは油断なく、まずは情報収集を念入りにした。
◇
情報サイト『探索者になろう』では『深緑の魔女』の話題で持ちきりだった。
〈『深緑の魔女』がまた緑で人を助けたってな〉
〈銀髪の聖女のような人なんだろ?〉
〈いろんなモンタージュ見たけど、なんかおとぎ話の妖怪みたいじゃない?〉
〈日本人じゃないんだろう〉
〈海外勢がその説を推してるよね〉
〈なぜか日本にいてくれてよかった〉
〈こんな日本ダンジョン界が盛り上がっているの、20年ぶりじゃない?〉
〈協会の職員とかは知っているの?〉
〈いや、知らないらしい。役員とかからじゃない?〉
〈あと、『黒衣の賢者』。相変わらず、いい仕事するわ〉
〈『東京賢人会』に『深緑の魔女』加入なの? 最強じゃん〉
あらゆる情報が転がっている。
〈息子を助けていただきました。どうしてもまたお会いして、お礼がしたいです〉
『深緑の魔女』は見つけるより、知ってそうな人物に近づく。
そこで坪根と接触した。
協会本部で騒ぎ、追い出されたところで声を掛け、懐柔するのは容易だった。
坪根の目的は『深緑の魔女』ではなく、協力していると確信している元部下の『トミカ』という薬師だという。
「あの女、おかしくなっていた。ポーション依存症だ」
「普通、その『トミカ』とやらが『深緑の魔女』だと思うだろう」
「見た目が違うなんて、些細なことだ。スキルか、ステータスによる肉体最適化だな」
「好都合だ、場所は絞れた」
「出るのは夜らしい。偽造ライセンスも用意した。今夜だ」
坪根の説明は要領を得なかったが、ギルド赤雲に残っていた資料から、トミカの使っていたターミナル、ダンジョン内の行動範囲を特定するまでそう時間はかからなかった。
順調だったのはそこまでだった。
「な、なんだこいつは……!!」
けが人のフリをして、おびき寄せた『深緑の魔女』。
「榊原トミカじゃないだと?」
現れたのは一木さんの方だったので、当然彼らの対人スキルはまったく役に立たなかった。
「うぅーん……騙したのね。なぜなの?」
5人の刺客に対し、一木さんはダンジョンの草木を操った。
その身を護る分厚い樹木は魔法の大火力を防ぎ、何度も生え変わる。
ひとたび捕まれば、魔力と気力と体力を一気に吸い取られる。
その触手から逃れた先には、他の魔草種が待ち構えている。
身を潜めても、気配を消しても、隠れられる場所は無い。
「なぜかしら? 誰なの? うぅーん……教えてくれないの?」
無数のアイテムを使い、武器を捨て、夜が明けるのを待ち、ただ逃げる。
彼らにできたのはそれだけだった。
もはや動けなくなった。
絶体絶命。
彼らは死を覚悟していた。
「うわ、生きてる!」
誰かが近づいて来た。
陽だまりの陽光に照らされて、輝く黒髪の美女に、男は眼を奪われた。
「ポーション……えっと、この人は78キロぐらいで、こっちか。こちらは――」
やさしく、自分たちを介抱してくれた女。
「死ぬな、ガイズ。大自然は君たちにチャンスをくれているのだ」
運ばれている間、彼女がずっと話しかけ続けているのを聞いていた。
所々わからなかったが、その声を聞いているうちに、死が迫る恐怖を感じなくなっていた。
――ああ、きっと、彼女が榊原トミカだろう。
そう直感した。
「じゃ、お大事に」
優しい言葉だった。
敵だったとは思えない。
彼女はなぜ、助けてくれたのか。
理解できなかった。
世界はそんなに甘くない。
人が力を得て、欲望は露わになり、醜さは増し、ただ優劣を競い合うことを至上とする世界だ。
「なぜ、助けル?」
「アディオス、アミーゴ!」
彼女は何も語らず、何も求めず、ダンジョンに戻っていった。
その後、男は坪根に連絡した。
「もしもし?」
『遅いじゃない!! 成功したの!!? トミカは!!? 連れてきて!!!』
「そういうわけにはいかなくなった」
『話が違うっ!!』
「榊原トミカに、手は出すな。もし他の闇ギルドに依頼を出しても、後悔することになる」
『脅すつもり!?』
「お前を生かしているのは、榊原トミカの知り合いという理由だけだ。あの人はお前を殺すことを望まないだろう」
『何なのよ! なんでそうなるのよ!!!』
男は通話一方的に切り、電話を握りつぶした。
そのころには残りの刺客も目を覚ましていた。
「お前たちはどうする?」
「途中から聞いていた。おれも降りるさ」
「あんたとやり合うのはごめんだよ」
「甘いな。あんたらしくない」
「確かに、何か毒でも喰らったのか?」
良心などない。
だから男も自分がなぜそうしたのか、わからなかった。
ただ男はずっと、懐かしいような、いい夢を見た時のような感覚だった。
「お前たち、最後に人に優しくされたのはいつだ?」
刺客たちも沈黙し、古い記憶を探っていた。
「確かに毒を喰らったのかもな」
刺客たちはその後駆け付けた当局に拘束された。
だが、彼らの口から榊原トミカの名前は出なかった。




