4.第三話 『来訪者』 前
黒田くんは私のポーションでダンジョン協会と交渉してくれるという。
そのポーションの品質やら、生産数やら、私ではなく一木さんと話し始めてしまった。
疎外感の中、私は花ちゃんとじっと話し合いが終わるのを待った。
「十分な供給が見込めそうです」
「あの、私『秘薬』の作り方とか知らないんですけど……」
人魚の血とか、ドラゴンの角とか、悪魔の心臓がいるんじゃないんですか?
「このポーションは貴女が作ったもので間違いありませんね?」
「はい!」
「ならば、これと同じように作ってください。これが『秘薬』です」
『秘薬』って、そんな簡単に作れるの?
自家製の薬草を、普通に『調合』しただけよ?
え、私、今まで『秘薬』を『中級』で売ってたってこと?
市場が混乱するわ!!
あ、だから怒られて、話し合いに入れてもらえないんですね。
納得~。
あれ、私大損してないか? 大損してないか!?
「でも、なんで急に? ダンジョンの風土? 薬草の品質? やはりミラクル作物の――」
「貴女が超S級の魔力量とスキルを兼ね備えているからでしょう」
「おぅ……S級って?」
「ああ、まずそこからですね」
本日二度目のティータイム。
私は黒田くんの説明をじっくりと聞くことにした。
それによると、私はS級と同等以上のステータスを持っているらしい。
「ご冗談を。私、経験値とか積んでいないよ?」
「魔草との共同生活がきっかけでしょう。何か魔草の生育に必要なものを与えていませんか?」
「そんな餌付けみたいなことしてません!」
あ、魔力水に肥料。最近は廃棄になるミラクル作物も。
いや営業さんたちには労働の対価だし、作物の消費は手伝ってもらってるくらいよ。
「だとしても、何で経験値が私に入るの?」
「『アバター』という映画を観たことありますか?」
「ジェームズ・キャメロン? 私、『ターミネーター2』が好き」
「あぁ、ベタですね」
「黒田くんは?」
「『タイタニック』ですかね」
「ベタじゃ~ん! 傑作だよね。なんだか、観たくなっちゃった」
何の話だっけ?
「『アバター』では自然と自然が繋がり、情報ネットワークを形成している。あの映画の元になった学説は事実として立証されていて、木々は神経伝達物質で情報をやり取りし、栄養などを融通し合い、複雑な社会構造を形成しているのです。貴女はその中に同族として組み込まれ、経験値も情報の一つとして共有されているのでしょう」
ほぇ?
木とか草とが?
なるほど……
わかったわかった。
完璧にわかりました!
「えっと……つまり、大自然教だね!?」
「いやそれは知らないですが」
大自然の力で私、S級になってたん?
どうりで、疲れないと思った!
「ああ、大自然教。慈しみ育み、大自然教」
「詳しく知りたいので詳細は後でレポートを提出してください」
「えぇ、嫌です」
学生時代を思い出す。胃酸が内臓を駆け巡ったよ。
今夜は花ちゃんを抱いて寝ないと、宿題を忘れた悪夢を見てしまう。
「そう言えば、『赤雲』にいた頃から薬草をタダで調達してましたね。まさか……」
「うん、そうだよ。もう十年以上通ってるし」
「十年通い、共生関係を築き上げたのですね。ゲームの裏コマンドみたいなことを」
「いやぁ」
「擬態する魔草を騙して油断させ徐々に人と魔草の境界線を侵食して経験値をかすめ取るわけですか」
「言い方」
違うよ。そんなつもりじゃないの。
「再現性は低いですね。目視で魔草を見分けるのは難しい上に、それだけでは無理でしょう」
「そう?」
「狙ってやったわけではないのですね? 鮫島教授の理論に反したとか」
「鮫島?」
「ああ、そうですね。貴女はそういう人でした。その色々ズレた無頓着さが貴女をS級にしたのでしょう」
ひどい言いようだ。
黒黒田くんだ。
「真面目に経験値を積んだ身としては歯がゆいですが」
「存じませんで、失礼」
わかるはずないじゃないか。
もっとわかりやすい兆候とかあるでしょ、普通。
あ! あれかな?
「黒田くん知ってた? 土魔法って雑草操れるんだよ」
「そんなわけないでしょう」
「土をカチカチにもできるよ」
「鉱物層を形成する力分子構造まで変質させてしまうのでしょう。それも経験値の獲得によるレベルアップの影響です」
なぜ気づかないという視線。
ああ、大自然教。理屈ではないのさ、大自然教。
何はともあれ、私は『秘薬』を作って、黒田くんに渡せば、いいわけだ。
「『秘薬』という交渉材料があれば本部の説得はできるでしょう。貴女がここで暮らし続けたいというなら、それも含めて探ろうと思います」
「ありがとうございます」
「しかし、本当にダンジョンに残って貴女に何のメリットが? 話しましたがこれだけのポーションがあればひと財産、どころか何世代も働かずに食べていけますが」
「ここが好きになったみたいで」
黒田くんはおかしな眼で見ていたけど、ステータスがすごいとか、上とか下とかそういう社会がいやなのかも。
ほら、体育の授業であれこれ比べられて、ああ私って運動音痴なんだって自覚するでしょ?
体育は苦手で嫌いになっていくけど、ちょっと走ってみたら気持ちよくて案外嫌いじゃなかったと気づいたり。
嫌いなのは運動じゃなくて、自分なりの充実感や在り方が否定されることなんだ。
「私はポーションを作ったり、あれこれ模索しながら生活している今の方が楽しいんです」
「そうですか、わかりましたよ」
「それに、私みたいなもんが急に巨額の大金を手にして御覧なさい!! 急に『ポーション造るのやめる』とか言いますよ!!」
「すごい説得力だ。それは困ります」
己に見合わぬ評価など、精神をゆがめるだけなのだ。
私はもうお金や評価のためにどう生きるかを決めたくない。
そして私の生き方に、過剰なお金や社会の評価は必要ないのだ。
「あとね、世間様があくせく働いて精神を削っているとき、イチゴのタルトを食べながら日向ぼっこしている。そこがいいよね」
黒田くんはフッと笑った。
「貴女のポーションが流通して、生存率がどう変化したか、随時資料をお持ちしますよ」
「なにその怖い資料、見たくない!」




