1.第一話 『年貢の納め時』 前
いつかはこんな日が来ると思っていた。
探索者の顔に疎い私でも知っている。
彼はS級。しかも、日本のトップランカーだ。
低迷していると言われている日本ダンジョン界の中でも、海外のトップランカーたちと遜色のない実績と実力を兼ね備えていると言われていて、協会の厄介ごとも引き受けている苦労人。
『黒衣の賢者』――黒田
これは私も年貢の納め時だ。
彼が出向いたということは相当大事になってしまったらしい。
くそう『深緑の魔女』め。
私はもっと密やかに生きていくつもりだったのに。
おや……黒田くん、どうした?
クールなメガネキャラが動揺しちゃって。
「ほ、本当に貴女ですか?」
「はい……わたくしでございます」
ひょっとして私のことなんて忘れちゃってた?
「いや、あの『赤雲』で薬師やってた榊原トミカだよ」
「それは覚えてます。お久しぶりです、トミカさん」
じゃあ何だよ今の間は。
「いやぁ、黒田くんはご立派になられて、見違えたよ」
「いえ、こちらのセリフです。こちらのセリフですよ」
「何で2回言うの?」
「なるほど、あなたなら納得です」
はは。
黒田くんは『赤雲』の立ち上げから間もなくギルドに加入した、私の後輩。当時は新人で『魔術師』だったけど。
将来有望で、ギルド長の『男のくせに』だのなんだのとひがみを受けて「もう結構」とすぐ辞めた。ホントすぐ!
正解! 賢い!
その後、目覚ましい活躍ですぐに頭角を出した。
ギルド長はハンカチを噛み締め、余計にヒステリーが悪化した。
「まぁなんにせよ、協会本部に来ていただけますね?」
ごまかすことはできない。
ならば、私の取るべき行動は隠蔽ではなく、情状酌量による減刑。お目こぼしだ。
「あのーわたくし、悪いことしてないのに連行はちょっと良くないと思うかな~と……」
ちょっとダンジョンで不法占拠して、魔草を違法に育てて、ポーションを無許可で売ってただけなんで〜
「いや、これ以上騒動を広げないために、探索者には協力してもらう義務があるかと」
いや騒動は『深緑の魔女』のせい!
私見たんです! 何でも話します。だから私は見逃してください!!
「ところで、なぜこんな危険なダンジョン内に? トミカさん薬師でしたよね?」
「……言いたくないです」
無職になったからだなんて恥ずかしい。
S級として成功しているスターは眩しすぎる。
落ちぶれた私はさぞ惨めに映っていることでしょう。
だからこそ、心は強く、気高く、高潔であろう。
私にはこの大自然がついているんだ。
「確かに薬師が入ってはいけない決まりはありませんが……おや? トミカさん、そういえばポーションの販売許可は――」
「へへへ、まぁまぁ旦那、立ち話もなんですから、あたくしの家へお越しくだせぇ!」
どうせ農園のことは隠し通せない。
ならば、あの農園のすばらしさを理解してもらうのだ。
「家……ダンジョン内に?」
「ああ、まぁ拠点とも言いますなぁ」
「拠点、ですか。へぇ」
暗黒御奉行……
買収……いや、お金じゃだめだ。
そうだ。
あれがあった!
彼の心象をひっくりかえせる、とっておきのあれが!
「どうぞこちらへ」
あ、洗濯物干しっぱなしだ。
あ、洗い物の取り込み、花ちゃんサボってないよね?
そもそもS級の方をお招きするのに、失礼にあたらないかしら?
一木さんと花ちゃんはびっくりするだろうか。
私はぐるぐると思考を巡らせ、ま、なるようになるか、と考えるのをやめた。




