10.第七話 『失踪者トミカ』
ダンジョンの外では次第に、『緑』の中の情報が出回り始めていた。
有力な情報では、確かに『深緑の魔女』は存在し、何やら度々人助けに勤しんでいるらしい。
姿は、美しい銀髪の女性であることが確認されている。なぜか着物に割烹着。
出現は夜に限定され、途方に暮れているとどこからともなく現れる。
『魔女というより、聖女のようだった』
そう感嘆を漏らす探索者は一人や二人では無い。
しかし、助けられた者たちのほとんどは肝心の映像提出を拒み、映像があろうと闇夜ゆえに鮮明な映像は得られず、確定的な情報とはなり得なかった。
とにかく、存在は確かだ。次はコンタクトを試みようと『深緑の魔女』の情報は高値で取引され始め、
『緑』への調査も積極的に行われた。
『緑のダンジョン』の利用価値は見直された。
要するに、日本においてのみ、有用なダンジョンが増えたのだ。
だが、その熱量が功を奏す兆しは無かった。
なぜなら、捜索する者たちは知らないからだ。
その正体が登録上未だE級であること、登録上『薬師』であること、10年間同じギルドで活動したのみで外部にほとんど情報がないことを……
ダンジョン協会ですら、トミカと『深緑の魔女』を紐づけることはほぼ不可能なのであった。
しかし、例外はある。
元ギルド『赤雲』だけは、この条件、スタートラインが全く異なる。
10年間に及ぶトミカの活動、個人情報、行動パターンの軌跡がそこにはあった。
「天は我々を見捨てていなかったようね」
ポーション全額返品騒動を引き起こし、返品に対する厳しい規制と値段の高騰を招いた張本人。
そのギルド長坪根は、8割減の配信登録者と下級ギルドへの降格、20名以上いたメンバーが4人にまで減った現状を直視できずにいた。
まだ起死回生の手は残っている。
そのハイエナのようなしぶとさと嗅覚は、『深緑の魔女』という大きなイベントに活路を見出した。
「『緑』はトミカが出入りしていたはずよ。あいつなら何か情報を得られるはずだわ」
悲しいことに、坪根は『深緑の魔女』=トミカという答えにたどり着くまでには至らなかった。
記事にある『美しい』、『聖女』、『秘薬』などのパワーワードとトミカが全く符合しなかったからだ。
そういえば、トミカが調達していた薬草はどこからだったのか、気にしたことは無かったが、今にして思えば、『緑』で農園を作っていることを会話の端々で話していた気がする。
案内をさせれば、情報を得られる。
そうすれば、ギルドを再興できるだろう。
それが坪根の思惑、勝算だ。
彼女が真っ先にしたのはトミカのスマホにかけることだった。
「でも、あの人はもう除名したんですよ?」
さすがにあきれ返るギルドメンバーを前にして、坪根は強気だ。
「情報源になるなら、再雇用してやってもいいわ」
しかしというか、当然というべきかスマホはつながらなかった。
「ちっ……」
「やっぱり無駄なんじゃ。あいつが私らに協力しますかね?」
「どうせ今頃、スマホ代も払えなくなってるわよ」
坪根は仕方なく、家を訪ねた。
そこもやはりもぬけの殻だった。
「トミカのくせに、この私の手を煩わせるとは……」
「家賃が払えなくて夜逃げでもしたんですよ、きっと」
「なら……」
そこで諦めないのは褒めるべきか、彼女は緊急連絡先の住所から実家へ直接訪ねることにした。
「何も無い所ね……住所はここ……?」
そこはターミナルだった。
郊外の小高い丘、雑木林と廃屋の並ぶ未舗装の道の先に、見慣れた遺跡が現れた。
「あの、馬鹿女……おちょくってるの!!!」
「ギルド長、落ち着いて!」
ギルド長は過去のトミカに馬鹿にされたと、怒り狂った。
しかし坪根たちはトミカの実家に着いていた。
20年前突如現れた遺跡。
そこにあったものを器用に避けて現れたわけではない。
ある日一瞬にして家と家族を失ったトミカは、ずっとその場所に足を運んでいた。
トミカの利用するターミナルはトミカの実家を潰した遺跡だ。
坪根は答えの前で、自らその答えから遠ざかった。
はてさて、そのころトミカはというと、彼女もまた『深緑の魔女』の正体から遠ざかっていた。
「本当にいたの!! 私のことボゥって見てたんだよ~!! あれがきっと本物の『深緑の魔女』だよ!!!」
一木さんの精霊体を見たトミカは、自分の影におびえていた。




