9.第六話 『一木さん』
森の夜。
トミカが寝た後、一木さんはスマホを使っていた。
そこには情報があふれていた。
字幕で音と文字が連動し、何を指しているかは映像でわかる。
一木さんは、みるみるうちに言葉を学習していった。
料理はその副産物に過ぎなかった。
トミカが神から授かった木の実――神の分体であり、それが一木さんを変化させていた。
スマホのダウンロードデータのように、一木さんも神の力の一端を取り込んだのだ。
そして複雑怪奇なマルチタスクで生み出す料理のように、彼女は己の魔力のあり様をより複雑に編み出した。
つまりは進化だ。
純粋な魔力へと変換した魂を、望む形へと変化、再構成させる。
彼女はそうして、不完全ながら上位種へ進化を遂げた。
『マザートゥレント』から『ドライアド』へ。
実体は木のままだったが、実体から解き放たれた精神魔力体=精霊体は人間に近かった。
「――ううーん。あらま……!」
言葉も喋れる。
彼女はさっそくトミカに話しかけたかったが、彼女は寝ていた。
そこで、別で練習することにした。
森の根と菌によるネットワークを駆使して、トミカの同類を見つけた。
森を彷徨う人間のもとに向かった。
「きゃあ!! 出た!!!」
女が悲鳴を上げた。
『深緑の魔女』を探しに『緑』に挑戦した探索者である。
青白い一木さんの精霊体の姿が、彼女には幽霊に見えた。
――出たの……? 何が?――
「ううーん。どうしたの?」
一木さんはおそるおそる話しかけてみた。
「なんだ、人間か……」
女はホッと胸をなでおろした。
「どうしてこんな森で、そんな格好なのよ」
一木さんは着物に割烹着だった。
なぜかといえば、一木さんが師事する、料理番組『椿木あさ子の手料理教室』に出演しているあさ子先生がこの格好だったからだ。
自然由来の服なら、理解して再現できる。
余談だが、トミカのつるつるしたトレッキングウェアは一木さんにはなんだかわからないので、再現できなかったのである。
選択肢はこれしかなかったといえる。
「ううーん。おかしい?」
「い、いえ、よくお似合いです」
一木さんが笑顔を見せた。
その顔は主にトミカをベースに、魂の形を反映させていた。
そのあまりの美しさに女は魂を抜かれかけた。
「あらま、どうしたの?」
女は動揺しながら、警戒心を解き打ち明けた。
「それが、探しているの……ポーションを。息子が……ひどい重傷で……」
「ああ、そうなのね……」
一木さんは森の暗闇を照らし、先導した。
ちょちちょいと女を手招きした。
「こっちよ」
しかし彼女の歩は重い。
「どうしたの? 出たいのでしょう?」
「実はもう一人いるの、夫が」
「ああ、そうなのね」
「私だけでは帰れないわ」
森は生きるか死ぬかだ。
助ける義理は無い。
一木さんは、森のネットワークでそのもう一人を探した。
「その人、どんな人?」
「え?」
一木さんは特徴を聞いた。
助ける義理は無くても、トミカだったら助けそうだと思った。
それにあさ子先生曰く、昨今の社会が抱える様々な問題より家族でご飯を食べることの方が大事らしい。
一木さんは、最近の暮らしを思い返し、的を射ているなと感心したものだ。
「家族とご飯を食べる、大事でしょう?」
「……うぅ、はい」
特徴を聞き、一木さんはすぐに見つけた。
「ちょっと待っていて」
「き、消えた!?」
精霊体は自在に出し入れできた。
地中の根と菌のつながりを辿り、一気に移動した。
――この人かしらねぇ?――
「ううーん。こんにちは。こんにちは。ごきげんよう……? ごきげんよう」
一木さんは泥だらけで転がっている男をつつき、話しかけた。
「うっ……」
魔蟲か魔獣かにあちこち喰われ虫の息だ。
――あえて生かして、仲間が来るのを待っているのね――
一木さんを見て、罠にかかったと魔物が現れた。
『軍隊熊』の群れだ。
――死にかけてるわね――
男の命はもう幾ばくも無い。
迫る、巨獣の集団。
一木さんは地中の根を操った。
地面から突き出た強靭な根が『軍隊熊』を絡み取り、抑え込んだ。
「ううーん、これも大自然よね?」
そしてまとめて地中に引きずり込み、生命力を吸収した。
そのまま草を操り、ベルトコンベアのようにして男を運んだ。
数分後、暗闇の中泣きながら怯えて待っていた女と合流した。
「ああ!! 生きてるのアナタ!?」
夫の痛々しい姿に絶句する妻。
「こっちよ」
一木さんはちょいちょいと手招きする。
「こっちよ」
そこは魔草が営業する無人販売所が設置された安全ルートだった。
「これは……」
「まさか」
「その『中級』で治るのよ。中身は――」
――あら、なんていうのかしら?――
「『秘薬』、ですか?」
「そう、最も生命力のある水」
「やっぱり!!」
妻はあるだけのお金を入れた。
そしてすぐにアンブルのフタをパキンと割って、夫に飲ませた。
「うっ……はっ!!? はぁ、はぁ、おれは一体……」
回復した夫に妻は抱き着き喜んだ。
「ううーん。おめでとう」
「貴女は……貴女が『深緑の魔女』なのか?」
――深緑の魔女?――
「私は、一木さんよ」
一木さんは、もう一本のアンプルを取り出した。
『秘薬』だ。
トミカがいざというときのために、一木さんと花ちゃんに持たせてるフリー分。
それを重傷を負ったという、彼らの息子へ。
会話の練習に付き合わせた礼だ。
「ああ、ありがとうございます!!!」
「ありがとうございます!!!」
「家族でご飯を食べるといいわよ」
二人は感涙の涙を流し、何度も頭を下げ、ダンジョンを去っていった。
一木さんはこうして夜の冒険を終えて、戻った。
小屋で寝ているトミカの顔を覗き込む。
自信満々でツンツンと頬をつついてみた。
「へぇ?」
寝ぼけ眼のトミカは、枕元に立つ見知らぬ女を見て恐怖した。
「きゃはぁぁ!!!!!」
そして、そのまま失神した。
――また悲鳴。この姿は駄目だったの?――
一木さんは落ち込んだ。
翌朝。
「ねぇ、聞いてよぉ。昨日の夜出たの!! 『深緑の魔女』がぁ……私を覗き込んでたんだよぉぉ!!」
一木さんはなんだか言い出せなかった。




