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13.第九話 『黒衣の賢者』――黒田

 

 日本ダンジョン協会で多大な発言権を持つ鮫島教授。

 彼は苦々しい思いで会議室の対面に座る男をにらんだ。


『黒衣の賢者』黒田――S級探索者にして数々の厄介ごとを解決してきた男だ。


 彼は鮫島の理論に相反する証拠を持って来ていた。


「これは合成やAI生成じゃないのだね?」


 教授が壁際に立つ技術スタッフに尋ねると、その可能性は理論的に否定された。



「これは全て無加工の映像です」



 教授は狭い会議室にみっちりと座る協会のお歴々に背を向けて、モニターを食い入るように見つめた。



 それは黒田が代表を務める『東京賢人会』による調査だった。

 目的は【魔草の擬態を見破ることで戦闘を回避できるか】を確かめること。


 完全に鮫島論文への反証だ。


 彼らはB級~A級のバランスの取れた構成で、『魔城』での高スコアに加え『奈落』でのアイテム収集でも実績があり、『龍』において装備一式をそろえた兵(つわもの)たちだ。


 しかし、映像序盤、その彼らの道行きに暗雲が立ち込める。


 森の深い霧に紛れ、魔獣が息をひそめて忍び寄る。


『ウルフ種か、デカいぞ!』

『おれが引き付ける! 『挑発』発動!』



 鎧を纏った重戦士が注意を引き、攻撃を誘導する。

 現れたところを、魔導師が魔法で足止め。

 最後に、他の仲間が左右から挟み込む。

 訓練を重ねた連携だ。


『来たぞ!』

『任せて!! 「ライトニング」!!』



 突進してきた巨大な狼が魔導師の魔法で感電し、動きを止めた。


 その隙に、槍使いと剣士が攻撃をヒットさせた。



『何!!』


 しかし、それは幻だった。


『精神干渉系のスキル「幻影」……魔獣が?』


 竜種にすら通用した連携で、倒せない。

 霧の中、無数の影が舞う。


 一匹を囮に、釣りだす。

 単純な力比べではない。

 その狡猾さが、人間の戦術を上回っている。


『ぐあああ!!!』


 初撃を外されてからは惨憺(さんたん)たる結果だった。

 前衛の重戦士は重傷を負い、半死半生。

 魔導師が魔力を使い切り、何とか逃走した。


『ここはどこだ?』

『ルートが前と違います。目印もありません!』

『ぐっ……「索敵」スキル使うわ……』

『よせ、お前はポーションを使い過ぎだ』

『待て……嫌な予感がする』

『これ以上何が……』



 彼らの足元には無数の魔蟲が沸いていた。



『うわぁ!!!』

『くそっ!!』

『きゃああ、助けて!!! いやぁあ!!!』

『待て、離れるな!!!』



 身体に纏わりつき装備をかじる蟲。

 パーティはそれを振り払いながら、森の中をやみくもに走った。全身ボロボロになり、魔力は尽き、ポーションも使い切っていた。


 見ていて痛々しい、探索者の壮絶な最後の映像。



「なんだ……あれは?」

「教授、皆さん、重要なのはここからです」



 黒田の言う通り、そこには奇妙なものが映った。



『魔草』だ。



『緑のダンジョン』におけるもっとも厄介な魔物。

 獲物を誘い込み、油断させ、音も無く捕らえて消化し取り込む森の暗殺者。


 中でもそこに映るのは悪名高き『悪魔草』だ。


 群生し、その蔓は素早く獲物をからめとる。

 触れた瞬間『ドレイン』のスキルで体力、気力、魔力を吸い取り抵抗できなくさせる。

 葉と茎、根からは強力な消化酵素が分泌されており、一度捕らえられるとあっという間に養分を吸い取ってしまう。


 常にその他の雑草に擬態して同化しているため、気付いたときには抵抗する間もなく養分にされている。



 その『悪魔草』が立て札を持っていた。


【ポーション販売中!】



 蔓が差す先には確かに、畑の脇や道路沿いで見かけるこじんまりとした無人販売所が建っていた。

 そこに、ポーションでよく使うアンプルが並んでいるのが見える。

 よく見ると周囲に『不戦エリア』と書かれた標識のようなものもいくつも立っている。



『おれたちはまだ幻惑のなかにいるのか?』

『いや、これは現実だ。「悪魔草」がポーションを売ってる』

『何かの罠?』

『一体どうすれば……』


 困惑するパーティに別の『悪魔草』が、次々と別の立て札を掲げる。


【お疲れさまでした】

【ポーション買って帰ろう】

【戦略的撤退だ】



 緊迫した空気が一気に楽観的な非現実感に変わった。

 悲壮感漂うオペラから90年代JPOP並みの変調だ。

 探索者たちは困惑した。


 しかし彼らに迷う暇はなかった。

 追ってきた魔蟲の大群。


 それらは地面に満ち、空を覆っていた。

 その魔蟲の大群はぞろぞろと『悪魔草』に誘引され、捕食されている。

 その食物連鎖の輪の中にいつ自分たちが入ってもおかしくない。


【帰宅前に御褒美の一杯】

【現金のみ NOキャッシュレス】

【防犯カメラ作動中】



 呆気に取られていた探索者たちは執拗な営業に根負けせざるを得ず、恐る恐る無人販売所に近づいた。


『治癒ポーション、本物か?』


 罠かもしれない。

 だが、アンプルには細かく用法が書いてある。

 いくら魔物でも、ここまではできない。


 今『鑑定』スキルを使える者はいない。

 だが、ここで飲まなければ半死半生の重戦士の脱出は不可能なのも事実。


 彼らは背中に悪魔草の圧力を感じながら、現金を持ち寄り金を支払った。18万だ。


『綱渡りなら全員でだ』

『ぼくたち一蓮托生だからね』

『誰がどうなろうと恨みっこ無し』

『へっ、じゃあ乾杯しよう』


 三人は下級ポーション。

 重戦士は中級を飲んだ。



『……これが下級だと!?』



 身体の裂傷、打撲がみるみる治癒していく。

 明らかにその治癒速度は中級以上だ。


 そして、中級のラベルを飲んだ重戦士は無意識に、腕を掻いた。


 ウルフに持っていかれたはずの片腕を。


『は?』

『え?』

『待って……うそ』

『どうした……? あ、おれの腕!!!』


 装備の間から包帯を突き破り露出した腕。


 魔蟲と魔草の食物連鎖が起きているのもお構いなしで、彼らは驚嘆の声を上げた。


 短い思考と即座の判断。


 残りの現金を投入し、下級二本のアンプルを回収。

 一人はメモを書いて入れた。


【帰りは→】


 オープンキャンパス案内のような案内が続き、彼らはそれに沿って小一時間進んだ。


 そして、魔獣に襲われることも魔蟲の巣に入ることも、気がついたら魔草に囲まれていることもなく、ただターミナルに出ていた。

 彼らの記録用カメラ映像はそこで途切れた。



 鮫島教授は一部始終をよくよく視聴した後、手元にあるアンプルに目を向けた。



「『下級』と偽って『上級』を……そして、一本は明らかに……」


 狭い会議室の長机の奥。

 扉の脇に並ぶ4人。

 彼らだ。



 鮫島教授は断ることなく、全員を『鑑定』した。


「副作用はないのか?」

「ありません……」

「頭痛や悪寒、吐き気、体重の増減は?」

「無いです」

「では、何か変化は?」


 重戦士の男が口を開いた。


「慢性的な腰痛が消えました。それに、膝の古傷も」

「……くっ、まさか」


 会議室の長机に座る、ダンジョン協会のお歴々たちももはや察していた。


 ただ凶暴で襲い来る魔草のイメージとはまるで違う。

 これは明らかに、戦闘を回避する手段が存在している証拠だ。


 鮫島は何も言えなかった。

 口を噤(つぐ)んだ彼の代わりに、眼鏡をクイッと上げたS級が立ち上がった。


「『緑のダンジョン』に誰かいます。それも『悪魔草』をテイムし、秘薬を自在に作れる生産職が。なんらかの形で魔草と経験値を共有し、レベルアップしたものと思われる」




 黒田の断言に、静かだった会議室は時が動き出したように、忙しなく議論が始まった。



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― 新着の感想 ―
数々の厄介ごとを解決してきたS級探索者さまが依頼した検証チームですらこれって、緑のダンジョンどれだけ危険なんだー。めんどくさいではすまない気がする。 そして映像から「魔草と経験値を共有し、レベルアップ…
魔草と経験値を共有がわかるのはおかしくないでしょうか
皆の言ってる事はよく分かる…… D&D、よりは緩いか。某呪われた島のシリアスな冒険見てたと思ったら、突如スレイヤーズの、それもすぺしゃるの方に切り替わった感w
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