9.第六話 『魔草の正体』
トミカが「一木さん」と勝手に呼んでいる『トゥレント』は、正確には『マザートゥレント』と呼ばれる上位魔物だ。
辺り一帯の植生の全ての起点となる、母なる樹木だ。
いわば森の頭脳。
彼女はトミカがこの森において異物であると把握している。
初めこそ何度も擬態を見破られるため、同類かもしれないと思ったが、森の頭脳は他より頭が良かった。
危険でもないし、彼女はトミカを観察することにした。
単なる暇つぶしだ。
そして学習した。
トミカがしきりに発する音が、意思疎通の手段であることを。
同じように話すことはできないが、真似をすることでやりとりができることを。
――こうかな? それ楽しいの? 草を植えて――
『え? なにしてるかって? 薬草育ててるんだよ』
――うーん? ああ、草を育てて、何かに使うのね――
異種との交信に彼女は胸を踊らせた。そしてそれはトミカも同じ気持ちだと感じた。
ほとんど、一木さんの理解力に依存したものなので、トミカの解釈は半分は間違っていたが……
それからというもの、トミカが来るのが楽しみになった。
小屋を建て、薬草畑をつくっている様子を眺めていた。
トミカはよく泣いていた。
その涙のミネラルをおやつ代わりにもらっていたら、トミカが懐いてきた。
それで共生関係が成立した。
だが、ある日、トミカがここに住み始めた。
彼女はそれまでと行動が変わった。
ただ意思疎通の音を発するだけで、何もしてこなかったが、水を近くの『悪魔草』に与えた。
――そうね、この子は仲間に加わりたいのね――
そう理解した。
魔物と探索者の場合、協力関係を築くことはままある。
テイマーが魔獣を、調教師が魔物を、竜騎士はドラゴンを使役できる。他にも死霊術師はアンデッド、黒魔術師が悪魔など、めずらしくはない。
ただ、トミカと魔草らの関係は特殊だった。
トミカが魔草種の根と菌と魔力を介したネットワーク内に組み込まれた。
よって何もしなくても経験値が得られた。
一木さんにとってそれが当然であり、トミカもまた水や肥料をくれたので、この共生関係は強固に成立していたのだ。
そして、トミカが勝手に花ちゃんと呼ぶ『悪魔草』が渡した『黄金花蜜』というアイテムが、その経験値獲得を加速させた。
畑にたかる魔蟲を花ちゃんや一木さんが駆除し続けると、共有された経験値はみるみる膨れ上がり、トミカを急成長させていた。
レベルは7から68へ。
各種ステータスは上位ランカー並みに。
その結果が扉破壊事件として現れた。
土魔法は固有魔法、大地魔法に進化した。
トミカの言う『カチカチ』と雑草を操る力だ。
『栽培』スキルが進化し『豊穣』となったことで、畑の作物は爆速で育った。
その作物を一木さんや花ちゃんと食べたことで『豊穣』スキルの効果が発揮。
2人を育み、森全体の総合力が上がる。
そしてトミカの獲得経験値はさらに上がっていく。
その上昇速度は指数関数的に伸びていった。
レベル68、80、89、96……さらに上がっていった。
『調合』スキルは『創薬』と化し、高い次元のポーション製作を可能にした。
トミカの『豊穣』で成長していく一木さんは、彼女の作成したポーションの中身が何なのか判別できるようになっていた。
――それは一番強い生命の水だよ、トミカ――
「え? このポーションはすごいって? あはは、一木さんありがとー。大自然教のおかげですよ~」
トミカは理解していなかった。
自分が『創薬』したポーションが『上級』どころか、『極上』、『特級』その上の『秘薬』に該当することを。
――トミカ、いろいろ間違ってるよ?――
一木さんは老婆心を働かせる。
トミカは己に疎い。ズレている。
そもそも魔草種の擬態を一目で看破できる者などそうはいない。
森の魔獣だってできないのだから。
ポーション作製においても、トミカが「普通」と思ってやっていることは度を越している。
副作用や依存性が完全にない。
そんなポーションなど市場には存在しない。
しかし残念ながら、トミカのポーション作製は独学で薬師の知り合いはおらず、ギルド長の偏った先入観による評価が全てだった。
自分は『普通』の『下級ポーション』しか作れないというバイアス。
それがトミカの自己認知をゆがめていた。
――成長してるなんて、見ればわかるのに――
まさに一目瞭然の変化があった。
見た目だ。
擬態する魔草種にとって姿形は重要だ。
見ればわかるほど肌艶は改善し、猫背もO脚も骨盤前傾も歯並びに至るまで、全部ステータスの急上昇で最大効率化が図られ改善している。
一木さんはトミカが人間の上位種に進化していると思っていた。
「なんか、最近……背が伸びた気がする! 30歳でも背って伸びるんだね」
――この子、ズレてる?――
「ああ、大自然教、ありがたや、大自然教」
大自然教、確かにこの森のネットワークはそう言えなくもないので、一木さんはトミカの周辺で起きる変化をそれだと肯定した。
しかし元を正せば、その変化の起点はトミカ自身なのだ。
――おーい、原因はあなたよ、おーい――
がんばってそのことを伝えようとしてもトミカは、己のステータスの変化にすら気づかない。
――トミカ、それは売らない方がいいと思うの――
「一木さんどうしたの? え、『私が好き』? えへ、私も好きだよ」
そうして、普通じゃない『秘薬』を『中級』として販売し始めてしまった。




