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第五十六話 煉獄に待つ死地に 2

  

           第五十六話 煉獄に待つ死地に 2



 なるほど。やはりこいつは、ものが違う。

 必殺の間合いだった。その一撃のつもりだった──その絶対の騎士槍を振り払われて、オルダは目の前の、孤独な戦いを続ける聖騎士への認識を再度、自分のうちに確認する。

 ほかの三人にも、潜在能力は感じている。しかしこいつは別格だ。

 ひとりで出てきたのも、頷ける。

 陽動。そうだろう。

 挑発──それもある。

 しかし彼女はそれだけじゃなく、ひとりでやりあえるだけのものを持っている。そしてほかの三人からもそれに足ると信じられ、任された。

 多勢に無勢の自分たちがなかなか決めきれないのが、いい証拠だ。

 

「だが──舐めるなよ、聖騎士ッ!!」

 

 反撃の刃が、下から斬り上げるように軌道を描き、オルダの鼻先を掠めていく。

 貴様がそうそうやられるほどに甘くはないように。

 我ら『ディ=クス』の眷属もまた、それほどに甘いものではない──……!


                  *   *   *

   

 私はべつに、ふたりを恨んだりしてるわけじゃない。

 ふたりは、この世界を護ろうとしてくれていて。

 そんな中で、たまたま自分が友として、ふたりの手が届くところにいた。護って、もらえた。結果、自らも騎士として戦うための力を得るに至った。

 

「だから──これって、ある意味必然なのかもね」

 

 目の前にいる敵は、三人。

 律花はおそらく彼女たちが現れるだろうと思っていたし、やはりその予想のとおりになった。

 自身の深層意識が生み出した、幻。

 打ち倒し、乗り越えなければならない特訓の相手。

 すなわち、友と、友の師である友と。そして旧知の、親しき女性。

 久遠。いつき。椿さん。

 誰ひとりにだって、自分は勝ち得ないだろう。──本来ならば。

 だが今は、その無理を乗り越えねばならない。そうすることを、ここは求められる場所であり、局面。

 遠くなった気がした、親友。

 その距離の近さに嫉妬を、無意識に抱いていた新たな友。

 そして、そのふたりに近い位置へと、はじめからいた先達。

 

「いくよ、三人とも」

 

 深い呼吸ののち、律花は己が鉄扇を構える。

 この三人を乗り越えてこそ。

 現実に待つ三人へ、ようやく自分は並び立てる。

 だから、戦う。

 そして、勝つ。


                  *   *   *

   

 既に無数の剣戟を、三者といつきとはその間に結んでいる。

 状況は膠着と言っていい。それでいい。無理に攻め切る必要は、ない。油断するな、捌き続けろ。自身に言い聞かせながら、いつきは幾度目かの、銀髪刃を振り払い、バックステップ気味に、距離を置く。

 自然、敵は追う。あちらもまた無理をするそぶりはなく。陣形を崩すことなく。

 最も注意すべき相手を、迫りくる目の前の、その三つの影の中からいつきは見定める。

 決まっている。そんなもの、ひとりしかいない。

 三体の眷属たちのうちで、唯一未だ真正面からの交戦がなく。手の内を知り得ていない一騎。幼き風貌の、敵。

 ハート。その姿を見据えながら、いつきはやってやりすぎることのない警戒を、己が内に高めていく。

 奴らの能力。それは魔力に作用するものだということ。

 魔力を変質させ、経路を通るそこに苦痛を生むもの。

 また、魔力を種火とし、己が軍勢を生み出しつくりあげるもの。

 そしてハートは──魔力を「爆破」する。彼女の戦法について現状でわかっているのは、ただそれだけ。

 その同胞たちのように、己が銀髪を武器とするでなく。

 あるいは、その腕に長槍を構え、得物とするでもなく──徒手空拳に、その小柄な体躯はいつきへと迫る。

 拳による、格闘がそのスタイルなのだろうか──振り下ろされた長槍を、そして迫る長髪刃を避けながら、いつきの警戒は最もその色濃い部分において、ハートから逸らされることはない。

 三対一。ただでさえ数の不利の存在する中で、防戦一方に避け続ける展開を捌き続け、その動きをつぶさに観察する。

 

「……ふーん。警戒、してるんだねー」

 

 魔法は、使えない。迂闊に使って、発動より早く爆破されてしまえばこちらが一方的に消耗するだけだ。

 頬を掠める、銀髪刃。薄く、ひと筋の傷がいつきの顔に刻まれ、細く紅い血がそこから流れ落ちる。

 

「ハート以外眼中にない、か──舐められたものだな……!」

 

 そして横殴りに振り切られる、長槍の重量がいつきを襲う。

 眷属の膂力を以て振るわれたそれは咄嗟のガード越しにいつきをしたたかに打ち据えて、体重ごと吹き飛ばして。背中から、いつきは街並みの中のブロック塀に叩き込まれる。

 それを、巻き込み。砕き。崩れ落ちさせながら。その破砕の衝撃と、土埃に塗れて大地を転がる。

 

「ぐ……っ!」

 

 無論、その程度で倒されるほど聖騎士は脆くはない。

 即座、立ち上がり。続けざまに襲い来る、銀髪の刃の驟雨から身を翻す。

 

「!」

 

 最上段から突き下ろされる、騎士槍の煌きを彼女は見た。

 どうするか。考えるより、反射で身体が動く。

 再びに身を翻すのではなく。より無理のない動作に、いつきは己が両膝を屈伸させる。

 そして前方に、跳ぶ。迫る長槍に向かい、まっすぐに。

 無論それは、自ら貫かれるためではない。

 一瞬目を見開いたオルダ、その呼吸が僅かぶれるのを見逃さず、顔面間近に迫る穂先を、最小限の首の動きでいつきは避ける。

 跳躍の勢いは、両者を交錯させる──その刹那の横薙ぎ一閃が、いつきの両腕にたしかな手ごたえを伝え、感じさせた。

 

「ぐ……っ!?」

 

 着地もまた、同時。しかし直後バランスを崩し揺らいだのは、オルダのみ。

 その脇腹に確かに、いつきの一撃は深い傷を刻んでいた。

 ただ連携するだけで聖騎士を討ちとれると思うな。

 多勢に無勢でも、わたしは戦う。戦い抜いてみせる──……!

 

「どうしたの? 眷属とはこんなもの? ハートの能力を警戒して、こちらはまだ碌に魔法も使っていないというのに」

「へー。やるじゃん、聖騎士」

 

 ただしかし、それだけで安心を与え、間隙をつくってくれるほどには、敵は甘くはない。

 ハートの声。しかも、至近、背後より聴こえたそれは、いつきの背に冷たい汗を走らせる。

 振り返り、飛び退く。──瞬間、「なにか」の輝きを、いつきは見る。

 向けられた両手を。その掌を、ハートが開いた。

 

「な……っ!?」

 

 迸るのは、白銀の流星。

 横殴りに降る雨の如く、その流星群はいつきの避けきれる範囲を超えて広く空間を穿ち、貫き、薙ぎ払い。

 咄嗟、いつきは自らの騎士装束をずたずたにされながらもガードに徹するよりなかった。

 こめかみを。頬を。顔面を覆った両腕を。脇腹を、飛び退きくの字に曲げた両脚を──その擦過が切り裂いていく。

 なんだ、──なんだ、これは。この技は。

 これが、ハートの武器、なのか。

 剣でもなく。槍でもない。

 絶対的な防御能力でもなく、直線的攻撃力の絶大さを追求したわけでもない。

 圧倒するほどの手数と、牽制能力、それが、正体──……?

 

「んー。まだ終わりじゃないよー」

 

 大丈夫。問題ない、致命傷や深手は避けた。こんなものかすり傷だ。

 即座の反撃の意志のもと、ガードを解いたいつきは顔を上げる。

 だが。

 

「ダメだよー、後ろはちゃんとみなきゃー」

 

 直後、灼熱の痛みがいつきの背中を襲った。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。ただ、背後から切り裂かれた。そのことだけを理解した。

 ハートは、目の前にいる。

 フィルシィも、オルダも。ぬかりなく視界の片隅に捉えている。彼女たちに、背後へ回り込み刃を向けるヒマなど、どこにもなかったはずだ。

 なのに、……なぜ。

 傷口より溢れ出る夥しい鮮血と、全身を駆け巡る、気の遠くなるような苦痛とに歯を食いしばりながら、震える顎を返し、いつきは視線を背後へと向ける。

 

「な……に……?」

 

 そこには、月があった。

 白銀に煌く、乱雑に材質を固めあげたかのような不格好な、三日月型の刃が。

 その刃面からいつきの血を滴らせ、空に浮いている。

 

「いつの、まに」

 

 これが、ハートの……武器?

 だが、どうして背後に。なにかを投擲したそぶりはなかった。放ったのは、無数の白銀の、弾丸のみのはず──……。

 

「残念―。それは刀でもなければ、刃物でもないんだよー」

 

 その答えはすぐに、眼前に提示される。

 三日月刃が、溶けていく。否、かたちを変え、蠢き空中を疾駆する。

 

「これ、は」

 

 そうか、これは──液体金属。ハートが放ったのは、無数の針状に変化させた、この金属だった。そして致命傷がこちらにないのを確認して、変幻自在のそれを三日月刃へと変化させ、無防備ないつきの背中へと一撃を浴びせたのだ。

 蠢き流転する銀色の流体は渦を巻き、いつきへと迫る。

 どこだ。どちら側からくる。苦痛に奥歯を軋ませながら身構えるいつき。しかし。敵は無論、ハートだけでなく。

 

「っ!?」

 

 今度は背を向けたそちらより迫った、フィルシィが銀髪刃に、傷口へと交差するがごとく逆袈裟懸けに一撃を浴びる。

 

「──とどめは、ハートにさしてもらえ」

 

 迫る流体刃。それに巻き込まれまいと避けてのことだろう、一撃をいつきに浴びせ、よろめかせたフィルシィは即座、飛び退いて。

 三条に分かれ、渦を巻いた刃を、たたらを踏んだいつきが避け得ることなどできはしなかった。

 とぐろを巻き、絡みつくようにいつきを取り巻いた金属刃は、いつきの右肩を。腹部を。左脚を──深く、ばっさりと切り裂いて、鋸を引くがごとく痛めつけて。

 声なき悲鳴を吐き出す彼女の顔面を、更に襲う。

 両の瞼に、刃の冷たさを。そして更にいつきは熱さを感じた。

 視界が真っ赤に染まり、そして次には真っ暗に、消えていった。

 

 

          (つづく)

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