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第五十四話 たったひとりの防衛線でも

  

           第五十四話 たったひとりの防衛線でも

 

 

 地球の眷属たる少女を取り囲むその頂点をかたちづくるように、三人は三角形を描き佇む。

 三者が三様に見据える中心点に、ホリィが立つ。そういう構図だ。

 

「──よし。はじめようか」

 

 どれほどそうしていただろう、静かな口調で、やがて彼女は言葉を紡ぐ。

 

「今からお前たちの意識は身体から分かれ、我の生み出した深層空間に遊離する。そこで、お前たちは──お前たちの中にある、自分自身が乗り越えるべきものと戦うことになる」

 

 要は、精神世界での戦いだ。

 そんなホリィの説明に、思わず久遠は、

 

「……すんごい、ざっくりした説明だね」

 

 素朴にそう、感想を漏らす。そして、

 

「あと、すんごいありがちな……マンガみたいな特訓」

「やかましい」

 

 マンガ、言うな。ぴしゃりと撥ねつける、ホリィ。

 

「我を誰だと思っている。地球の眷属。すなわち地球が生んだ、地球そのものだ。地球に生まれ育った存在が幾多思い描くようなもの、我が内包していてなにがおかしいことがある」

「……そういう、ものなの?」

 

 律花も、ホリィの暴論じみた理論に対し困惑げに肩を竦めつつ、緊張気味だったその表情を崩した。

 良くも悪くも、三人ともに緊張感が抜けて──それぞれに、特訓に臨もうとしていたその三人、各々の穏やかな息を吐く。

 

「ま、それでいい。肩に力が入ったままでは特訓も十全な効果は望めん。心をほぐし、自然体で挑め」

「──ああ」

 

 椿さんがホリィに頷き、そして久遠に、律花に交互に視線を送り、また頷いた。

 

「いつきちゃんなら、大丈夫だ。安心して任せよう、我々はこちらのすべきことに専念しよう」

「うん」

 

 椿さんに応じ、久遠は頷き返した。

 

「さあ、お願い。──ホリィ……!」


                  *   *   *

   

 騎士装束を纏い、屋根の上にひとり佇んでいた。

 夜風に吹かれながら。もうすぐ時間のリセットされる、静まり返った夜の街を見下ろしている。

 

「……そろそろ、ね──……」

 

 想うのは、四人のこと。

 ホリィと、その試練を受けるべく集められた久遠たち三人。彼女たちの特訓はもう、始まっただろうか? ──うまく、乗り越えてくれるだろうか?

 信じなければ。きっと、やってくれる。

 そう信じたからこそ、ホリィに対し三人を推挙したのだから。

 瞼を閉じ、吹き抜ける心地の良い夜風に身を委ねる。脳裏へとモノクロに去来するのは、ホリィと交わしたやりとりのこと。

 自分自身を、選択肢から除外したときの光景。

 

 ──『何故』。ホリィは、言った。

 

 いつきが三人を選び、告げたとき。彼女にとってもひどく意外な結論であったかのように、その声音は揺らいでいた。

 お前たちの中で最も強いのは現時点で間違いなく、お前だ。

 ならばお前をより強く、鍛えるべきではないのか。──彼女の声は揺らぎながらも、向けられたその問いは明瞭だった。

 だが、問いに対するいつきの理屈もまた、明瞭すぎるほどに明瞭に、自身の内にあって。

 

 ──決まってるわ。わたしが一番、伸び代を持ちえていないから。

 

 それは客観的な評価であったと、自負がある。聖騎士と呼ばれるに足る実力を持つ者として。かつて久遠を、……クオンを鍛えた、ヴォルという名の師父として。

 騎士、そして教え導く身として出した結論が、自分を選択肢から外すというものだったのだ。

 自分自身の力を。潜在能力を、いつきは自分なりにわかっているつもりだった。

 だからわかる。

 今の自分は前世の、「ヴォル」の有していた本来の実力にはまだ及ばない。その領域まで、転生前の自分自身であった存在のレベルには力を取り戻せてはいない。

 しかしそれをかつての実力ほどにまで引き上げることができたとして──天井は知れている、と思うのだ。

 良くも悪くも。ヴォルは完成されてしまった騎士だった。鍛錬をホリィの手を借りて受けたとて、果たしてどれほどその上限値から上積みできるだろう?

 対して久遠たちは、まだまだ伸びる。

 騎士として成長の余地を多く残した、発展途上の久遠。

 騎士という存在そのものをつい先日まで知り得なかった、戦うという行為自体それを始めたばかりの椿さんと、律花。

 予測し得る自分の成長度の残量に対するように、未知数の可能性が、彼女たちの行く手にはある。ホリィの力を借りて鍛え上げるのならば、その可能性に賭けるべきだと、いつきは思った。

 眷属たちと戦い。その力を知り。そしてまだ見ぬ最後の一体の実力を告げられて、思い知ったのだ。

 やつらの首魁は。『ディ=クス』は、あんなものではない。

 打ち破るには、「今のいつきが」最強である布陣のままではいけないのだ。

 

「お願い、みんな」

 

 いつきが、本来の、かつての力量ほどに回帰を果たし。

 そのうえで、皆に願わくば、それ以上の存在となってほしい──この世界を。いつきや久遠が転生し、ひとりの少女として生まれ育ってきたこの地球を救うためには、きっとそれが必要だ。

 

「どうか、強く。強く、なって」

 

 わたしは、実戦の中できっと取り戻してみせるから。

 だからどうか三人は、わたしの手が届かないくらいに、強く。そんな存在となってほしい。

 

「みんなが戻るまではわたしが、この世界を護りきる。それまでの時間を、稼いでみせる」

 

 もうすぐ、時が一巡をし、かつてあった朝に戻る。それを告げるように、夜明けの日が、街並みの向こうに薄く差しはじめる。

 その頃合いに、いつきはけっして遠くなく、魔力の揺らぎを感じ取る。

 それは、敵。眷属たちの使役する、魔力を糧とした雑兵たちの出現を示すもの。

 

「──たったひとりの防衛線だって、防ぎきってみせるから」

 

 最前線へ、いつきはひとり向かう。

 自分が最強でなくて、いい。その状況を、いつきは欲す。

 だが今は、自分がその位置にあるのなら。自分が、戦う。仲間たちの誰かが、あるいは誰もが、そうなってくれることを願い、信じ。そのための防波堤となる。

 手にした永遠竜が牙を、振るう者となろう──……。

 魔力を通し感じ取れただけで、敵の数が膨大であることはわかる。幸いにして、眷属たちそのものの気配はまだ、ない。

 

「すぐに、倒してくる。すぐに、戻るから」

 

 陽動の可能性もあった。ゆえに行動は迅速かつ、撃滅は俊敏に。

 いつきは、跳躍をする。

 結界を、道場の周囲に残しながら。

 こちらに異変があれば、すぐに駆けつけられるよう。警戒の術式と二段構えに、仲間たちの守護のために、その術式を不破家の敷地へと刻んでいく。

 その眼差しは既に、愁いを帯びた少女のそれではなく。

 最強の騎士としての、敵屠り去るべく煌く眼光へと移り変わっていた。


                  *   *   *

   

「聖騎士が、ひとりで出てくるな」

 

 オルダが。自身の操る軍勢を通し、戦場に近付く魔力を、その輝きを認識して、呟いた。

 

「戦力を温存するつもりか。あるいは、別行動でこちらを探ってでもいるのか」

 

 フィルシィが──その頬に、全身に──未だケロイド状の傷痕を残した彼女が、考えるように言う。

 

「もしくはー、なんか悪だくみしてるー?」

 

 そんな、同輩たちの言葉を受けて、間延びをしたいつもの口調で、ハートが首を傾げる。

 彼女たち三人は、……三人だけでそこにいるのでは、ない。

 テレビ塔の役割を果たす、巨大な街のランドマーク。その高い鉄塔に、まるでそれが鉄骨をむき出しとした、身を護るものもない目も眩むような高さにある足場だということすら意にも介さぬように、果たしてごく当たり前に散らかった自室の絨毯の上に無造作にそうするがごとく、「四人」は、そこに屯している。

 

「好都合だ。聖騎士ひとりなら、まず奴を潰す」

 

 そう。彼女らを率いる「四人目」。その声が、低く木霊する。

 ハートたち四人同様の銀髪。踵ほどまで届こうかというその長い髪を揺らした眷属は、静かな口調で、しかし殺意を隠すことなく、残る三人へと命じる。

 

「行く。──来い、お前たち」

 

 我の強いはずの眷属たちはしかし、異存も、不満も見せることなく無言に頷き、立ち上がる。

 

「我に──『ワルド』に、続け」

 

 聖騎士を討つこと。それは彼女らにとって共通の戦闘目的のひとつであったことは違いない。

 しかしそれ以上に、彼女ら三人は三人ともに、『ワルド』──そう発した眷属を、認めていた。その力を。その強大さを。

 自分たちでは、勝ちえないものであると。

 そしてそれは聖騎士にとっても──同義であると。

 力の、差。否。

 力の、桁。──また、否。

 力の、次元。その領域において違いすぎることを、聖騎士はこれから思い知ることになる。

 そう、三者が一様に、確定した将来として理解をしていたのである。

 聖騎士の最期が、ここであると。

 

 

          (つづく)


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