第五十三話 誰が残されるだろうか?
第五十三話 誰が残されるだろうか?
「──特訓?」
不破家、道場。そこに三人は呼び出され、聖騎士によって集められていた。
作戦会議か。今後のことか。思い思いに予想や想像はしていたけれど、いつきとともに待っていたホリィが告げたのは、そのどれでもない。
「そうだ。お前たちには今以上に強くなってもらわねばならん。早急に。そして、強大に。戦力として育ってもらう必要がある」
金髪の、地球が眷属は腕組みをしたまま一同に告げる。
淡々と──しかしそれでいて、はっきりと。
「残念ながら、今のままでは不足だ。椿は考えることで、そして律花は自身の真なる力の根源を理解することで戦いに対応しようとしているが──それでも。土台となる地力を上げないことには。どうしたって限界がある」
それが、聖騎士と眷属との間で出した結論だ。
三人の視線がそちらを向くと、いつきは無言に瞑目し、肯定の意を載せて、首を上下させる。
「でも、特訓っていったって」
対する三人は、戸惑いを禁じ得ない。
もちろん、今の自分たちの力不足はわかっている。いつき頼りのこのままでは、ダメだということ。それはきっといつきだって、今以上の力を追求する必要がある。だから眷属たちの軍勢を、その迎撃を繰り返す日々の中にあって、互いに鍛錬を欠かしたことはない。
元来が騎士ではない、戦や命のやり取りとは無縁の中に生きてきた律花や椿さんなど、十分すぎるくらいによくやってくれている──その刃を、銃撃を受け、避けることで訓練に付き合いながら。ふたりに対しつくづくと久遠は思うこと、数えきれないほどだった。
「日常的な鍛錬はもうやってる。雑兵どもの相手をしながら、長期的なものなんて。どんな特訓が?」
それを徹底的にやれば、やるほど。
その力の増大を望み、派手にやりあえばやるほど。それは規模としても、また必要とする時間的にも、敵のつけいる隙を大きくしていく。消耗しきったところを叩かれてしまえば──また、こちらが特訓に集中している間に暗躍されてしまったら。正確な時間的猶予だって、わかってはいないのに。
下手をすれば、壊滅だって在り得るのだ。
椿さんが、その疑問を投げかける。
言葉を返すのは、変わらず地球の眷属たる少女から。
「そのために、我がいるのだ」
「──え?」
「我は弱い。我自身はな。だが、お前たちを強くすることはできる」
それが、我の持ちえた能力。授かった、ちから。
「我が能力は、魔力を『鍛え上げる』こと。試練を課すことによって──我は、短期間にそれを為す」
* * *
「そ──、そんな便利なちからがあるなら、どうしてもっと早く」
先生を。いつきちゃんを独り、奮闘させるようなことにもならなかったのに。
ホリィの告白に対し久遠の口から思わず漏れ出たのは、そんな詮なき言葉。
なんの理由もなしに彼女が、また彼女の意を伝えられた師が、敢えてこのタイミングを選び一同に告げることなど、あろうはずがないことはわかっているのに。
そういう反応となってしまったのは、偏に状況が生んだ焦りや、不安という要素が引き起こしたことに他ならなかった。
師に、これまでかかってきた負担。かけてしまった心労。
あるいや友や、椿さんがこれまで傷ついてきた、その中で戦い続けてきた労苦。
そのようなちからがホリィにあることが、最初からわかっていたのならそれらはもっと軽減されていたのではないか。そう、久遠は思わずにはおれなかった。
「久遠」
その言葉を窘めるように、それまで黙っていたいつきが口を開く。
「ホリィだって考えていなかったわけじゃないわ。ただ、そのちからがあるといってもホリィだってなにもかも十全に万能であるわけじゃない。……そういうことよ、わかるでしょう?」
その言葉に諭され、久遠は言葉を切る。
わかっている。久遠だって、ホリィにはホリィの都合や理由があることくらい、わかっていないわけではないのだ。
「今言ったように、我は弱い。この中の誰よりも。その許容量の低さがこの選択肢の、最大の欠点なのだ」
「……どういうこと?」
「お前たちの魔力を呼び起こしながら、自分自身を護ることが我には出来ない」
無論大規模に、力任せに鍛錬を突き詰めていくよりずっと遥かに隠密に、襲撃のリスクを抑えてそれは行える。だが万が一を払拭できないという点は、そこは変わらない。
「だから、護衛が必要だ。最低、ひとり。ほかの三人の強化が終わるまで」
我だけでなく、騎士不在の間隙を、この世界を護るためにも。
そして。
「もうひとつ。我のちからでは、力を引き出すのはその一度きり。その三人を強くしてやるのが、精一杯だ」
お前たち、四人全員にそうしてやることは、できない。
* * *
戦力の向上の必要性は、全員が感じてはいた。
単独で、眷属へと勝ち得るのがいつきひとり。
次点として、やり合って渡り合える「であろう」レベルにある、久遠。つまり単独で最前線に立てるのはふたりきり──自分や椿さんだけでは無理だと、わかっている。
「そう。三人だけ、か──なら、人選は?」
「椿さん?」
わかっているけれど、不意に与えられた情報の量は、一度に処理をしきれるものではなかった。
強くなる方法がある。みんな、一緒に。
でもそのためにはホリィはただそれだけに集中し、無防備を晒す必要があって。
四人のうち、三人しかその強化は望めない。
それによって引き出される力って、どれほどのものなのか。
今が最大値である、可能性は?
さまざまな情報に、さまざまな選択肢と疑問とが交錯をしていて、ただ聞き入るばかりであった律花には、その隣から、自ら声を発した椿さんの気持ちの切り替えについていくことができない。
椿さんだって困惑をしていないわけではない。高揚すべきなのかもしれないと思いながら、しかしつとめて冷静に、声を発している。
久遠はきっと、比較的律花と近い心境なのだろう。
一同を順に、交互に見比べて視線を移しては、動揺を隠せずにいる。
「順当にいけば正規の騎士ふたりは当確。残るとしたら、りっちゃんかあたしになるだろう?」
「!」
自分か、椿さんが外れる。言われればたしかに、おそらくそうなのだろうと律花には思えた。
戦力的にはたしかに、それが適切。
だったらその場合、選ばれるのは──いや、「選ばれない」のはおそらく、自分なのではないか。
現状の能力的に、後方支援に向いている自分を律花は理解している。
はじめ、自分のほんとうの根源を知らなくて。それを知って。ようやく戦いについていけるようになった。その面で劣っている、とも思う。
果たすべきは戦力の均一化以上に、最大値の向上でもある。
いつきをより最大戦力として強靭とし。
久遠をそれに匹敵させることができれば。
椿さんがそこに食らいつけたならば。
それが、適切だと思った。椿さんなら、きっとそこに到達する。彼女が三人目となるだろう……。
「いや。その考えは間違っている」
だが。即座、椿さんの向けた問いも、律花の抱いた予想も、地球の眷属たる少女によってはっきりと、まっすぐに否定をされる。
私たちじゃ……ない?
「聖騎士と。──いつきとともに議論し、検討を重ねた結果だ。ふたりには、ふたりだからこそ今より強くなってもらわねばならん」
ホリィがいつきに視線を送る。
長身の少女は伏せていた双眸を開いて、静かに一同に向かい、言葉を紡ぎ出す。
「残るのは、わたし。あなたたち三人がホリィの特訓を受けている間、わたしがあなたたちを、ホリィを護る。この世界を──眷属たちの手から護り、持ちこたえさせる」
「先生」
これが、ベストなの。何度も考えた末の、結論よ。
「よくも悪くも、わたしの力は完成してしまっている。伸びしろの面で最も期待できないのが、わたし。──だから、わたしが残るの」
三人を。
ホリィを、護るために。
三人がこの世界の、希望だから──。
(つづく)
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