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第四十八話 兵を操る者 2

  

           第四十八話 兵を操る者 2



「いつきっ! 椿っ!」


 ホリィが思わず叫んだそのとき、ゆらりと敵眷属はその身を翻し、眼下に立つ彼女を見下ろす。

 見下ろし。そして、はっきりと見下して、いる。

 

「──のこのこ、やはり現れたか。我がオリジナル。この喰われゆく運命の世界が生み落とした、貧弱なる眷属よ」

 

 銀髪の、瓜二つの。『ディ=クス』によって作り出されたその眷属は、静かに足場を離れ、重力などという大地への引き付ける力など存在しないかのごとく、ゆっくりと彼女の眼前に降り立つ。

 

「いったいなにをしにきたというのか。貴様は、貴様ひとりでは模造品のワタシにすら抗しえない。その力は自らを守るにすら、不足だというのに」

 

 現に騎士どもが我が軍勢に押しつぶされた今、お前に我が矛先から逃れる術は、ない。

 にじり寄るように歩み始める、オルダ。自身を模し生み出されたその相手を前に、それらの嘲りを受けながらしかし、ホリィは彼女を睨みつける。

 

「そんなことはない。──なによりまず、騎士たちは貴様の雑兵などに押しつぶされては、いない」

「ほう?」

 

 直後、彼女らの頭上。

 送電鉄塔の上、まるで羽虫が獲物に集るように蠢き、ふたりの騎士を外部からその姿を覆い隠していた灰色の雑兵の群れが、吹き飛ばされ、弾かれていく。

 ひとつの、光の柱。

 ひとつの、渦巻く水の竜巻によって。

 雑兵たちが吹き飛ばされたそこに仁王立つは、白亜の騎士。そして蒼き銃射手。

 

「──こんくらいで、やられたと思われるのも心外だね……っ!」

 

 自らの起こした竜巻の水によって濡れた前髪から、水滴を滴らせながら椿は言い放つ。

 

「あまり、わたしたちを舐めないほうがいいわ。あくまでわたしたちの倒すべき相手は『ディ=クス』、ただそれだけ。眷属など、通過点にすぎないのだから」

 

 こんなところで、やられるものか。いつきもまた、己が竜の牙を構える。

 

「地球はやらせない。ホリィも、その眷属であるのならばもちろん護ってみせる」

 

 今度はオルダが、見下ろされる番だった。

 だが、

 

「──ふむ、なかなかに大見得を切る。しかし、いいのかな? 窮地を脱するためとはいえ、そんなにたくさん魔力を使ってしまって」

 

 その余裕は、崩れない。

 やがて頭上に差す影に、いつきは、椿は。そしてホリィは気付く。

 

「なっ!?」

 

 それはたった今、ふたりが吹き飛ばし消滅させたはずの、多数の雑兵の群れ。

 否、それ以上の数の影が、ふたりめがけて上空より降り注いでくる。

 咄嗟、ふたりは細く限られた鉄塔の足場を離れ、跳躍する。

 一瞬の差で、ふたりのいた場所を夥しいまでの灰色の人型たちが埋め尽くし、圧し潰して──めきめきと音を立てて、構造材をその重量に歪ませていく。

 

「なんて数だ──なんでっ!?」

 

 そして鉄骨の溶接が。ボルトが、その重量にやがて、負ける。

 音を立てて、横一文字であった鉄骨が無惨に曲がり、ひしゃげて大地に向かい落下をしていく。

 ホリィを護るように降り立つ、いつきと椿。その眼前に、鉄骨は落着し、地響きを轟かせて。

 土埃を、巻き上げる。その中に、銀髪の槍遣いの姿が、雑兵たちが呑み込まれていく。

 長槍の、横薙ぎ一閃。オルダの振るったそのひと振りが土煙を吹き飛ばし、そこには大軍が姿を見せる。

 

「数でわたしたちを……なんとかできると、思わないことね……!」

 

 言葉を投げつけるいつきの視線も、その威容を増した敵の軍勢から寸分、移ろってはいない。

 口で発したほどに、その軍勢の異様さを彼女もまた侮ってはいない。

 それは雑兵と、騎士たちとの間にある戦闘力の差を抜きにして考えるならば、まるでたった三人という数で相手をできるような、敵の数ではなかった。


                  *   *   *

     

 背中合わせに、ふたりは息を吐く。

 

「律花。何匹、やっつけた」

「──覚えてない。たぶん、二十とか、三十とか。もっとかも」

 

 倒しても倒しても、それは終わりが見えなかった。

 一体一体は、ほんとうに大したことのない、灰色の人型。その、雑兵たち。

 だけれど数が、あまりに多すぎる。

 律花に訊ねた久遠もまた同様に、既に自分が何体の敵を屠り、打ち倒したのかわからない。二十を超えたあたりからとうに、数えていない。それすらもはや随分と前のことであったように思える。

 

「──むしろ、増えてない?」

 

 そう。倒しても倒しても、いつの間にか敵の軍勢は補充をされていて、増え続けている。ふたりがかりでもその手が追いつかないほどに、だ。

 

「いったいどこから、どうやって」

 

 ふたり、肩で息をしている。あちらは疲れるより先に倒され、また新たな個体が補充される。

 対する久遠たちはそうもいかない。持久戦となればなるだけ、不利の幅は増していく。

 

「どうする。一度大技で薙ぎ払って、先生たちのとこに合流する?」

「いや、それは──正直このままもしんどいけど、まずい。一気に大軍で四人、押し潰されるかもしれない」

 

 こいつらはここで食い止め続けるしか、ない。

 

「多少ジリ貧は仕方ない。いつきちゃんたちを信じて、粘ろう」

「……しか、ないか。オッケー。ヤバくなってきたらでかいのぶっぱなして、一度リセットする。そのときは律花、あんたの風でブーストよろしく」

「了解」

 

 やれやれ、しんどいなあ、もう。

 苦笑を交わしあい、友人たちは護りあっていた互いの背中から離れていく。

 乱戦の続きが、そこに展開されていく。


                  *   *   *

     

 なにかが、おかしい。

 左手より放った閃光が敵の雑兵たちを複数同時に撃ち貫き、霧散させる。

 それはいい。もとより、その意図によって繰り出し放った一撃であったから。そうやって、夥しいまでの灰の敵を減らすために。

 だが。そこから先が、──奇妙でならない。

 

「いつきちゃん。こいつら、ひょっとして」

 

 同様の違和感に、椿さんも気付き始めているようだった。

 じりじりと疲労感を増している、自身の状態を認識する。椿さんもまた、額に汗を浮かせて、肩で呼吸をしている。消耗戦になりつつ、ある。

敵を倒せていないわけではない。確実に眼前のそれらにふたりは攻撃を叩き込み、その存在を消滅せしめている。

 たしかに、減らしているのだ。

 だというのに、その実感がない。

 減らしても、減らしても。敵は──そこからの立て直しが、早すぎる。

 まるで一を倒せば、四も五も増えるような、それほどの勢いで。このままでは、押し潰されてしまいかねない。

 だが、何故。それほどに敵の、雑兵を生成するその能力が効率よくまた高い性能を誇っているとでもいうのか。ほんとうに、それだけなのか──……?

 

「いつきちゃん?」

 

 椿さんを、そしてホリィを抱えるようにして、跳躍を果たして。敵の軍勢よりひとつ、距離を置く。

 

「──このままだと、まずい。使った魔力に、成果が見合っていない」

 

 物陰に身を顰めつつ、言葉を交わす。やはり同じ感覚を、椿さんも抱いていて。

 頬を伝った汗を拭い、頷く。絶対的な魔力量と、戦闘経験の差ゆえに、彼女の消耗はいつきに比べ、激しかった。

 そんな彼女の披露した様子を見遣りながら、いつきは考える。この状況への答えを、探す。

 

「魔力を使えば使うだけ、むしろ敵が増えていくみたいだ。これじゃ倒しきれない。いつか、支えきれなくなる」

「──!」

 

 そんな中に吐き捨てた、椿さんの言葉が不意に、耳に刺さる。

 

「魔力、を?」

 

 使えば、使うだけ。

 以前戦った『ディ=クス』の眷属は、魔力を使うのではなく、魔力に作用する能力を持っていた。

 敵の言葉を信用するわけではない。しかし、もし、眷属がかつて誇ったとおりに、それがすべての眷属たちの能力に共通しているのならば。

 

「──まさか、魔力……を?」

 想像と思案とが、脳裏を駆け巡っていく。

 もしいつきの考えた通りならば、このまま戦っても打開策は生まれない。

 この状況を打破するには──。

 

「……椿さん。ひとつ、無茶なお願いがあります」

 

 身を顰めた影より、目を眇めて敵の軍勢を見据える。あれを、今いる数以上に増やしてはならない。そういう戦いが、必要だ。

 

「なんだ、なにかあるのか。この状況を破る方法」

「はい。思いつきました。……ただ」

「ただ?」

「かなりハードで、椿さんにかなり無茶してもらうことになります」

 

 要は、外に出るかたちで「魔力を使わなければいい」のだ。

 端的に表現すればそういうことであり、それはしかし同時に、言うは易く行うは難きこと。

 

「椿さん」

「──ああ」

「身体を巡らせている、肉体強化の術式以外に魔力を使わずに、あいつらを相手に何分、持ちこたえられますか。椿さん、ひとりで」

 

 それは問う側にとっても、訊くまでもなく明白に過酷であることを承知の、質問だった。

 

 

          (つづく)

第四十八話、お送りしました。

ご意見・ご感想お待ちしております。

次回更新は8月22日、土曜日となります。

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