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第四十九話 いつきの策 1

バトル中につきちょこっと流血描写ございます。

  

           第四十九話 いつきの策 1



 探し求めていた影は、たったひとつだけ、その姿を現す。


「──ほう。戦力を分けたか」


 オルダの目の前には、その軍勢と相対するように蒼の騎士が直立していた。

 聖騎士も。この世界が眷属の姿もない。

 彼女を殿に一時退いたか、はたまた賢しいことを奸計しているのか──蒼き銃騎士は、たったひとりだった。


「貴様ひとりか、半人前の銃騎士」

「悪いね。たぶんご指名どおりじゃないと思うけど。ここはあたしひとりで相手させてもらうよ」


 そう、その戦いぶりは半端の騎士としてはここまで十分にやっていると評価していい、とオルダをして思えるものだった。

 己ができること、できないことを理解している戦い方だった。

 この世界の騎士は確認しているふたりがふたりとも、素人に毛が生えた程度の経験しかないはず。引き出しなど多かろうわけもない。

 そんな自身の未熟を把握し、その中でできることをこなす。そんな大人の戦い方をする騎士だ。先日の、フィルシィとの戦い。そして己が軍勢との戦いを観察する中で、オルダは眼前の蒼き騎士をそう評価していた。

 己の、二丁拳銃を用いた戦いを忠実にこなすと──その部分で評価をし、たとえ実力的には取るに足らずの存在であれ、そこに警戒のひと筆を意識に加えるに至っていたのである。


「どうした。武器は抜かないのか」

「……必要、ないね」

 

 だからその変化は、明確に目についた。

 雑兵たちの行く手を阻むがごとく佇む蒼の射手の両手には、なにも握られてはいない。徒手空拳の状態に、それはある。

 

「どうせ、撃てば撃つだけ増えるんだろう、こいつらは」

 

 こっちの魔力を糧にして。

 まだ幾分荒い、疲労の色を残した息に肩を微か上下させながら蒼騎士はオルダへと返す。

 

「ほう、気付いていたか。ならばなおのこと解せんな、魔力弾を放たねば戦えぬ貴様だけを我が前に残し、聖騎士どもは退くとは。剣士たるあやつのほうがまだ、戦えたろうに」

 

 この短時間で雑兵どものからくりに気付かれたことを評価しつつも、同時にオルダは拍子抜けもする。

 生憎とこちとら、世界そのものより力を与えられし眷属である。不全な戦力しか発揮できぬ半端者の騎士がひとり立ちはだかったとて、勝利を拾い得るとでも思っているのか。それはオルダにとっての侮辱であると、理解をしているのか。

 怒りではなく、呆れの感情がオルダの中には生まれていた。

 

「うっせー。やってみないとわかんないだろ」

 

 前髪を一度、ばさりとかき上げて。やがて蒼の騎士は徒手空拳を維持したままに構える。

 

「そりゃあ、あたしひとりであんたに勝てるなんて思っちゃいないさ。だが雑兵程度なら、わりかし渡り合えるかもよ」

 

 無駄な力の加わっていない、自然な姿勢で。

 オルダとその軍勢を迎え撃つべく、蒼き銃騎士は武器も、魔力の行使もなく、そこに仁王立つ。


                  *   *   *

     

 ──『久遠。久遠、聴こえて?』

 

 雑兵の群れに取り囲まれ、肩で息をしながら。

 紅騎士は、師の声を聴く。

 

「先生? ……いつきちゃんっ?」

 

 魔力を介した、通信。声と声とを繋ぐそれを、久遠は久々に認識をした。 

 

「ごめん、今忙しい……っ! そっちの首尾は……?」

 

 振り下ろされた右腕を。刃の如き鋭い爪を避けつつ、双剣で眼前の一体の首を刎ねる。

 律花も自分も、消耗が続いている。このままではジリ貧だ。自覚している、そんなに長くは持たない。

 はやく、こいつらを操っている大元を叩かなくては。あるいはなにか、一網打尽にするような打開策を見つけないと。

 

 ──『ごめんなさい。もう少し、もう少しだけ粘って。極力魔力や魔術は使わずに。どうにか、剣技だけで』

 

 はい? 剣技、だけ?

 

「無茶言ってくれるなぁ、もう!」

 

 ぼやきながらしかし、それは久遠とてうすうす感じ始めてはいたことだった。

 魔術で倒せば倒すだけ、寧ろ敵が増えていくように思えていた。

 結果的に大技に頼らなかったことは、正解だったのかもしれない──、と。

 

「そんだけ言うからには、もう対策始めてるってことでしょ? オッケー、やる。もたせてみせる!」

 

 苦闘の続く中。終わりを自分たちだけでは見出せない状況になりつつあったそこにもたらされた、いつきからの言葉である。

 それはひと筋の光明と同義。ならば彼女の見つけたその打開策、その光が満ちるまでもたせるのはこちらの義務、頑張りどころというものだろう。

 大丈夫、もちこたえる。

 

「いけるね、律花!」

「もちろん! 耐えきるよ、いつきちゃんの対策がうまくいくまで!」

 

 頬を掠めた刃が一閃、律花の肌に薄皮一枚裂いて血の滲む傷を刻む。その紅を拭いながら、彼女もまた久遠へと頷いた。

 

「信じてるよ──ヴォル先生ッ!」


                  *   *   *

     

 しっかり見ろ、相手を。

 数が多くたって、大した動きはしていない。

 こちらが魔力さえ使わなければ、一体ずつ着実に減らしていける。そういう相手なんだ。

 

「──見えてるんだ、よっ……!」

 

 視界の隅。おそらくは側面を突いたつもりなのだろう、鉤爪を振り上げ、襲い掛かる灰色の敵の姿を椿は捉えていた。

 これでも、格闘技は経験者でね。乱取りには慣れてる。内心そう言って返しながら、躊躇せずに後ろ回し蹴りを叩きこむ。

 体内を巡る、魔力によって強化された筋力による蹴りだ。もし相手がふつうの人間なら、直撃を浴びたその頭は潰れているだろう。到底、脳震盪などでは済みはしない。

 

「大量生産品の、生き物でもない連中に手加減なんか、するかっ!」

 

 無論相手は人間にあらず。ゆえに、椿は渾身のままに右脚を振り抜く。

 更にその回転の勢いに任せて、またもう一方より迫っていた敵に、その顔面へ裏拳をフルスイングに叩き込んだ。

 倒れた、二体の敵。その場に跳んだ椿は全体重を込めて、左右の膝をそれぞれの顔面に、それが仮に人間であったなら脳漿までもを散らさんというばかりにめり込ませ、圧し潰していく。

 与えられたダメージゆえか灰色の二体はほぼ時を同じくして、その肉体を構成していた魔力が溶け落ちるかのごとく粒子へと変わり、飛び散っていく。

 これで、ふたつ。今このときは。

 既にもう、何体をこの拳で。蹴りで。霧散させていったかわからない。

 ほんとうに今日は、よく動き回る日だ。だがほんとうに、今は感謝しなくては。幼い頃から道場に通わせてくれた、親に。それに打ち込んできた、自分自身に。

 だからこうして、魔力を外に出さずともどうにか戦えている。

 

「雑魚ども相手に、どうにか──のようだな」

「!」

 

 その自分に、快哉を得ていたわけではない。

 ただ、それでも必死だった。実力的に恐るるに足りぬ雑兵たちとはいえ、たったひとり挑む椿とは数が違いすぎる。全精力を、神経を、その彼らとの戦闘に向けねば魔力も飛び道具もなしに渡り合うなどできなかった。

 だから。──眷属によって容易く背後をとられたのである。

 振り返ると同時、後方に向かいバックステップの挙動を取る。

 咄嗟の回避行動。そうしていなければ、やられていた。だがそれでも、身を護るという観点でいえば不十分だった。

 

「が……っ、……!」

 

 逆袈裟に振り上げられた、長槍の穂先。鋭き、禍々しきその一撃がけっして浅くなく、椿の腰から逆肩口にかけて、その肉を抉り、切り裂いていった。

 後方への跳躍は穂先に引っ掛けられ、撃墜されて。噴き出す血飛沫を散らしながら、椿は大地に転がる。

 

「あ、……あっ、……あ、っ……」

 

 椿の血が、アスファルトに太く濃く、紅を描いた。

 引き裂かれた蒼の着衣までもが、鮮血の色に染まっていく。

 痙攣と、喉がひゅうひゅうと漏らす、言葉にならぬ苦悶の掠れ声とが血と折り重なって全身にまとわりつく。

 

「それでは、ワタシの相手にはならん」

 

 投げつけられる言葉。

 痛み、ただその感覚だけが全身を駆け巡って──、

 

「あ、ああああぁぁっ! が、ああああぁぁぁっ!」

 

 それでも、椿は歯を食いしばった。あるいは内臓にまでどこか傷を負ったか、口角より溢れた血を吐き散らしながら、咆哮とともに倒れ伏したアスファルトより跳ね起きる。

 痛みが。出血が視界に不快な光をきらきらと瞬かせ眩ませる。その中にあって敵眷属へととびかかっていく。

 血とともに失われていく力をありったけ、拳にかき集め。そこに佇む銀髪のツーテールをした戦士へと、叩きこむ。

 

「無駄だと言った」

 

 それはたしかに、椿の全力であり、渾身だった。

 しかし相手は、世界そのもの。その直接に生み落とした、世界の力を授けられし眷属である。

 血に塗れ、深手を負い。今にも崩れ落ちそうな死に体の騎士が拳ひとつ、受けたところでびくともするはずが、なかった。

 通用など、しなかったのである。

 

 

          (つづく)


次で五十話ですね。

このペースだと話数の進みが早い早い。

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