第四十七話 兵を操る者 1
第四十七話 兵を操る者 1
なにか、奇妙だとは思っていた。
街に、敵を察知するための探知機としてばらまいた魔力。──その反応がいつしか、自然にそうなったとは思えぬほど一斉に、消えていた。
魔力とは人為的に体内からも、ごく当たり前に自然界に存在するかたりでも生み出されるもの。設置したとして時間が経てば霧散し自然の中へと溶け込んでいくのは必定ではある。
だけれど、それにしては持続があまりに短く。
また、その消失は久遠の体感においてあまりに広範囲に及んでいた。
ゆえに、律花とともに赴いた。
その理由を確かめんと。そこにいかなる変化がおきているのか、きっとなにかあるはずだと──そうして足を運んだ先に待っていたのが、無数のグロテスクな、人型の群れ。
「こいつら……一体っ!?」
双子剣が。双鉄扇が、群がる灰色のゴム状皮膚の生物たちを切り裂いていく。
いや、生物、なのか。その存在たちはかつてツィールが使役した使い魔たちほどの戦闘力もなく、反応も鈍い。
刃に、切っ先に切り裂かれ、崩れ落ちて。やがて細かな粒子に霧散し消えていくばかり。反撃らしい反撃も、それをしようと試みてはいるのか動作の入り口こそあれ、緩慢すぎて騎士ふたりを相手にお話にもならない。
「気を付けて、久遠! こいつら歯ごたえ、なさすぎる! 例の眷属たちが操ってるなら、ここまで簡単なんて、おかしい!」
「わーかってる! 律花も、気を付けて!」
それは一方的な、数を減らす戦い。
騎士たちによる、雑兵たちへの殲滅戦にすぎない。
「私たちは、とにかく派手に暴れる! 暴れて、引き付けて! いつきちゃんに繋ぐ──それだけっ!」
それ以上に意味があるとすれば、そういうこと。
彼女らには、彼女らなりに見出した戦術がある。
たった四人という限られた戦力の中にあって、それらを十全に生かすために。
世界そのものと戦ううえで、彼女らはその方法を模索する必要があった。そう、せねばならなかった。
* * *
「思ったより早かったな、聖騎士よ」
そこは送電鉄塔の、上。現れた白亜の装束のその姿を、見据える眷属の眼は笑んでいた。
さも、待っていた。やってくるのが今か今かと、首を長くして待ち受けていた──そう、言いたげに。
「お前の軍勢は、来ないわ。久遠たちが今、引き付けている」
その隙に、お前を討つ。
愛剣・永遠竜を抜き放ち、いつきは発する。
それは敵の雑兵たちを視認し即座、選んだ作戦だった。
現れた、無数の灰色の群れたちには強大さはなく。その中に眷属が紛れ込んでいるとは考えにくかった。
つまり、別の場所。どこかでやつらを操る者がいる。そいつが、眷属。そいつを、叩く。
前回の戦いで、眷属一体を相手とするならばいつきひとりでもやりあえることが既にわかっている。だったら邪魔な雑兵たちを久遠たちが誘って、手薄になった頭をいつきが叩けばいい。そういう理屈だった。
無論だからといって当然に、いつきはひとりきりでなく。
「!」
ごり、と。敵眷属の高等部へ突きつけられる冷たい銃口があった。
椿さんの拳銃。音もなく忍び寄った彼女が背後より、敵を今まさに撃ち抜かんという態勢に、そうして抑え込んでいる。
「ふむ、これはなかなか」
二重の王手、だ。
あとはただ、椿さんが引き金を引けば、無防備な敵の頭部は凍てつき吹き飛ばされる。
そうでなくとも、例えば回避に成功したり、あるいは仕留めきれなくとも、追撃を怠るいつきではない。椿さんの魔力弾が頭部に直撃して、無傷ということはあり得まい。手負いを逃すほど、いつきは鈍くはない。
「ならばやるといい、ワタシを。見事、討ち取ってみせよ」
しかし悠然と、銀髪ツーテールの眷属は言い放つ。
その挑発に、触発されたのではない。椿さんはその銃口に、そしていつきは己が剣に魔力を収束させ、まさに今解き放たんと──……、
「その魔力で、ワタシを討てるものならばな」
そう。その収束しつつあった魔力が、「消えた」。
「!?」
そして入れ替わりに、ずしり重い感触を、いつきは、椿は認識をする。
「なっ!?」
「──いつの間にっ!?」
突然それは、速度ともまるで異なる一瞬に、現れた。
椿の腕に、左の脚に。
いつきの背に、その腰に絡みつくように、その身体を組み付かせた──ゴム様の、灰色の雑兵。
いつそうなったのか、まるで見えずまた、わからなかった。
なんだ、これは。
こいつら、いつの間に。
「これは──……っ!」
力任せにふたり、その灰色の人型を振り払う。
大した苦も無く、抵抗もさほどに見せることなく、それらはふたりによって振りほどかれていく。
氷の弾丸を。斬撃を浴びて、霧散する。
だがそれだけで、敵眷属がふたりの奇襲を逃れ、向けられた銃口からの暗殺を免れるには十分であった。
とん、と。小さな足音とともに、ツーテールの少女の姿を模した眷属は、ふたりから一定の距離を置いたその場に降り立つ。
「これで、対峙するよりなくなったな。聖騎士よ」
「そのようね」
その手に現れるは、長槍。地球が眷属を襲い、屠らんとしていたそのとき構えていたものと同じそれを、彼女は構える。
「二対一でかまわん。その程度の不利、不利たらずしてなにが世界の眷属か。聖騎士ごとき、世界の中の小さな砂粒のひとつにすぎぬ」
「──っ」
こいつ、は。
もとよりの警戒がなかったわけではない。しかしそのレベルが、自分の中で一段階引き上げられるのを、いつきは自覚する。
「──椿さん。援護をお願い」
「ああ」
「……いいわ。『ディ=クス』の眷属よ。あなたは、このわたしが聖騎士の名に懸けて、倒す」
並び立つ椿は頷いて、両手に握った拳銃をより一層、強く握りしめる。
「おおかた、この世界の生み出せし眷属──わがオリジナルより、言い含められていたのだろう? 『オルダ』を捕獲せよ、とでも」
「!」
「ワタシはやつをもとに生み出された最後発の眷属。ゆえにオリジナルであるやつならば、私を分析できる。近しいがゆえに」
だがそのような試みは、自らを滅ぼす隙を生むのみと知れ。──言い放つと同時、オルダは全身より光を放つ。
そしてそれらは上空へ広がり、無数のかたちを成して降り注ぐ。
すなわち。
数えきれぬほどの夥しい、灰色の軍勢へとなって。
「なっ」
「──椿さんっ!」
曙光刃雨。抜き放った刃より放つ、天へと昇る光の流星雨にて、雲霞の如く舞い降りる敵軍勢を撃ち貫いていく。
椿もまたいつきに言われるまでもなく、その蒼き魔力の弾丸を機関銃のように乱れ撃ち、迎撃する。
「くそ……っ。数が多すぎる……っ!」
それでもそのすべてを撃墜するには至らない。
ふたりの、手数のかぎりを尽くしたその弾幕もしかし、降り注ぐ敵軍勢の膨大さの、その一角に穴を穿ち、手薄とするに留まった。
「紅蓮の騎士どもに差し向けたような、最低限の自立反応を与えただけの間に合わせと一緒に思うなよ。こいつらはワタシがじきじきに、操作するものだ」
降り立った軍勢はゆらりと顔を上げ、そして駆ける。
機敏に。その全身に、それまでの個体からは見受けられなかったのが嘘であるかのように力強さを漲らせて。
「「!!」」
一撃の威力より手数を重視していた、ふたりの弾幕である。
光の、氷の弾丸が迫る敵雑兵の皮膚に弾かれ、飛び散る。まったく、直撃をしたその相手にダメージを与えることなく。それは敵を倒しきれず、弾き飛ばされて無為を生む──。
「いつき! 椿っ!」
鉄塔の下、遅れ駆けつけたホリィの叫びをふたりは耳にする。
視界は既に、灰色の雑兵たちが姿ですべて、埋め尽くされていた。
人型の、群れ、群れ、群れ。
それらによって作り出された壁が押し寄せ、大波の如く──いつきを。椿を、呑み込んでいく。
(つづく)




