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第四十六話 聖なる眷属とともに

  

           第四十六話 聖なる眷属とともに

 

 

 我は、世界の眷属だ。金髪の少女がそう言い放った瞬間、──その鼻先には刃が、向けられていた。

 それは、白騎士の。いつきの呼び出した、彼女の剣。

 彼女がその刃を抜刀した動作も、その実体が顕現するまでの間も。まるで椿の眼には追うことはかなわなかった。

 神速のもと、刃は抜き身となり。

 椿の連れてきた──いや、椿を連れてきた金髪の少女へと、その喉笛へと、ほんの一ミリほどでもいずれかが動いたならば食い込み血を噴き出すであろうほどの至近へ突きつけられている。

 

「吐く言葉の意味は、よく考えて発するべきよ」

 

 その眼光は厳しく、鋭く。長身の彼女は、眷属を名乗った少女を睨みつける。

 いつきの声によって吐き出される言葉は敵意に満ちていて、それ自体が攻撃性を帯びているようですらあった。

 

「──さすがだな、これが騎士というものか。その中でも最上級というのは、躊躇もなく、判断も的確だ。見事なものだ」

 

 椿が。久遠が、律花が両者のやりとりを見守る中、しかし金髪の少女は動じることなく不敵に笑む。

 あれで、敵への容赦のなさは既に椿とて知っているいつきである。

 挑発的な少女の物言いに、暴発してしまうのではないかとさえ思えた。事実今の彼女の眼は、少女としてのいつきのそれではない。

 かつての聖騎士。歴戦の猛者たるヴォルとしての、百戦錬磨の苛烈さを宿した眼光がそこにはある。

 

「ただまあ、ちょっと短気ではあるな。──聖騎士よ。我は『ディ=クス』の眷属だとは、言った覚えはないぞ」

「──……!」

 

 たったひとつの単語だけを読み取って、それだけで判断を下すものではない。

 余裕に満ちた笑みで、少女は告げる。

 

「我は、敵ではない。信ずるに値する正体を、教えてやる」

 

 彼女の、目的を。

 その、真なる彼女の立場を。

 

「我は、この世界の。地球の、眷属だ」 

 

 彼女の言葉に。指摘に。そしてたった今告げられた正体に鈍った切っ先が、金髪少女の指先に摘ままれて、ゆっくりとその喉元から外されていく。

 いつきはそれを止めようとはしなかった。

 しなかったのか。できなかったのか。少なくとも今の彼女にとって最も必要な行為ではないということだけは、間違いはなかった。

 

「異世界より生まれ変わり、生まれ落ちた騎士たちよ。そしてその力によって導かれし、この世界の力ある者たちよ。我に。この世界に、お前たちが、必要だ」


                  *   *   *

      

「ん」

 ぱきりとふたつに割った、ソーダ味の氷菓子を椿は差し出す。いわゆる、チューペットとか。チューチューアイスとか。そんな名前で呼ばれているやつだ。

 

「──我は、喰う必要性はないんだぞ」

「ああ、そう。そりゃそうか」

 

 たしかに。あんた、生物じゃないんだもんな。

 納得する椿に対ししかし、こちらを振り向いた世界の落とし子たるその少女は手を伸ばし、差し出されたアイスを受け取る。

 

「まあ、必要がないだけで。食えないわけじゃない」

「へえ」

「それにこういうとき断るのが、この世界に生きるお前たち人間にとって無礼に当たることも知っている。──今はお前たちにそっぽを向かれても困るからな」

 

 そういう打算も込みだ、と言って。アイスの先っちょを少女は咥える。

 

「計算高いんだ」

「せこいとでもなんとでも言っていいぞ」

「名前」

「うん?」

「あんたの、名前。この世界の眷属だってことはわかったけど、まだ聞いてない。なんて呼べばいい」

「──ふむ」

 

 少女はいつきたちの前で名乗ることはしなかった。

 彼女の正体に、語った言葉に皆、圧倒されたということもある。だからこその、今更の問いだった。

 あるいは、持ち合わせていないのかも──だとしたら、いくぶん不便ではないか、とも思う。

 

「とくにこれといって与えられてはないのだが。そうだな、不都合は不都合か。呼称も必要か」

 

 この世界の言葉で、その立場にふさわしい名。腕組みをして、アイスを咥えたまま、少女は考える。やがて思いついたように顔を上げて、口にしていたソーダ味のそれを外して。

 

「英語でいいだろう。聖騎士の一派とともに戦う者──『ホリィ』。それが、我の名だ」

 

 神聖な。聖なる──holy、その読みからの、『ホリィ』。なるほど、シンプルかつわかりやすい。

 

「オーケー。ホリィ、以後よろしく頼む。……ってことで、差し当たってひとつ、訊きたいことがあるんだけど、いいかな」

「ふむ? ──よかろう、なんなりと」

 

 呼び名が決まったところで、問わねばならぬことがある。

 

「あんたが戦っていたアレは、誰だ。あんたと瓜二つで、あんた以上の力を持っているようにさえ見えた。アレは──何者だ」

 

 右腕に、魔力を集め拳銃を呼び出す。

 いつきのように瞬時、即座にとはいかない。けれど語りながら、問いただしながらごく自然にその行為を行うという程度にであれば十分だった。

 

「アレも、眷属か。お前と同じ地球の眷属か。それとも、あるいは」

 

 やつは、敵なのか。そして。

 

「お前はほんとうに、地球の眷属なのか」

 あの存在がいたからには、まだ十全に、お前を信じることはできない。

 向けた銃口は、たとえそこを撃ち抜くことに意味を持たずとも、寸分たがわずホリィの眉間へとその照準をぴたり、あわせていた。

 溶けたアイスが、容器の切り口から冷たい雫となって、ぽたり、ぽたりと地面に落ちていく。

 

「奴らはいくらでも搦め手も、取りうる手段も選ばず用いてくる連中だ。お前もそんな一員である可能性を、否定できない」

 

 奇しくも、武器を向けるという点ではいつきと椿の行為は同列にあり、似通っていた。

 騎士たちの中にあって最強と最弱。その両極にありながら。

 そう自嘲気味に思うのは、椿自身がその部分に必要十分以上に、拘っているからなのだろう。

 

「──ふむ。単純なことだ、それは」

 

 しかしそんな椿と対照的に、ホリィの口調はこともなげであり、ごく簡潔に返される。

 

「世界を喰らう者をを迎え撃つべく、我は生まれた。この地球の守護者として。我を知った『ディ=クス』は、眷属がひとりとして我を模した存在をつくった。我より強く、凶暴に。より、戦に特化したものとして。やつ──『オルダ』を」


                  *   *   *

      

 奴の姿を。戦闘力を参考に自分は作られた。

 同じ容姿、同じ眷属という立場。いずれもがオルダにとってそれは忌々しく、受け容れがたい不愉快を生む土壌でしかない。

 オリジナルよりよほど自分が強力であること。それは彼女を慰めこそすれ、それら不快の根本的な解決となるものではなかった。

 本来、『ディ=クス』が眷属は三体であった。オルダはそれらに対し後発として、後れを取って生み出された存在にすぎない。

 数合わせ、という言葉を正しく彼女は理解している。そして自身がそれに該当すると、自虐気味に自覚もしている。

 さもなければ、敵である、異なる世界の生んだ眷属の外見や戦闘力を利用して、最低限の改修を与えたうえで生み出すなどというかたちで、軍勢の一員に加えたりはすまい。

 自分はそういう存在なのだ。厳然たる事実としてそれは生まれた瞬間より、オルダの前に突きつけられている──……。

 

「ゆえにワタシは、オリジナルを潰す。この世界の眷属を。そして貴様ら騎士どもをも、ひとりで潰してみせる」

 

 それが自分が、残る三体の眷属に劣っていないことの証明である。

 高台の、送電鉄塔の上。

 そこからオルダが感覚の瞳で見下ろした街並みに、戦闘の光が無数、花ひらく。

 戦端が、開かれていた。

 

「ゆえに、見せてみろ。騎士どもよ。お前たちの力でどれほどまで、多勢に無勢へと太刀打ちできるのかを」

 

 オルダの放った雑兵たちは、もはや主幹道路のあちこちに溢れて、街を埋め尽くそうとしている。

 それらを、切り裂いていく者がいる。

 風が巻き上げ、吹き飛ばし。

 燃え盛る炎が呑み込んでは、雑兵たちを焼き尽くしていく。

 騎士たちによる迎撃の光景が、そこには繰り広げられている。

 

「強さを見せよ。食い下がってみろ。さもなくば、ワタシの力は証明されぬ」

 

 夥しい数を薙ぎ払われながらも、しかし。

 雑兵たちは同等以上の数をあとからあとから、街並みの中に顕現させ、その侵攻を前進させていく──……。

 

 

          (つづく)


次回は8月18日の更新となります。

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