第四十五話 金と銀と、雑兵と
第四十五話 金と銀と、雑兵と
それは、追う者と追われる者が織りなす様相だった。
「──なんだよ、これは?」
ふたりの少女が、得物と得物を交えている。
双方、よく似た槍。それらを手にし、振るい。打ちつけあう両者は互い、その顔立ちに至るまで鏡写しのように、よく似ていた。
金髪の、追われる側が黒き衣に白亜と深紅とを差した衣装を身に纏い。
白銀の髪を結った追う側が、純白の衣装に黒と蒼とを差し色としたそれを翻している。
髪型はともに、ツーテールにまとめられ。
その動作の疾さ、鋭さ。攻撃、反撃の破壊力そのひとつひとつがすべて、彼女らが単なる人間にあらざることを告げている。
「こいつら、一体?」
両者の戦いの余波に巻き込まれ、崩れ落ちる高校の校舎を見た。ゆえに駆けつけた椿だった。
だが手出しを、できずにいる。
戦いあう両者が似すぎていること。
そして明白に、どちらもが椿の実力を、大きく超えていること。
なにより不明瞭な点が多すぎる──そういった理由が彼女に、いずれか一方を援護する、その行為に向かうことを躊躇させる。
こいつらは、騎士なのか。それとも、世界の眷属なのか。
あるいはどちらか一方が前者で、もう一方が後者という状況なのだろうか──?
「!」
躊躇と困惑とに、傍観者とならざるを得なかった椿へと、不意に追われる側の金髪が向きを変え、迫る。
そんな。こちらに向かってくる?
やつは、敵なのか? だったら追う側。攻め立てていた側は一体。
「──撃ってみよ、我が地球の騎士よ」
「!」
そして静かに、迫る金髪の騎士は呟くように告げる。
「得意の、氷結の弾丸にて我を撃ちぬいてみよと、言っているっ!」
そして長槍を構えた黒衣の騎士は殺気を発し、一直線に椿へと突き進む。
このまま突っ込んでこられれば、ひとたまりもない。椿の防御など、あの槍の一撃は簡単に貫く。そしてそのまま椿を串刺しとし、あるいは上体と下半身とを泣き別れに引きちぎって裂き散らすことだろう。
「……くっ!」
やむを得ない。椿は結論を下すとともに、撃ちあぐねていた銃口を迫る槍遣いへと向ける。
「──凍てつけっ! 止まれぇッ!!」
渾身の魔力を込めた、氷の弾丸を放つ。
それは対象の撃破を主眼としたものではない。単純な魔力量ではおそらく、連中と椿とでは勝負にならない。
だからこそ敢えて、誘っているのなら乗ってやる。当たって砕けてやる。氷の弾丸をぶつけて、向かってくるその身体を凍らせてやる。
勿論のこと、それだけで完全に動きを止められるなんて、思っていない。それほどのちからが自分にあるなんて、過信をするわけがない。
だがまったく効果がないというわけでもないはずだ。
一瞬でも動きが鈍れば、それに乗じて相手の突撃の、その射線上から離脱する。追尾を困難にするくらいはできるはずだ。
椿の抱いたその意のもと、愛銃より発射された弾丸は、凍てつく空気の尾を引いて、迫る槍遣いへと向かう。
「そう、それでいい」
そんな椿の選択に。意図に。
金髪の、長槍の騎士は──にやりと、我が意を得たりとばかりに笑む。
「おかげで、自分もこれで助かる」
身を翻したツーテールの金髪少女は、その背後に追いかけていた、よく似た顔立ちの騎士の眼前に、放たれた弾丸を不意に出現をさせる。
たった今まで、彼女自身の身体が障害となって追う側からは死角となっていた弾丸である。
「!」
それは唐突で。回避可能である距離をとうに超えていた。
目を見開いた銀髪は、自身の眉間をまっすぐに撃ち抜かんとするその弾丸の出現に僅かばかりも身を退くこと、かなわず。
「ひとまず、凍てつけ。我が身が騎士たちとの合流を果たすためにもな」
直撃。それとともに、周囲の空気が放射状に凍りついていく。
騎士を追っていた、銀髪を巻き込んで。その動きを凍てつかせていくのだ。
「!?」
直後、椿は不意の衝撃に浮揚感を憶え、自身が金髪の騎士に「運ばれて」いることに気付く。
そんな。たった今、かわしたはず。彼女のあの位置から、回避運動直後にもう、自分に追いついてきたというのか。
「え? あ、──はいっ?」
「上出来だ。未だ完全なる目覚め、果たしてはいない我が世界の騎士よ」
「な、なに?」
「いいからひとまず、退くぞ。事情は追って話す」
スカートが僅かにめくれ、覗いたお尻を、両脚をじたばたとさせる椿に対し。
少なくとも我はお前たちを害する存在ではない。
そのことだけ、頭に入れておけ。
有無を言わさぬ口調のもと、金髪の騎士はそう告げた。
* * *
時間にして、動きを止められていたのはほんの十秒と少し。一瞬という間に毛が生えたほどのことでしかない。
「──ちっ」
凍りついた周囲の空気を。自身の表皮を冷やし固めていったその魔力の余波を打ち砕き降り立った銀髪の槍遣いは、周囲に既にない、彼女自身の追うべき存在に思わず、舌打ちを漏らす。
「なかなか、賢しい手を使う」
吐き捨てて、前髪をかき上げる。
直後、背後に迫る自身と同種の気配を、その足跡を察し、さほど軽快するでもなく振り返る。
幼さ残す、同じ色合いの銀髪の少女を、彼女はその瞳の先に見る。
「なーんだー、逃げられちゃったんだー。へたっぴな戦いかただね、『オルダ』」
「非難は当然。なんとでも言え」
ハートという名の同胞に対し、否定することなく、『オルダ』、そう呼ばれた金髪のツーテールの存在は返す。
そう。彼女とハートは同胞。目的を、出自を同じとするもの──すなわち、創造主たる世界、『ディ=クス』によりつくられし眷属がふたり。
「てつだおうかー? やる気べつに、ないけどー」
「かまわん。ワタシの起こした行動だ。自身で貫徹をする」
「あ、そー」
この世界を、『ディ=クス』の胃に収めるため生み出されしふたりだった。
「フィルシィは」
「再生までもうちょっとかかるかなー。さすがに聖騎士のフルパワー、おもいっくそ受けちゃったしねー。しゃーないんじゃないー?」
「そうか」
ならばなおのこと、ひとりで十分だ。スローモーで間延びをしたハートの口調とは対照的な、どこか武人然とした口調を与えられたオルダは、周囲に舞い散る微細な魔力を感じ、その双眸を閉じる。
街じゅうに、細かな、しかしたしかに人為的にばらまかれた魔力を感じる。
仲間たちの敵意、あるいは危険や襲撃への探知機としてそれを為した張本人が久遠であることは、彼女もハートも知らない。けれどそこに魔力があるのなら、遠慮なく利用させてもらう。
眷属の持つちからは、魔力に作用し変化を与えるもの。
フィルシィのそれが痛みを与えるものならば、オルダのそれは。
「──ゆけ、我が軍勢よ」
空気中の、人為的な魔力を糧に。その残滓すらも養分として、『胞子』を生み出すこと。
一度生まれたそれは急速な増殖と、構造の変化を繰り返し、やがて──、
「好きだねー。雑魚どもをそんなに生むっての、よくわかんない感覚だけどー」
灰色をした、一見すればゴム・スーツを全身に纏ったかのような夥しい数の、人型となる。
大した力はなく。騎士に単体で太刀打ちをするなどまた遥かかなわぬ程度の性能しか与えられてはいない。
「取るに足らぬ性能だからこそ、足らせるために数を生むのだ。さあ、陽動にはこれほどもいれば十分であろう」
だから個々の戦闘力でなく。数を必要とする局面に、オルダはそれを用いる。
街並みを。
交差点を、大通りを。
裏手の細道を埋め尽くすように、かつて胞子であった、つるりとした表面の雑兵たちは出現をする。
「いけ、焙り出せ。消されて、報せよ。騎士どもが──現れるそのときまで。この街を破壊せよ」
どうせ、時が経てば我が創造主・『ディ=クス』のちからによって再生をする世界だ。
いくら蹂躙したところで問題はない。
オルダの鳴らした指に応じるように、前のめりに沈黙を続けていた雑兵たちはその顔を上げた。
与えられた指令をただ遂行し、そのためには消滅すら辞さない。
ひたすらに、それだけを存在意義とする雑兵たちは街を埋め尽くさんばかりのその数を以て、蠢き始める。
(つづく)




