第四十二話 聖騎士は翡翠の輝きの中で 2
第四十二話 聖騎士は翡翠の輝きの中で 2
聖騎士の名が、泣くわね。
そう吐き捨てる少女の姿は無論、幻である。
「ツィール」
「相変わらず、その名で呼ぶ。いったいどこまで、過去の栄光に縋っているの。白亜の聖騎士よ」
黒衣の、今は亡き少女。現世においては襲撃者として現れ、前世においてはけっして深い友誼はなかったにせよ、僚友がひとりであった相手。
その幻想を、いつきは今、半ば以上にヴォルとしての認識の中、見ている。
今のいつきは、いつきでしかないというのに。
そんな白亜の騎士を、少女は蔑むように嗤う。
「お前のその力は、かつてヴォルが振るったものではない。あくまで極限までに近しく、近似したもの。まったく同じものなどないと知れ」
向かい合うふたりの背景に。その空に映し出されていくもの。
それは、いつきがこの世界に生まれた日のこと。
父の向けたファインダーの中の、七五三。
小学校の、板書きに立つ姿。
図書室での読書の風景──すべてが、「いつき」として経験してきたこと。
そこには常に、ともに「ヴォル」としての記憶があった。そう、一緒だった。けれどそれらすべては、「いつき」の、「いつき」としての人生のものだった。
「ツィール、あなたは」
「もっと、この世界を見なさい。信じてみなさい」
この世界の、騎士たちを。あなたと久遠は、ふたりきりじゃない。
「かつての世界で、いったい何人の騎士たちがその世界を護り、支え続けていたと思っているの」
たったふたりで、否、ひとりで背負い護りきろうとするな。そんなの、傲慢だ。
辛辣に、鋭く。少女の言葉はいつきの心に突き刺さる。
「私がお前を保存し。久遠までもをつけてやったような状況は既に過ぎ去っている。お前たちを持ち越そうと、再び殺そうとしたその瞬間さえ。今のお前はこの地球に生きる「いつき」であり、お前はお前なりの力で、この世界とともにあり、この世界を護らねばならない」
「──うん。わかってる。わかってるわ」
友と呼んでくれた、律花。
力を貸してくれた、椿さん。
幼い頃よりいつきを慈しみ、育んでくれた祖母。──彼女たちだけじゃない、世界のあらゆる、たくさんを。
護るんだ。わたしが。
ううん、「わたしたち」が。
わたしだけでも。
わたしたち、四人だけでもない。
わたしたちの、すべてで。
「──!」
不意に空が、淡く翠の色に輝いた。
そして周囲を、いつきの身体を。同じ色の光の粒子が取り巻いていく。
あたたかく、柔らかく。そこに感じるのは安らぎ。
その翠の輝きに包まれた自身の掌を、いつきは持ち上げ見つめる。この光は。このあたたかな魔力は──……。
「それも、あなたの生きる世界で。そこに生きる騎士の為したものでしょう」
微笑みとともに、亡きもののイメージは薄く消えていく。
ああ、そうだ。
この力は──、
「律花」
やさしいあの子の、力だ。
* * *
「!?」
一陣の風が、翠の粒子を載せて。戦場に、吹いた。
「ウチの──髪が? 刃が……っ」
それはいつきの肩口に座す、銀髪鬼が首へと向かい。
意識のない白騎士を貫き串刺しとした、その鋭き銀髪の刃たちの間を吹き抜けていく。
そうして風たちの通り過ぎ去ったそこには──まるで、なにか薬品でも浴びたような、あるいは錆び付き、それ自体が風化を始めたように。
砂のようにさらさらと、崩れ落ち消失していく、すべての刃がある。
いつきへと突き刺さっていたそれらを強引に引きはがすのではなく。
風はごくごく自然に、いつきの肉体と、白銀の色の刃との間にあった無惨なる密着を解き放っていった。
傷口をより擦過させ、傷めつけることなく。
通り過ぎたその風が持つ魔力によって、気を失った聖騎士へと止血すら施しながらに、である。
「これは? 律花の──魔力。風?」
その光景に、久遠は目を瞬かせる。そして気付く。
先ほどとはそこに載せられた魔力の性質を異にした、翠の風。それが自分を、いつきを包み込んでいること。
自身の魔力によって苦痛に傷つけられてしまう今のふたりを、その魔力の風は癒し、回復させていく。
強引な、炎による止血。その火傷のダメージが両肩から抜けていく。
しかも、急激に。こんなにもあっけなく。──これほどの回復量を誇る治癒の魔術を、久遠はいつきの光の魔力以外で知らない。
「──『新緑の風』」
背後からの声を、久遠は聞く。
友の、声だ。
「風は、運んでくれる。私の力を。新緑の芽吹く、大地の恵みを」
吹き抜ける風に乗った魔力は力強い。つい先刻まで半死半生であった少女のものだとはそれは、思えないほど。今までの彼女の内から発揮される魔力の大きさとは、その壮大さで比べものにもならないほどだ。
「わかったよ、久遠。いつきちゃん。私の力の源。私の魔力の本質が、一体なんなのか」
振り返る。そこにはボロボロの着衣のまま。鮮血に身を汚したまま。けれどたしかな力とともにまっすぐに佇む、友の雄々しき姿がある。
「フィルシィ。あんたのちからは、いつきちゃんや、久遠にすら遥かに劣る私の魔力にすらその効力を合致させ、発現させるまでに幾ばくかの時間が必要だった」
だったら、今の私の魔力に対してはすぐさま、そのちからを。効果を及ぼすことなんてできない。
ほんとうの力を知った、私の魔力はもう変化している。
「久遠が、いつきちゃんが自分の魔力を使うことで影響を受けるなら。その外側にある私の魔力で治療すればいい」
律花は、大きく腕を振る。
喪われていたはずの眼鏡が。そしてずたずたの有様であった着衣の騎士装束が。ともにその身に再構成され、完全なかたちとなって──より凛々しいその姿、形状として纏われていく。
「私の魔力は、その根源は『大地』。そこに芽吹く新緑と、それを運ぶ風。それらの紡ぐ命──」
翠の輝きが、彼女の周囲一面に散った。
双鉄扇が中空に魔法陣を描き、魔力を収束していく。
「吹き荒れろ、風よ! 白亜と紅蓮、ふたつの騎士に極限までの力を! ──『活力の風』ッ!」
そして渦巻くふたつの魔力が、久遠に、いつきに向かい放たれる。
彼女たちをより強靭とするために。
彼女たちの戦いを阻害するその横槍から、その肉体を、感覚を。護るために。
* * *
魔力の竜巻が、いつきの肩口から銀髪鬼の顎を引きはがし、そして吹き飛ばす。
その風は少女の願う者に力を与え、護り。少女を害なす者を拒絶する、命の風。
「──は、ああああぁっ!!」
全身に漲る力を実感しながら、久遠は跳ぶ。
自分の身体が、自分ひとりでない力に押され、高く、高く舞い上がる。
疾さも。力強さも。今までの自分とは段違いに膨れ上がっている──だから、出来る。
「『火葬』。──『爆炎葬送陣』……!」
空中に、風の檻へと拘束された銀髪の首。
その周囲を取り囲み生まれる十字の劫火。
ひとつ。ふたつ。
みっつ、よっつ──それらは敵の四方を囲み。
久遠は神速を以て、己が炎へ飛び込んでいく。それはさしずめ、『火葬』の──彼女の最も得意とするその技の、四連撃。
律花の、命の魔力によって強化されたその力は殆ど寸分程の誤差もなく、白銀鬼を襲い、それに叩きつけられ。
かつてなく燃え盛る轟炎に、敵を飲み込んでいく。
「──先生ッ!」
そうして大地に膝を折り、降り立ったとき、久遠は叫んだ。
今だ、と。撃墜した敵へと浴びせる最後の一撃を任せるべき、聖騎士を呼ぶ。
天を貫き、雲を散らし。どこまでもまっすぐに伸びる光の柱を、白亜の騎士はそのとき既に、手にしている。
「──わかってる、久遠」
全身に、白亜と翡翠、ふたつの魔力の輝きを纏い、噴き上げさせながら。深く深く聖騎士・いつきは息を吸う。
「ありがとう、律花。あなたの力で、わたしたちはこいつに勝てる」
集まれ、魔力の光よ。輝きを増せ、我が魔力の曙光よ。
来たれ、光輝の王。すべての光司りし神よ。我が身を、我が一撃をその領域まで誘い導け。
それら、詠唱とともに練り上げられていくのは聖騎士、最高の力。彼女の解き放ちうる最大の一撃がひとつ。
悪を断つ、夜明けを生むその刃の名は──……。
「光輝一刀流、奥義。──浄化せよ、永遠光──『神罰黎明』……!」
天高く掲げられた永遠竜の刃より伸びた、光の柱──膨大すぎるまでに凝縮され、天を衝いた魔力の噴流が振り下ろされていく。
暴風と、轟火の中に灼かれゆく世界の眷属へと目がけて。
いつきがやったのはそう、ただ振り下ろした、それだけの動作。
たったそれだけで、増幅され収束した輝く光の魔力はフィルシィの残された生首を呑み込み、焼き払い。その中に消失をさせていく。
閃光の余波は、大地を割り。まっすぐに、彼女らの戦場と化した街を、成層圏に至るまで長く、高く貫き切り拓いていく。
それは世界薙ぐ一撃。
そして紛うことなく、世界を救う一撃であった──。
(つづく)
今回のいつきの必殺技ですが、イメージ的には某エクスカイザーのサンダーフラッシュです。




