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第四十一話 聖騎士は翡翠の輝きの中で 1

※けっこう「痛い」描写の多い話が続いております。ご了承&ご注意ください。

  

 

          第四十一話 聖騎士は翡翠の輝きの中で 1

 

 

 しまった。こんなの──久遠のことを、叱れない。

 ツィールが彼女に用いた搦め手と近しいそれに、自分もかかってしまうなんて。

 そうだ、こいつらは騎士ではない。正々堂々を旨とする武人たる者ではない──搦め手、卑怯。不意打ち。いかなる手段もあって当然の相手だ。

 おそらくツィールはそのこともわかっていたのだろう。それゆえ、知略で挑む戦術家であった前世の彼とはいえ、かつてを知るヴォルの目からは不自然に思えるような、一見悪辣極まる奸計や、態度をいつきたちに示したのだ。

 いずれいつきたちが、この悪しき世界の眷属たちと相対する日を迎えると、理解していたがゆえに。

 

「ぐ、あああああぁぁぁ……っ、ああっ、あっ、あっ──……」

 

 今更にその理解へと、いつきはたどり着く。

 かつての、……ヴォルであった頃なら、と悔やむにはもはや遅く、またその詮無き思いも無理のないことだった。

 記憶を、思考を受け継いでいるとはいえ、ヴォルはいつきではなく。またいつきはヴォルではない。しかし同時に自分がヴォルであるという感覚もたしかにある。いつきとして生まれ、育まれてきた精神性や、ヴォルとは微細に異なる思考法の変化など、ぴたり一致するはずもないにもかかわらず。

 ゆえにそこに齟齬が生じ、かつてのヴォルでは生まれなかった隙をつくる。そんな自分にいつきは歯がゆさを憶えてしまう。──そんな負の相乗が、ある。

 無論それによる自失にいつまでも身を任せてはいない。

 激痛の噴流。溢れ出る鮮血に塗れながら、いつきは反撃を試み、牙に、刃髪に己が肉を無数、貫かれながらも立ち上がらんとする。

 

「ぐ……が、うああああぁっ……!」

 

 その動きはしかし、既に見越されている。

 更に弧を描いて迫った銀髪の刃が、ニーハイの太腿を突き刺し、貫いて。自身の体重を支えきれず、いつきは持ち上げかけた身体をふたたび、膝を折るようにして落下させる。

 

「あ、あああああぁぁっ! う、あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 肩口に噛み付いた眷属の牙はより深く、更に深くいつきの肉を抉り、血を噴出させて捻じり込まれる。それが骨まで届いた感触が全身に響き、意識すら消え失せそうなほどの痛みに、思わずいつきは背筋を逸らしただただ嘶いた。

 

「なるほど、お前の戦闘力はたしかに我々の邪魔にもなろう。しかしこうすれば、実力でいかに拮抗し、勝ろうとも討ち取るのは容易いということだ」

 

 首を刎ねられようと関係なく生き続ける存在である。その発声の方法も人間とは根本的に異なっているのか、いつきに絡みつき、噛み付いたまま、眷属はそう吐き捨てて嘲笑う。銀髪がいつきの血に塗れて鈍く光る──まさにそれは銀髪鬼。白銀の悪鬼としか形容できぬ、様相だった。

 

「ぁぐ……、か、はっ……。──ま、だ……っ!」

「そうか、まだ苦しみ足りぬか」

 

 まだだ。諦めて、なるものか。『ディ=クス』どころか、こんな三下にやられてたまるものか。掠れ始めた視界を覆う靄を振り払い、己を叱咤し。いつきは自身の魔力を高めていく。

 

「ぐ、ううううぅぅぅっ! ぐ、くうううぅぅぅっ!!」

 

 それは半ば以上に、自らによって自らを、痛めつける行為でしかない。

 今のいつきの身体は、フィルシィと呼ばれるその眷属の能力によって、己が魔力自体に反応し、それに触れるだけで激痛を浴びる状態にされてしまっている。

 痛みならば耐えればいい。耐える。耐えてみせる。

 魔力を流し込んで、こいつを振り払って。

 身体を回復させる。治療に痛みが伴うのなんて、なんてことはない。ごくごく当たり前のことじゃないか──、

 

「聖騎士さんは意外と脳筋なのだな。……耐えればいい、などとでも思っていたのだろう?」

 

 五十倍、と。銀髪鬼が発した。

 直後、その変化を誰よりはっきりと、いつきは知る。

 

「──あ」

 

 そして、悟る。

 

「あああああああああああああああっ、ひいいいいいぃぃぃぃっ! あ、ぎいいいいぃぃぃぃぃっ! ひっ、ひっ、ぐひいいぃぃぃぃぃっ!?」

 

 わたしの身体は。脳は。感覚神経は。

 この痛みに、耐えられない。

 

「あ、……あぁっ、あ、……は、……っ」

 

 気力でもなく。意志の問題でもない。

 痛覚。痛みは生物にとって、一種のストッパー。安全装置である。

 意志をどれほど強く持とうとも、生物の限界を超えてそれを無視することなど、できようはずもない。仮にできたとして、それにもまた上限がある。

 純粋にこの痛覚の暴走は、人間の肉体が、神経が持つ限界値をあっけなく超えている──……。

  

「更にいいことを教えてやる。まだまだ、お前の魔力が発する痛みは強まるぞ。更に十倍、二十倍。もっと、もっとだ」

 

 尤も、あの雑魚とは違うことはわかっていたからな。はじめから、三十倍の苦痛を与えるよう調整していたのだが。今で、五十倍。

 そしてそう吐き出された、眷属のその言葉に偽りはなく。

 より捻じり込まれる牙と、刃とともに、銀髪の悪魔が力は、いつきの身体に打ち込まれ、叩きこまれていく。

 もはや騎士として、生物として当たり前の、戦いにおいて体内を循環する僅かな魔力さえもが──いつきを苛み失神へと導いていく、劇薬だった。


                  *   *   *

       

「──いつき、ちゃん?」

 

 一面の新緑が美しく広がる草原風景の中、今まで感じたことのないものを、律花は「わかる」ようになっていた。

 そんな自分に、気付く。

 消え入りそうな、それは魔力の揺らぎ。

 友人たちの危機を、自分は感じている。

 久遠が、椿さんが。そして誰よりも今、──いつきちゃんが、危ない。

 この場所に立ったからこそわかる。

 風は、私の力の一部。あくまで私の力を、運んでくれるもの。それを理解した律花だから感じ取れる。

 いつきちゃんは今、生命の危機に瀕している。

 聖騎士。そう呼ばれ、久遠の師として圧倒的な実力を持つ彼女をして。

 

「行かなきゃ」

 

 目覚めなくちゃ。いつきちゃんを、みんなを助けなきゃ。思い立つと同時、疑念が律花の心に襲い掛かる。

 ──行って、なにができる。いつきちゃんですらピンチだというのに、自分如きになにができるというのか。

 完膚なきまでの、あまりに一方的な蹂躙を受けた自分の力で。その程度でやれることなんて。

 ほんとうに、あるのだろうか?

 俯き、拳を握る律花。……しかし。

 

「──え?」

 

 風が一陣、強く吹いた。

 足許の芝生から、若葉が芽吹いていった。

 大地がきらきらと輝いて、瞬いた。

 それらはまるで、律花を勇気づけ、背中を押すようですらあって。

 

「応援……してくれてるの? 私の──私の、魔力たち──……?」

 

 そして律花は感じる。自身の胸の内に宿った、新たな力の脈動を。

 今の自分は、新しいものを手にしている。この力を信じろと、己が内の魔力たちはその持ち主に、訴えかけている。

 

「──……わかった」

 

 もう一度、信じてみる。

 私を。私の中にいてくれた、力たちを。

 いつきちゃんたちを助けるために、自分にもなにかができるって──信じて、立ち向かってみる……!


                  *   *   *

       

「う……、せ、ん、せい……っ」

 

 いつきの膝を転がり落ち、アスファルトの大地に身体を打ちつけて。そうすることでようやく久遠ははっきりとした意識を取り戻す。

 見上げた先。そこにこときれたかのように立ち往生をした、師である少女騎士の姿を目の当たりにする。

 

「──ようやく目覚めたか、紅の騎士よ。だが、もう遅い」

「く……先生から……離れろぉ……っ!」

 

 白亜の騎士は身体じゅうを串刺しにされ、銀髪鬼の牙に肩口から噛まれ、組み付かれて。鮮血に塗れながらなお、崩れ落ち倒れてはいなかった。

 両膝を折り、立ち上がることかなわぬまま。その愛刀たる聖剣の柄に手をかけた、その態勢で、意識を失っている。

 その双眸に光はなく。しかしけっして自らの意志で閉じられてはいない。

 

「無駄だといった」

 

 立ち上がり、駆けだそうとした瞬間、久遠の身体を、その魔力を燃やそうとすればしようとしたぶんだけ、激痛が突き抜けていく。

 息を呑んで、苦痛に身体を硬直させ。直後、今度は物理的な苦痛を久遠は、浴びせられていく。

 その両肩を。両脚を。四本の銀髪刃が貫き、そして引き抜かれていった。

 師を救うべく立ち向かおうと起き上がったはずの紅騎士はあっけなく、再びその身を地面に転がされる。

 

「止血をしたければすればいい。そのための魔力を行使すれば、それだけで神経が焼き切れてしまうほどの痛みをくれてやる」

 

 貴様ら騎士は誇りだけは無駄に高いだろうからな。

 発狂はするまい。──だからひと足に死ねるほどの痛覚を与えてやる。これも慈悲というものだ。

 銀髪の生首はせせら笑い、久遠はなすすべのない自分に歯を食いしばる。

 どうすればいい。先生を、いつきちゃんを助けるには。

 このままでは放っておいても、ふたりとも失血死する。しかし魔力によって止血を試みようにも、その先に待つのもまた、──死。

 考えろ。考えるんだ。

 いつきちゃんは──先生は、気を失うそのときまできっと諦めてはいなかった。

 先生ならどうする。きっと、なにかをしようとしていたはずだ。

 このまま私たちは、死ぬわけにはいかない。先生を、死なせてはいけない。

 

「ま、だ……諦めるもんか……っ!」

 

 身を起こすべく力を込めた両腕の、その付け根たる肩口から。

 立ち上がったその両脚、全体重を支える左右の太腿から鮮血を噴き出し、しかし久遠はけっして屈することなく立ち上がる。

 私がしくじったから、罠にひっかかったから、先生は私を気にしてやつに組み捉えられてしまった。この状況を招いたのは私だ。

 私が、打開するんだ。

 聖騎士を心だけでなく、その身体だって、死なせてはならない。

 

「う、おおおおおおぉぉっ!」

 

 魔力による止血がダメなら、直接、物理的に止血するしかない。

 双剣に灯した炎を、久遠は傷口に浴びせていく。

 肉の焼ける嫌な臭い。先ほどまでとは異なる、けれど甲乙などつくはずもない激痛が久遠を襲う。

 

「これ、で……っ!」

 

 そうして久遠は、自身の傷口を無理矢理に殺した。

 火傷の痛みも、却って意識がはっきりする。体内を巡る魔力の苦痛を、紛らわすことができる。

 ちゃんとした治療は、こいつを倒してからでいい。今はこれでいい──!

 

「やってやる、『ディ=クス』の眷属……!」

 

 もはや動かぬ白騎士の肩で、そこに載った生首が嗤った。

 睨みつける、失血による青白い顔をした久遠との間に視線が行き来する。

 

「「!?」」

 

 さあ。倒す。どちらからともなく、その意思が相手に向けられた、そのとき。

 柔らかくもあたたかい、おおよそ害意とはかけ離れた翡翠の輝きが戦域へと広がり、その周囲全てを満たし拡散していった──……。

 

 

         (つづく)


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