第四十話 白銀鬼の牙
※今回もけっこう血が出ます。けっこう「痛い」シーンあるのでご注意ください。
第四十話 白銀鬼の牙
椿さんの首元を抑えた敵は、どうやらそれを人質だか、そういうものにするつもりはないらしい。
ただいつきと、久遠と。そして長髪の眷属が戦いを見守っている。
いや、「見守って」はいないか。ただ、眺めている。同胞を心配するでもなく。いつきたちの背後を突かんと、隙を窺うでもなく。
あくまであれは、傍観者ということか。どうやら連中はそれ自体、仲間意識も希薄なようだ──。
「いいわ」
唇の隅が、いつしか切れていた。微か滲んだ血を、手袋の甲に拭って白亜の騎士は己が刃を鞘へと納め、半身を前に出した構えをとる。
「居合か──いいだろう。こい。本気でな」
愛刀・聖剣『永遠竜』。その鍔に指をかけ、柄に僅かに掌を重ねた、抜刀動作に余分な力を与えない、そんな構えだった。
「無論。こうなったからにはあなたを速やかに倒して、久遠を手当てする」
対する銀髪鬼は、軽く頭を振り、そのすべてが刃と化したその長い銀髪を揺らす。いつでもいつきを、切り刻めるように。
静と動が、向かい合う。
そしてそれらは、激突をする。
互い、その疾さは神速。ありとあらゆる逃げ道を塞ぐように迫る無数の刃に対し、聖騎士の抜き放った剣より放たれるは光の魔力。
「──抜刀、『曙光刃雨』──……ッ!」
抜き放たれた剣より、流星雨の如き無数の斬撃が咲き乱れ、迫る刃のひとつひとつをすべて打ち払う。
鞘に満たした光の魔力。それを刀身に載せ、抜刀と同時に閃光の散弾として解き放つ──その一撃ごとの威力は大したことはなくとも、手数で攻めてくる敵に対しその弾幕を掻い潜るにはこの上なく有効な一手だった。
そうして攻撃を弾きながら、いつき自身もアスファルトを蹴り、敵眷属へと瞬時、迫る。
時間はかけられない。椿さんが動けない以上、久遠の手当てをするにはいつき自身がこいつを打ち破るしかない。
まして長期戦はこちらが不利。相手の能力が魔力に作用するものならば、今は耐えられたとしても、時間が経てばいつきとて無事では済まなくなるだろう。
「は、あああああぁぁぁっ!!」
振り抜いた刃が、一瞬ガードをするような動きを見せた銀髪の眷属の右腕を切り落とす。
それで終わりではない。膝に再び力を込め、踏み切ったいつきは跳躍とともに身を翻し、敵の背後をとる。
「これで──散れェッ! 『ディ=クス』の! 寄生せし世界の眷属よッ!!」
横薙ぎ、一閃。
まっすぐに、横一文字に振り抜かれた刃はたしかに白銀の悪鬼が首を貫き通し、五体から切り離す。
首を、敵は切り落とされる。
ごとりと音がして、それが砕けたアスファルトの上を転がるのをいつきは見た。
「──影を灼け、我が光よ」
遅れ、すべてに脱力をして膝を折った、泣き別れの胴体に対し光の魔力を放つ。
「『崩壊光』」
それらは首なき骸の頭上に浮かびあがった、三つの光球より放たれる白亜の光。
照射されたその輝きに、眷属の身体は呑み込まれ、砂と化していくかのように、崩れ落ちていく。
「──これが、聖騎士の力よ。悪しき世界が生み落とした、眷属──あなたに、理解できたかしら」
* * *
やわらかな、光のぬくもりを感じた気がした。
「ここ、は?」
律花は、風吹き抜ける、草原にいた。
これが現実でないことはすぐに実感できる。
目を覚ます前、この場所にいつの間にか佇んでいるより先。自分がなにをしていて、どうなったかをはっきりと覚えているのだから、それと繋がらないこの光景が幻にすぎぬことなど容易に想像がついた。
「私はなにもできずに、負けた」
全身を、すさまじい激痛に内側から苛まれて。
負けた。いや、もとより勝負にすらなっていなかったといっていい。
そしてその結果──、
「私は……死んだの? いつきちゃんに助けてもらった命を、なにひとつ有効に使えずに」
だとしたら、もうちょっと行けばここには川でも流れているのだろうか?
死者を導く三途の川、なんて──迷信かもしれないけれど。
「ここはどこ」
さくり、と芝を踏みしめて、律花は歩み始める。
行くあてなどない。ここがどこかもわからなければ、どこに通じているかも知るはずもない。
戻らなきゃ、という思いは不思議となかった。
義務感とか、そういうものから解き放たれた、裸の自分の魂そのものになっているように感じられた。
ただ赴くまま、律花は歩き出す。歩いて、ゆく。
そんな彼女を引き留めるように、包み込むものがあった。
「──?」
それらは、律花の頬を撫でる。
肩を叩く。
指と指との間に、それを握るようにまとわりついて、絡みつく。
「これは……風?」
ただただ気ままに草原を吹き抜けていくだけに思えた風たちが、律花の周囲を取り巻いていた。
行くな。まだ、だめだ。そう告げているかのように。
そんな風たちの持つ気配に、律花は気付き、悟る。
「違う。この風は、ただ吹いている風じゃあない」
これは──この風は。
「私の、風だ」
消えゆこうとしている私を、引き留めようとしている。私の中に戻ろうとしている、風。そしてこの場所は──……、
「ここは。私だ。私の中の、深層にある風景」
魔力の源とも言うべき、場所。
そう理解したとき、律花は気付く。
自身が踏みしめたその場所に起こる、変化を。
この深層世界において、風はそれを構成するひとつでしかないということ。
草原に、花が開く。風の中に薫るのは、濃密で安らぎに満ちた、自分自身の奥底に眠っていた魔力。
足許の草たちが、芽吹いていく。
「そっか。──そうか」
そう、だったんだ。
この場所が、私の力。私の本来の力とは、風じゃない。私にできること、それは風だけではなくって──、
* * *
「久遠」
完全に、眷属の四肢が崩れ消え失せるのを確認した後、いつきは踵を返した。
倒れ伏す久遠のもとに、駆けよっていく。己が剣を納刀し、その身を起こす。
「よかった、そんなにひどい状態じゃない。これなら」
これなら律花の状況よりよほど、その負傷は軽い。
ちらりと椿さんのほうを見れば、彼女と目が合った。
──その表情は。眼差しは。敵を打ち倒したという安堵感に、
安堵感に、…………程遠く。
「ダメだ! やつはまだ……死んでないっ!!」
「!?」
驚愕と怖れに歪んだその表情に、彼女は叫ぶ。
直後、幼さを残した眷属の手刀が、当て身として放たれ、受けた椿さんの意識を刈り取る。
それと、同時だった。
「が……っ……?」
胸を。その中心を貫く白銀の刃を、いつきは見た。
痛みの噴流が、真っ赤な鮮血が。胸元から、白亜のその騎士装束へと、歪な同心円状にじわじわと、広がっていく。
「ぐ、うううぅぅっ!? な、……ぜ、……っ?」
そして右肩に、なにかが無数に抉り込まれ突き刺される、その灼熱の痛みをいつきは知る。
白銀の毛髪刃が、いつきの身体に「それ」を縫い付けるがごとく、いつきの痛覚を、筋肉を。神経を擦り痛めつけながら、引き絞っていく。
「う、ああああああぁぁぁっ! ああ、ああぁっ!! い、ぎいぃぃぃぃっ!!」
思わずいつきは、その耐えがたい激痛に悲鳴を上げた。
ぼたぼたと肩口から、胸元から滴り噴き出した鮮血が、彼女の抱き起した久遠の頬に浴びせかけられて汚していく。
「ウチらが生物ではないと、貴様は知った。思い至ったはずだがね、聖騎士?」
やがて白銀刃を伸縮させながら、それはゆっくりといつきの背を上り、這い登ってくる。
まさに生物という存在の括りにおいては考えられぬものを、いつきは激痛と失血に瞬く視界の中、自身の肩口に見る。
「首を落とされたところで、死なんよ。なにしろ生物じゃないんでね」
それは生首。いつきによって切り落とされ、地面へと落下したきり活動を喪失したと思われていた、フィルシィ。その、五体を失いたったひとつ残された、銀髪の頭部だった。
「そん……な……っ、あ、ぐ、あああぁぁっ……!」
世界の眷属たる銀髪の生首は、いつきの負傷を甚振るがごとく、自身の銀髪刃を伸縮させ、引き絞り。傷口から乱暴に出入りをさせる。
そのたびにいつきの肩と、胸とに穿たれた負傷痕は新たに血管を引き裂かれ、血を溢れさせ。視界すら真っ白にするほどの激痛に、いつきは絶叫を繰り返す。
「ああ。それと。これはほんとうに奥の手中の奥の手だが──こう見えてウチは、いわゆる「噛みつき」ってやつも得意でね」
そう言って、犬歯じみた鋭い牙を口許に覗かせた生首は、その大口を開く。
「う、ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!! あ、あああああぁぁぁっ!!」
迂闊だった。久遠や、皆のことを気にするばかりで。首まで消滅させておくべきだった。
わたしがかつてのヴォルだったら、こんなミスは犯さなかった。わたしの、「いつき」の失敗であり、油断──……。
首筋に突き立てられた、その牙の衝撃に。
むしり取られた、その部分の己が筋肉に。
ばりばりと音を立てて引き裂かれる肉の音に──いつきの悲鳴はより大きく、激しく。眠り続ける街に響き渡る。
悲鳴だけが、世界に鳴り響く。
(つづく)
ガブラ、というウルトラセブンの怪獣はご存じでしょうか。
イメージ的には今回それ。




