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第三十九話 聖騎士と、世界の眷属の戦い 2

  

 

          第三十九話 聖騎士と、世界の眷属の戦い 2

 

 

 お互いに、決定打がない状態だった。

 攻めているのは、二対一と数の上での敵への有利も作用している、いつきたちの側である。

 だが、攻めきれずにいる。目の前の敵手が未だ底を見せず、互角にやりあうその点のみに専念しているがゆえに。

 こちらも慎重に立ち回らざるを得ない。

 ただ銀髪を硬化させ、刃と化し。相手を切り刻むだけが能であるとは到底思えない──その程度の相手ならば、騎士として未熟とはいえ、あれほどまでに律花を外からも、身体の内側からもズタボロにできるはずがない。

 律花に使い、自分たちに対しては使っていないちからが、まだなにかこいつにはある。

 冷静な、ヴォルとしての思考を脳裏に描きながら、いつきは刃を振るう。

 初手では一方的に、薄紙のごとく切り裂き散らすことのできた敵の銀髪の刃は、その切れ味よりも頑健さを重視した組成に調整され、変化を果たしたのだろう、切断には既に、相応の力が必要なものになっていた。

 

「──斬っても斬っても、生えてくる……っ!」

 

 それらを打ち破るのに労力を必要とするのは、久遠も同じ。

 髪の毛が相手なら燃やせばいい、などとはいえない。

 その双剣に炎を揺らめかせ、炎熱と斬撃の二段構えで、迫りくる自在の毛髪刃を防ぎ、弾き、斬り捨てていく久遠であったけれど、それでも一撃ではその迎撃を完遂し得なくなっている。

 

「貴様、聖騎士──全力ではないな」

「それはお互い様でしょう」

 

 交差した毛髪刃が、振り下ろしたいつきの剣をがっちりと受け止める。

 

「わたしの力はあなたたち世界の眷属を討つためにあるのではない。その先にいる『ディ=クス』を打ち倒すためのもの。単独のあなたたちに全力で、しかもふたりがかりで挑んで決めきれないでは話にならない……!」

「さも、本気を出せばそこで終わるような言い回しだな──自らの力によほど自信があるか!」

「そうあらなくちゃいけないって、言ってるのよッ!」

 

 現状においては、久遠たちの成長が果たされるまでは、自身が四人のうちでの最高戦力だということをいつきは自覚している。

 その自分が太刀打ちできぬでは、問題外だ。

 

「そうだよ、先生──いつきちゃん!」

 

 躍りかかる久遠。彼女の二刀がフィルシィを更に押し込み、退かせる。

 着地し、刃を構える久遠の全身には覇気が漲っている。彼女とふたりならばもしかすると、あちらが全力を出し渋っているうちに押し切れるかもしれない──そんな期待さえ、いつきは抱いた。


                  *   *   *

 

 すごい。これが実の師弟によるコンビネーションの威力だというのか。

 律花の治療を続け、彼女を膝の上に抱きながら。椿は息を呑む。

 未熟だ、なんだといつきに叱責を受け、彼女自身歯痒く思っている光景を見せていた久遠だけれど、それでも──これほど。白亜の騎士の戦いぶりについていけているだけ、明確に椿たちより先を行っている。

 

「くー嬢……!」

 

 今、自分が加わっても足手まといになるだけだ。その事実を痛感する。

 焦るな。今自分がやるべきことは力のなさを嘆いたり、無理矢理に参戦を望むことじゃあない。

 傷つき倒れたりっちゃんを、救え。治せ。彼女のことを守りきれ。そのことだけに専念しろ。

 見ているしかできない自分の歯痒さを押さえつけながら、椿はただ律花へと魔力を贈り続ける。

 

「──なにしてんのー? そんなんじゃリッカちゃん、死んじゃうよー?」

「!」

 

 その首筋に、突き立てられるものがあった。

 背後に聳える影が、椿に、意識のない律花に落ちてそこを暗く染める。

 ハート、だった。そう名乗った個体に、違いない。

 その指先。鋭く変形をして、尖った爪の先が、あとほんのちょっぴりでも彼女が力を込めさえすれば椿の首の皮膚を突き破り、貫いて。紅い鮮血を噴き出させんというほどにまっすぐに、鋭角に突きつけられている。

 しまった。動きを見せない彼女から目線を切るのではなかった。目の前で繰り広げられる戦いに意識を集中しきってしまっていた。

 こいつからりっちゃんを守ることを含めての、今ここにいる自分のすべきことではないか──。

 

「おねーさんも、リッカちゃんと同じで大したことないねー」

 

 言われるまでもなくわかっていることを、ぽつりその敵手は吐き捨てる。

 

「ほら、とっとと治しなよ。リッカちゃんを、生かすんでしょー」

「なん……だと?」

 

 生かす? 椿や律花を始末するのではなく?

 彼女たちは敵ではないのか。我々を消すために現れた存在ではないのか?

 

「ただ消すだけじゃつまんないからさー。フィルシィみたいに、弱っちいのをボコボコにする趣味もないしー。強くなってよねー」

「なっ」

 

 思わず振り返った首筋が、爪の先に擦過され、細く紅い出血の筋をつくる。

 そんなことのために、あたしたちを見逃すというのか。

 

「どーせ消しちゃうんだし、せっかくなら楽しみたいんだよねー」

 

 リッカちゃん、いい子だったしさ。

 だから、自信ないなら言ってよ。めんどーだから、この場で消しちゃうから。

 邪気なく、しかし無慈悲な言葉を、世界の眷属たるその少女は背中越し、椿へ投げかける。

 

「せーぜー強くなって、ハートに挑んできて。楽しませて──そのうえで消えてよねー」

 

 それは子どものような、残酷で勝手な物言い。

 しかし言い返せず、椿は身を硬直させ続けるしかなかった。

 

「だからー、リッカちゃん死なせたら、その瞬間首、刎ねるからねー」


                  *   *   *

 

「先生、椿さんが!」

「──わかってる」

 

 言われるまでもなく、わかって、いる。視界の隅に、もう一体の眷属から手刀を突き付けられる彼女の姿は既に、捉えている。

 なんだ。一体なにを会話している。

 殺すつもりならばもうとっくにやっているはず──双方が言葉を交わしているのが分かる。あくまで、生殺与奪が眷属の側にある前提において。

 

「こっちは、相手も息が上がってきてる! とっととやっつけて、椿さんと律花、助けようっ!」

 

 その思考に結論を出すより先、久遠が動いた。

 たしかにこちらは数の上で有利。押しているのも事実。

 それまでの無機的だった敵は久遠の指摘の通りに微か、肩を動かして呼吸を強め、雑となった動作で。ふたりの波状攻撃をどうにか捌いているに等しい状況だ。これならば、あるいは。

 ──……「呼吸」?

 息を、吸って。吐く?

 

「久遠っ! 待って、まだなにか……っ!」

 

 おかしい。あり得ない。

 生物ならぬ、世界そのものに生み出された眷属たる敵が、そのようなわかりやすい、生物然としたかたちで追い込まれた状況を露わにするだろうか?

 外見上はいくら似せたとしても、相手は生きた人間ではない。

 呼吸なんて本来必要であるはずがない。疲労をしたからといって、それが乱れるわけもない。だとしたら、なぜ──……、

 

「どうやら気付くのが、遅すぎたな」

 

 その答えはすぐにいつきの目の前に、提示される。

 敵に向かい走っていた久遠の身体が、ぐらりと傾く。

 なにかに躓いたわけではない。ぶつかった透明ななにかが、そこにあったわけでもない。けれどバランスを崩した彼女はもんどりを打って転げて、地面に倒れて。

 

「久遠っ!?」

 

 その場に、のたうつ。ひくり、ひくりと全身を痙攣させて。

 

「が……、っ、あ、あああぁっ、が、あぁっ!」

 

 その胸を、喉元を掻きむしるように悶え苦しむ。

 

「やっと効いたか。練度を重ねた騎士は魔力の経路までもが頑丈だから困る」

「なにを──久遠に、なにをしたっ!」

 

 目を見開いて。強張ったそのこめかみに、血管を浮かびあがらせながら。唾液と涙を散らし、血に伏せ転がる久遠。

 

「なに、あの雑魚の騎士にしたのと同じさ。ウチの力を送り込んだ。魔力のある場所に苦痛を。直接にダメージを与える。それがウチの本来の能力だからな」

「なん、ですって」

 

 そうか、だから律花はあれほど、体表だけでなく体内にも深いダメージを負っていた。

 しかし久遠は、なぜ。一方的に痛めつけられていた律花ならわかる。しかし久遠とのコンビでは押していたのはこちらだ。いったいどうやって、久遠の体内にそんな力を送り込んだのか──……、

 

「! ……呼吸、か……っ!」

「ご名答。自分たちが当たり前にやっていることなら、お前らもそう簡単には気付かないし、違和感を覚えないだろう?」

 

 先ほどから繰り返していた、世界の眷属の、本来必要ないはずの呼吸。あれは呼吸ではない。そうするように見せかけて、空気中に自身の力を紛れ込ませていた。

 それを吐き出して──撒き散らして。接近戦に応じ続けることで、それを久遠やいつきに吸い込ませるように。

 

「ぐ……っ?」

 

 微かな。ぴしりとした痛みを肋骨のあたりに覚え、いつきもまた、たたらを踏む。外傷性の痛みでは、ない。

 ぐらりと傾いた身体で踏みとどまるも、肺のあたりが続けてずきずきと痛む。

 

「さすがは聖騎士。あの雑魚や、ここに転がってる紅騎士よりよほど抵抗力があると見える」

 

 それだけ、鍛え方が違うということか。

 感心したように、しかし確信をしたように言って、敵は一歩を踏み出す。

 

「だがこれで、形勢逆転だ。手負いで、相棒を失って。これまでどおりにセーブした力でやりあえると思うな──せいぜい全力で来ることだ」

 

 身を引き裂かんばかりの苦痛に震え倒れた、久遠の赤ケープの背中を踏みつけながら。

 

「見せてみろ、聖騎士の力のほどを」

 

 それまでにない疾さの斬撃の雨が、いつきへと襲い掛かっていった。

 

 

      (つづく)







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