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第三十八話 聖騎士と、世界の眷属の戦い 1

※今回は若干ダメージ描写の強い箇所がございます。バトルものですので程度の差はあるとは思いますが、苦手な方はご注意ください。

  

 

          第三十八話 聖騎士と、世界の眷属の戦い 1

 

 

 つまらなそうに、腰かけた塀の上で足をぶらぶらと揺らしながら。ハートはそれを見つめている。

 その、戦いを。

 否。その一方的な、甚振り、傷つけ、痛めつけ。蹂躙をしていく、虐待行為を。

 世界それ自体の眷属から、未熟なる騎士へと振るわれる、その残酷なまでの有様をただ、彼女は眺めている。

 自らは、手を下すことなく。

 翡翠の色の衣を引き裂かれ、全身を打ち据えられ、砕かれて。

 血と汗と、涙とを撒き散らして、ひとりの少女がアスファルトの地面を転がるさまを、ただ見ているのだ。

 

「……、が……っ、……」

 

 鞭のようにしなった、長身の女眷属の銀髪が、律花の頬を打ち据える。

 既に眼鏡はレンズを砕かれ、フレームまでへし折れて、大地に投げうたれ。彼女の顔の一部にない。

 されるがまま彼女は膝を折り、転がって──倒れ伏すそこから震える両腕で、ずたずたの身体を立ち上がらせんと試みるばかりになっていた。

 長身の、女眷属の髪が伸びて。それは伸縮を自在とし、その硬度すら多彩に変化をさせて、それ自体が武器となる──その強固さは初撃において律花の肋骨を砕き、脳を揺らし。彼女の発揮しうる儚い魔力を纏った程度の堅固さしか持たぬ一対の双鉄扇を容易く粉々に破壊していった──そんな凶器そのものたる銀髪が、律花の軋む身体に巻きつき、持ち上げていく。

 両腕を、両脚を。首を、締め上げながら。空中磔刑へと化していく。

 もはや虫の息の律花はもがくことも、かなわない。

 ひゅうひゅうと、掠れた呼吸を、血に塗れた唇から申し訳程度に喘ぎ吐き出すばかり。

 最初から勝ち目などないとわかっていた──こうして一方的となることも。

 わかっていた。けれど、彼女はそれでも立ち向かった。意志だけは、持ち続けていた。

 

「愚かだな。ただ消滅を受け容れれば、楽に、なにも感じることなく消え失せられただろうに」

 

 そして、その双眸に眷属は眼力を込める。なにかの発動スイッチをオンにするかのように。

 

「ウチは、歯向かった者にはしっかりと仕置きをしなくては納まらん性質でな」

「!? ……あ、ああああぁぁっ!?」

 

 直後、耳をつんざくほどの悲鳴が。張り裂けんばかりに広げられた律花の喉の奥から天高く、吠え響き上がった。

 がくがくと全身を揺らし、眼を見開いて。血と、汗と。叫びをあげ続ける唇から吸えぬ涎を、撒き散らしながら。律花は苛まれていく。

 

「お前たち騎士は、魔力を行使し、魔力自体をを変化させる。だが我々世界そのもの、眷属の扱う力は違う」

 

 熱い。全身が──血管のすべてが燃え盛るほどの熱量でも帯びているかのように熱く、そして──痛い!

 全身を、血が脈打つたび。

 命の力たる魔力が循環をするたびに。

 その経路となった血管が、魔力の通り道が。細胞のひとつひとつに、痛覚神経すべてに激痛を駆け巡らせ、貫き届かせる。

 

「ひ、いいいいいいぃぃっ! あ、がああああああ、ぐうううっ!!」

 

 脳が、血管が。痛みを司る神経という神経が、焼ききれてしまいそうだった。

 責め苦は終わることなく律花の全身を焼き焦がしていく。

 

「ああっ、ああっ、ああっ、ああああああぁぁっ!!」

 

 無惨に痙攣を繰り返し、逃げ場のない激痛に翻弄され続ける。

 死ぬ。このままじゃ、死んでしまう。なにもできないまま。騎士たるにふさわしい身にも、届かぬままに──。

 

「我々、世界の眷属は魔力に作用するかたちで、それを操る。ゆえに貴様は苦痛から逃れられん。魔力のある場所。通り道。そして痕跡──そのすべてが痛みと直結するよう、魔力ではなく、貴様を書き換えた」

 

 そうら、痛みはまだ強まるぞ。これで、倍だ。

 

「ぐ、ぎ、……、ぎぃ、あ、がああああああぁぁっ! ぎ、ひいいいぃぃぃっ! ひっ、……あっ、……あ、……あっ、か、……ぁ──」

 

 ぱく、ぱく、と。悲鳴すら掠れ消え失せた唇を力なく幾度か動かして、やがて律花は沈黙をした。

 涙溢れる双眸にもはや光はなく。

 涙とも、汗とも、血とも異なるあたたかい体液がその股間から太腿を伝い、失神した彼女の足許へ、静かに流れ落ちていく。

 

「やはりこんなものか」

「どおー? フィルシー? リッカちゃん、死んだー?」

「ウチを侮るな。これは力なき身で歯向かってきたことへの罰を与えただけだ。勢いあまって殺してしまうほど雑ではない」

 

 銀髪を振って、意識途絶えた律花をフィルシーは、長身の眷属は投げ捨てる。

 紙屑でも丸めて投げ遣るように、それをまさしく人とも思ってないがごとく無造作に、だ。

 

「殺しては餌にならん。じきに、本命がくる」

 

 そして律花もまた、もはや人間らしい動作などとることも、反応すら見せることもなく。

 ただ地面に打ち捨てられ、顔面から大地に転がりゆく。なすすべのなさすぎる、あまりにも完璧な──完全敗北の姿が、そこにあって。

 その周囲を青白い癒しの輝きが取り巻いたのは無論、彼女自身の力によるものではなかった。

 

「お」

 

 ハートが気付いたように、顔を上げる。

 戦っていた張本人は既にわかっている。次の標的が、三人が三人とも揃って、この戦場に姿を現したこと。

 

「──椿さんは、律花の治療。そして護衛を。久遠はわたしとともにあの長身の敵を討ちます」

 

 その先頭に立つ者の格の違いを察したから、ハートは思わず快哉を上げるように、口笛を吹いた。

 

「敵はかなりの力です。椿さんは自分と律花の身を護ることを最優先に。危険と判断したらすぐに離脱を。久遠も、けっしてひとりで突っ込まないこと。連携を第一に、それを忘れないで」

 

 白き、騎士の姿があった。それが聖騎士と呼ばれる存在であることが、敵手たちから見ても明瞭すぎるほどに、明らかであったのだ。


                  *   *   *

 

「聖騎士、か」

 

 そして。神速の踏み込みのもと、いつきは既に、世界の眷属たる長身の女性の眼前に、迫っていた。

 

「人間を、舐めないで」

 

 周囲から迎撃に迫る、夥しいまでの銀髪。律花では武器によって打ち合うことすらかなわなかった白銀の凶器を前に、いつきはなにひとつ臆することなく、敵手が数瞬前、そうしたように無造作に、己が得物を振るう。

 

「光輝、一刀流。──『流刑円』」

 

 円の軌道で滑らかに動いた刃は、正しく毛髪に対するそれとして機能をし、切り刻んでいく。

 ただの一本たりとて、いつきの身体に届く刃髪は存在し得なかった。

 

「──久遠」

 

 そうして、敵手の背後に回り込んだ愛弟子に、いつきは的確な指示を与える。

 目線で告げるそれは、ぎりぎりまで炎を灯すな、ということ。

 わかってるよ、先生。内心頷きながら、久遠は己が刃を放つ。

 

「は、ああああぁぁっ!」

 

 横薙ぎに放たれた斬撃を、直撃の瞬間に炎を纏ったその一撃を、銀髪巻きつけたブーツの脛で受け、眷属はそれを防ぎきる。

 久遠の膂力に押し込まれ、長身の彼女は大きく後ずさる。

 

「ちいっ! ……硬いったらないっ!」

 

 紅の騎士は、師の隣に並び立ちながら吐き捨てた。

 必殺の一撃だと思えた。だが相手の反応は想定以上に早く。……これは自分が甘かったのだろう。なにしろ相手は世界そのものが遣した敵なのだから。

 あの髪の毛も、なんて硬さだ。地面に転がる、無惨なまでに破壊された律花の武器を見遣る──彼女の装備がああなるのも、頷ける。

 久遠の剣も、刃こぼれこそはしなかったけれど。打ち据えた両腕が未だ、びりびりと痺れている。

 

「慌てないで。相手はとっさにであってもガードをした──つまり防御の整っていない状況で叩き込むことが出来れば、あちらに対しても有効打たりえるということ。わたしたちふたりだけでも十分、やりあえるということよ」

 

 自信、持ちなさい。師弟は並び、それぞれの剣を構える。

 

「──今のところは、でしょ」

「ええ、そうね。そうやって油断をしない、常に気を引き締めるというのも大事なことよ」

 

 世界そのものが操る敵というのが、この程度のわけがないということも、ふたりは重々理解をしていた。

 あわよくば、ここで討つ。不可能ならば撤退に追い込む。

 律花を助け、奴らを退かせることができれば、ここはいい。

 

「行くよ、先生」

「ええ」

 

 師弟騎士は、銀髪の悪魔へと力をあわせ立ち向かっていく──。

 

 

        (つづく)

第三十八話でした。今後バトルシーンがけっこう激しい描写のケースがあるかもしれません。

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