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第三十七話 眷属との遭遇 2

  

 

          第三十七話 眷属との遭遇 2

 

 

「いやぁ、すごかったねぇー。なにもかも、ぜーんぶ真っ白に光ったと思ったら、みんな寝ちゃったしー」

 

 そのサイドテールの少女は天真爛漫に、という四字熟語による表現が最もふさわしいと思える笑顔で朗らかに、そんな華やいだ声を発して前を歩く。

 正直、どう切り出せばいいかを迷っていた。

 今の、世界。すべてが眠ってしまったこの状況。そして自分たちのこと。騎士でないにもかかわらず目覚め、生きて、動いている。彼女のこと──。

 ハートと名乗った少女は人懐っこく、物怖じをしない明るさがあったけれど、それでもどのように問い、どのように伝えるべきかを年下と思しき彼女に対して迷わぬ律花ではなかった。

 だというのに。あちらからとくになにも気にするそぶりもなく、今の世界に満ちる異変について話を振ってきた。

 果たして状況を理解しているのかいないのか──すべてを楽しんで、満喫しているかのようにすら、その声の調子と、ぴょこぴょこ動き回るその歩みからは思えるほどだった。

 

「ハートちゃん、あのさ」

「ねーねー、リッカちゃん」

 

 そしてどうにも、機先を制される。会話の主導権を握られている実感が、ある。

 今回も、そう。発しかけた真剣な話題を、あどけなく振り返った少女のきらきらとした表情に押し留められてしまう。

 

「そーいえば、リッカちゃんはなんで元気なのー? ハート、こっちにきてはじめて、生きて動いてるニンゲン、見たんだけどー?」

 

 間延びする語尾とともに首を傾げてみせる、ロングTシャツの少女。

 それはこっちの訊きたいことでもあるんだけどな、と思いつつ、苦笑気味に律花は足を止める。どう説明するのが、この幼さの残る少女にはわかりやすいだろうかと、言葉を探す。

 

「そう──だね。ちょっと私や、私の友だちは特殊だから」

「特殊ー?」

 

 友だちが、護ってくれた。そして力を与えてくれた。だからこうして、今。私はここにいる。こうして、ハートちゃんと出会って、言葉を交わしている。

 

「その中でもきっと私は一番、弱い。……弱いんだ」

 

 自分に与えられた力を使いこなすことも。それを用いて戦うべきかどうかを決めることさえできずにいる。そのくらい、弱い。

 出会ったばかりの女の子に見せるような姿や仕草じゃない。いきなり、彼女に向かって吐き出すような類の弱音じゃあない。でも気付けば、律花はそう、言葉を漏らしていて。

 目をぱちくりさせたハートちゃんは、そんな律花をしげしげと眺めている。

 

「ふーん、なるほどー。……ねえねえ、リッカちゃんー?」

「うん?」

 

 そして、前方を行き、幾ばくかの距離を離れていた彼女は律花を上目遣いに覗き込むようにしながら、ゆっくりとこちらにやってくる。

 やがて開いた口から、律花を困惑させるに足る、十分すぎる言葉を紡いでいく。

 

「リッカちゃんって、騎士なのー?」

「え」

 

 その、直後である。

 

「──ハート。ここにいたか」

 

 彼女が迫るに従って、立ち止まったそこで伸びていった律花の背筋が、なにか巨岩のごとくどっしりとしたものに、こつんとぶつかったのは。

 そこから発せられた怜悧にすぎる声を、律花の鼓膜はたしかに耳にした。

 なんで騎士のことを、なんて。ハートちゃんへと問い返す暇すらなく。

 

「とっとと殺せ。こいつは騎士だ」

 

 明確すぎる殺意のこもった言葉を、生まれて初めて、これ以上にないほどに至近の距離において、ぶつけられたのである。


                  *   *   *

 

 久遠の腰に回された両腕が、離してなるものかとばかりにがっちりと組まれてそこで固定されているのは、きっと少女が自分自身、車上の人、とくに自転車に跨る立場になるということに慣れていないが故の、不安やおそるおそるといった感情によるものが大きいのだろう。

 荷台にも、跨るのではなく、左サイドに両脚を垂らして、腰を下ろすようにして座っているから、ぶっちゃけ重心が傾いて久遠としては漕ぎづらかったりもする。

 長身の、転校生の。──かつて師であった少女の、ぺったんこな胸が久遠の背中に当たっている。

 うん。……ないなー、しかし。胸。

 言ったらたぶん、どちらのつっこみにしろ停車と同時に後ろから頭を叩かれる気がするから、言わないけれど。

 

「──律花の力が、風じゃない?」

 

 そんな思考をおくびにも出さずに、背中の向こうから発せられたいつきの言葉を、そっくりそのまま久遠は鸚鵡返しにする。

 いったいなにを言い出すの、先生。それ、前提がもう狂っちゃうんじゃないの。素朴に、そう思いつつ。師の発する次の言葉を待つ。

 

「風使いの騎士には、よくあることなんだ」

 

 自転車が走りゆく、その両脇をまさに風が抜けていく。

 長い黒髪をそれにたなびかせ、吹き付ける向かい風に目を細めて眇めながら、いつきは続ける。

 

「風は光と同じで、本来目に見えないもの。そこになにかが見えているとき、既にあるのが光であるように──既にあるものの中を吹き抜けていくのが風」

 

 それは掴みにくくて。やはり扱いにくい部類の、魔力のかたちのはず。

 

「同期や、知人の風使いがぼやいていたわ。風は気まぐれで、捉えどころがないから。我が魔力ながら厄介だ、って」

「──じゃ、初心者の律花がまだ使いこなしきれてないだけなんじゃないの?」

 

 っていうか、それだけのことなんじゃないの。

 素朴な感想を久遠は呟く。

 その可能性はもちろんある、そう師は言葉を返して。

 

「だけど、こうも言っていたの。──『風の魔力は往々にして、風そのものじゃなく。その旋風の内側に潜むものへと真のちからを隠している』って。もしかしたら、彼女はまだ知らないのかもしれない。自分の魔力のかたちが、風にあるのではなく。風の運ぶなにかにあるんだってことを」

 

 風、そのものではなく。

 その風に宿ったなにか。風の魔力に作用して生まれるものが、律花に発現したちからの正体だとしたら。

 

「律花が──もしもそれに、気付けたなら」

 彼女の不安はもしかしたら、解消されるのかもしれない。


                  *   *   *

 

「だ、だれっ」

「やほー、フィルシィ」

 

 不意に現れたその影に、律花は慌て振り返る。

 ──でかい。その感想が真っ先に頭に浮かぶほど。

 ハートちゃんによって「フィルシィ」と名を呼ばれたその長身は、椿さんより、そしていつきちゃんより。さらにもっと高い。

 ハートちゃんと同じ色彩をした銀髪。同じ色の瞳。それらが与える印象はまるで、ふたりは姉妹のようだった。

 

「お前らのこの世界をこんなにした存在の、つくった連中。要するにお前らの敵」

 

 冷めた目も、表情も一切変えぬまま。膝裏ほどまでもある長い銀髪の、その長身の美女はこともなげに言った。

 

「まあ、お前らがウチらの敵になりえるかどうかは知ったことではないが。お前らは消す対象なのは間違いないな」

 

 そこには、何の感情も載せられていない双眸が律花を見下ろしている。

 身に纏う威圧感が、告げている。

 この人は──この女性は、強い。

 私なんかよりもずっと。はるかに。比べるのさえおこがましい。半端ものの私などではお話にもならない──。

 

「えー。なに。リッカちゃん、やっぱし騎士なのー? 消さなきゃダメー?」

 

 これほどに圧迫をしてくる、その力強さを纏っていながら。こんなに近付かれるまで気付けなかったのは、それほどに律花との実力差が、差ではなく次元の違いと化していたからである。そして同時に──同等の。同質の力のすぐそばに、律花が接していた。語らっていたから、という部分もあろう。

 すなわち、ハートちゃんも。彼女もまた、

 

「……『ディ=クス』の、眷属……」

「そだよー。でもそれはいーからー、リッカちゃんはほんとに騎士なのー? ぜんぜん力、感じないよー」

 

 そうだ。

 彼女たちから見た私は。きっと戦いを繰り広げるに値するような力の持ち主なんかじゃない。

 無邪気な、そして残酷なハートの言葉は、無慈悲に律花の心を穿ち貫いて。

 そして悟らせる。再度、突き付ける。

 

「騎士なら消しちゃうよー。どうなのー?」

 

 自分の弱さを。

 この場において騎士だと抗弁したところで、きっと彼女たちは「そうか」のひと言で瞬時、律花を消滅せしむることすら可能なのだろう。

 私は、魔力があるだけ。

 騎士なんてものとは、程遠い。立ち向かいようが、ない。こんな私が騎士などとは到底呼べない──……。

 

「……騎士じゃ、ない。私はただ、力を与えられただけ」

 

 でも。だからといってそれをすんなりと受け容れて。この場をやり過ごさんと、騎士であることを否定することは、律花の選択肢にはなかった。

 

「そう。『今は』まだ、騎士じゃない。到底、届かない」

 

 律花を迷わせていたのはただ純粋に、友人たちの足手まといとなる自分を許せなかったから。そこなのだから。

 自分の身がかわいくて。あるいは諦めたくて、そうしていたんじゃない。

 

「きっと、強くなる。あなたたちを、倒す」

 

 たとえ気の遠くなるような、力の次元の違いがあったとしても。

 それに折れてしまうために迷ったんじゃ、ない。

 

「──そのために私は、騎士になる」

 

 たとえ一対一でも到底勝ち目のない相手、ふたりに向かいそう言って、律花は宣言をする。

 いつ訪れたっておかしくはない、この場での自らの死を、半ば以上に覚悟をしながら。

 それでも律花は、折れなかった。

 

 

     (つづく)


第三十七話、お待たせしました。

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