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第三十四話 決意の先には?

 

 

          第三十四話 決意の先には?



 朝。それは明け方近い、早い時間であった。

 焔小路神社、その境内にて。

 立ち塞がる高い壁に挑み、立ち向かう少女たちの姿がある。


「た、あああああっ!!」


 交差をさせた双子剣を、紅の騎士は振り下ろす。

 渾身の一撃はしかし、白亜の騎士が鞘より抜き放った刃が拮抗し、防ぎきる。

 いつきの頬を、不意に風が撫でていく。

 螺旋状に渦を巻く、風圧の刃──鎌鼬を纏った、双鉄扇が迫る。

 それらを振り下ろさんと躍りかかる、律花の姿が背後にあった。


「──見え見えすぎるっ! ──風をもっと細やかに制御しなさい、律花ッ!」


 風は気まぐれだ。だからこそ術者はより繊細に、的確にそれをコントロールせねばならない。

 経験豊富な騎士として、前世において数え切れぬほどに風使いの騎士を見てきたいつきだからこその叱咤である。

 その声とともに、久遠の刃を振り払う。

 迫る律花へは、その勢いのままに柄の先端を鳩尾へと浴びせて。斬撃を振り切ることをゆるさない。


「が……っ!」


 呼吸を潰され、押し込まれた肺腑から苦悶と酸素とを急速に吐き出しながら、律花は撃墜される。

 気持ちはわかる。

 こちらの防御が強固であり、単純な一撃のみではそれを抜き難い──そう判断しての、風の魔力を載せた一撃だったのだろう。

 しかし今、彼女はいつきの背後をとっていたのだ。

 そのアドバンテージを生かすためにも、この瞬間は威力以上に、確実に一撃を浴びせることを狙うべきだった。


「さあ! もっと、もっとよ! ふたりがかりで、一撃くらい入れてみなさい! 久遠も、律花も!」


 いつきを挟み、後ずさるふたり。その眼光はまだ、敗色に諦めてはいなくって。


「当たり前っ! いくよ、律花!」

「……わかってる! いつきちゃんに、勝つ!」


 同時、いつきにはわかってもいた。

 その立ち向かう意志が、「今の自分には届かない」という少女の諦めに根差しているものであるということも。

 久遠のものに比べ、眼鏡をかけた友人の動きがどこかぎこちないのはきっと、そのためだ。

 いつきには、わかる。彼女が未だ迷いながら、それでも自分たちと足並みをそろえようとしているということ。

 彼女の中にまだ、結論が固まっていない。そのことがわかる。

 いいよ、律花。そう言ってやるべきなのだろうか。

 それとも──。

 迷いを抱いているのはいつきとて同じだった。しかし実力が、違った。

 だから挑む少女は、受けるいつきに未だ、敵いはしない。


                  *   *   *


「律花のこと?」


 二対一での、模擬戦。その鍛錬のあと。

 一度、自身の家に戻るという律花を、椿さんとふたり送り出して。久遠といつきは入浴に汗を流していた。

 シャワーのコックを捻って止めたかつての愛弟子へと。湯船の中からいつきは問うてみる。

 律花はあれから、なにか言っていたか。これからどうするか。どうすべきと思っているか──親友である久遠ならば、あるいはなにか彼女から聞いているかもしれないと思ったのだ。

 一糸まとわぬ教え子は、前髪を押しやって、額を流れ落ちてくるお湯の水滴を拭いつつ首を傾げる。


「ああやって鍛錬に臨んでくれるってことは、要するに一緒に戦ってくれるってことだと思ってたけど」

「表面的にはね。それに自分がどこまでやれるかわからなくて、決めかねているだけかもしれない。だからひとまず身体を動かしてみる──そういうことだって、あるよ」


 なるほど。そういうもんか。納得したのかいないのか、曖昧に頷きつつ、木製の浴室椅子から久遠は立ちあがる。


「──最短で、ひと月かふた月。それが先生の、タイムリミットの見立てだっけ」

「ええ」


 結論としてそう出さざるを得なかった。

 この世界は条件が、整いすぎている。

 かつてヴォルたちが生きた世界より遥かに、この世界は成立よりの時間は長く。

 魔力も殆ど消費されることなく。

 世界そのものが成熟しきっている。

 生まれてからの年月において、世界そのものが年若かった前世とは違い。かつて『ディ=クス』がそうしたような悠長な時間は与えてもらえないだろう──それゆえの、見立てであった。

 ──そしてそれがほぼ、正確であったことをこの段階においては彼女たちは、知らない。

 

「実際、どうなの? 私はある意味、土台の上に積み上げてく作業になるけど。律花たちはどうすべきだと、先生は思うの?」

 

 逆に問いを、久遠は向ける。

 ちゃぷり、と爪先から湯船に足を沈めていきながら。真正面に互い、顔と顔を向けあう。

 

「……正直、戦力は欲しいよ。この状況だもの、ひとりでも多く」

 

 ひどく一般論じみた言い方しかできない自分を、いつきは自覚した。けれど同時、

 

「律花がその域に、今の久遠を超えるくらいにたどり着けないとも、思ってない」

「へえ。私より?」

「久遠だって、今のままじゃいないでしょう?」

「そりゃあね。ひと月もありゃ、もっともっと強くなるよ」

 

 信頼もある。

 愛弟子にも。その親友にも。

 

「幸い、この世界には以前生きた世界より遥かに、魔力そのものは質高くて、高密度に満ち満ちている。古来からほぼ消費されてこなかったぶん、たっぷりと。だから『ディ=クス』の動きも早いでしょうけど──こちらもそのぶん、高い効率で鍛錬に結果がついてくる」

 

 短期間でも、優れた腕前の騎士を育てられると思う。

 律花や椿さんのように自分から、資質に目覚めてくれた素材ならばなおさらだ。

 

「ただし。そのために必要な鍛錬の質や量が、昔クオンに課したもの以上になるのは間違いないけれど」

「……げ。マジ?」

 

 あれ以上なの。湯気の立ち昇っていく天井を見上げて、大袈裟に舌を出してげんなりしてみせる久遠。

 優秀な騎士となるために、育てるために。彼女といつきはかつての生において、クオンが幼かった頃から激しい鍛錬を厭わなかった。

 一体何度、クオンは全身の筋肉をがちがちにしきって疲労困憊し、翌朝に動けなくなったろう。

 何度、なにも中身の残っていない胃をひっくり返して、吐いたろう。

 その激しさに何度気を失い、ヴォルの腕に抱かれてふたりの暮らす丸太小屋に戻る羽目になっただろうか──。

 厳しくも優しい、という言葉がある。そう。第一義にはまず、「厳しい」ところからそういう指導ははじまるのである。

 ヴォルがクオンに課し、クオンが常に挑み続けた鍛錬とはそういうものだった。

 律花たちを鍛え上げるためには、そんな過酷なもの以上が求められる。ずぶの素人の状態からこの短期間で、いっぱしの騎士につくりあげようというのだから──どう考えたって、避けては通れない道だった。

 

「果たして律花たちにそれを課していいものなのか。ふたりともあくまで、今まで一般人で。急にそれほどのことをやって耐えきれるのか──耐えろと言ってしまっていいのか。わからないの」

 

 戦力をわたしと久遠のふたりに絞って、極限まで鍛えることに専念すべきなのかもしれない。ふたりで四人分、強くなればいい。

 

「うーん、と。それはどうかなぁ」

「え」

「昨日の私とおんなじで、律花のやつも椿さんも、それはやだって言うと思う」

 

 確証はないけど。そう、思うんだ。久遠は続ける。

 

「あ。別に先生の超ハード鍛錬に道連れが欲しくて言ってるんじゃないよ。実際、またアレやんのかよー、ってくらい過酷なのはわかってるけども」

 

 律花も、椿さんも。千聖よりずっと付き合いの長い私だよ。

 その私が、思うんだよ。

 

「ふたりとも、意志を決めたら。その先に待っている状況から逃げ出すようなやつじゃないよ。途中で投げ出したりしない。それは間違いないと思う」

「久遠……」

「今はまだ、身の振り方が決まってないだけ。決まったら、そこから先は心配ないよ、きっと」

 

 ね。お湯の上に久遠が右手の掌を差し出す。

 ぱしゃり、と音をさせて、いつきも掌を持ち上げて。そこに重ねて、指と指とを絡めあう。

 

「久遠」

 

 笑顔の久遠が頷いた。大丈夫、ふたりぼっちじゃないよ。久遠の表情がそう言っていた。

 

「──ところでさ、先生。ううん、いつきちゃん」

「? なあに?」

 

 昨日から呼んでもらえるようになった下の名が、こそばゆい。

 彼女の声が名を呼んでくれる──それが気持ちをあたたかくしてくれる。

 のも、つかの間。

 

「いつきちゃんって、胸ないね」

「──はい?」

 

 久遠の表情は、意地悪な笑みに変わっていた。

 いつき自身よりもずっと背の低くて、──ずっと大きな胸の、その教え子は。

 

「身長はヴォル先生なみだけど。胸はなんなら、男だった──ヴォル先生だった頃より薄いんじゃない?」

「な」

 

 ──勝った。先生に、胸だけなら。

 いつきのそれよりずっと大きな胸を、久遠は張って勝ち誇る。

 彼女はといえば、なかなかに立派なものをお持ちだった。

 

「な、ななな」

 

 ──なんで、今そんなこと言うのよ──……。

 なだらかな胸の持ち主は、真っ赤に赤面して。思わず体が動いていた。

 いつきの跳ね上げたお湯の水飛沫が直後、久遠の顔面を直撃したことは言うまでもない。

 長身に反比例するようにして残念ながら、いつきの双丘は残念ながら久遠の言うとおりに──同年代の少女の平均的なそれに比して、ふくよかさや豊かさといった形容に飾られる割合が非常に乏しいものであったのは、事実であったから。

 

 

           (つづく)

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