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第三十三話 レベルアップに残された時間 2

 

 

          第三十三話 レベルアップに残された時間 2

 

 

 巫女装束の、紅い袴姿に着替えて、境内に出ていた。

 先ほど、買い出しから戻ってきた不破さんを──椿さんと一緒の彼女を、久遠は直視できなかった。

 なんと言えばいい。なにを、言う資格がある。

 きっと私は、先生を幻滅させた。失望させてしまった。

 こんな不出来な教え子が、どれほど大きな口を叩いてきたというのか。

 

「相変わらずなのね、クオン。──久遠」

 

 振り返れば、対照的な白と黒の道着姿の、不破さんがいた。

 

「せんっ……──不破さん」

 

 先生、と呼ぼうとして、彼女をそう呼べずに口ごもる自分を、久遠は意識せずにはおれなかった。

 今の自分は、彼女を──前世の師父を、そう呼ぶ資格があるだろうか。

 ないのかもしれない。そんな思いが根底にあることを、久遠は自分自身、理解している。

 

「なあに、あなたらしくもない。……それが、巫女さんの服なんだ。よく、似合ってるよ」

 

 神社の娘だからといって実のところ、家にいるからずっとこの衣装を身につけておかねばならないなどという法律はない。

 あくまで現代の、一般家庭。とくに理由が──例えば神社の神事であるとか、境内に立って巫女さんとしてのお仕事をするとかでもないかぎり、別に自分から着るということもそうそうないものだ。

 だから──一応。理由は、ある。

 とても自分本位で、かつ器の小さな理由だけれど。

 騎士として不適格な自分にとっての拠り所が今は、この家。この世界だから。自分のアイデンティティを求めた──ただ、それだけのことだった。

 

「さっきも言ったけど。変わらないね、久遠」

 

 そうやって落ち込んでいる。自分自身に愕然として沈んでいるときって、ほんとうにわかりやすい。

 かつて師父であった少女は久遠を見遣ると、蔑むでもなく、失笑するでもなく。ただ過去を懐かしむように──同時になにかを眩しく見ているかのように、笑い、言う。

 

「ずっとずっと小さな頃から、お前はそうだった」

 

 いつしか師よりのものとなった、その言葉を。

 幼い頃から、精一杯、いやそれ以上に、お前はわたしの期待や求めるものに応えようと躍起だった。あわよくばもっと、更にひと足先を行って、尊敬を勝ち得たいと願っているかのようにさえ──事実、そうだったのかもしれない。

 

「そんなクオンが、俺は。わたしは微笑ましかった。いつかきっとその望んだとおりに、きっと師を超えて優れた騎士へと成長してくれるのだと。楽しみで、仕方がなかった」

 

 けれど今は、そんな師の言葉が心に、刺さる。

 過去を懐かしみ、そこに期待を感じてくれていた師を自分は裏切ってしまった。

 きっと今は彼女は、失望している。

 生まれ変わってなお彼女に遥かに届かない、久遠に。

 

「そうして、なにより。自分がわたしの期待に背いたと感じたときこそ、一番自分自身にあなたは傷ついていた」

 

 自分自身へと失望をしていた──そうして泣いていた。そんな、少女だった。

 

「今も同じだね、久遠」

 

 不破さんの歩みが、玉砂利を踏みしめる。

 

「そして、きっとそれでもあなたは折れない」

「──あ……っ」

 

 その腕に、久遠は抱きしめられている。

 長身の不破さんの、長く大きな腕の中に。

 かつて、師弟であった頃。クオンをヴォル先生がそうしてくれたように。

 泣きそうな自分を、こうして抱いて、後ろ髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。そんなかつてとまったく同じことを、彼女は今転生者としてやってくれている。

 

「大丈夫、だよ。──久遠には強くなってほしい。でもまだまだわたしだって、久遠のずっと先を行かなくてはいけない立場にあるのだから」

 

 でなければ、戦えないよ。世界そのものとなんて。

 

「最悪ひとりで戦わなきゃなんて、覚悟できない」

「──え」

「矛盾、してるんだ。わたしは」

 

 似合ってるよ、巫女さんの姿。

 できることなら、その姿のまま、騎士になんて戻らずに。巻き込まれただけのただの女子高生として過ごしてほしいとも、思っているんだ。

 久遠が戦わなきゃいけない状況なんて、あってはほしくないと思っている。

 今はわたしが力を、取り戻したんだから。

 

「だから、思いつめないで。久遠はきっともっと、強くなれる。だけれど、転生してまで積極的に戦いを求めなくていい」

 

 それは聖騎士の、わたしの役目だから。久遠をその腕の中に抱いて、不破さんは言う。

 

「抹消者としての使命をツィールから託されたわたしが、最終的には負うべき責任だから」

 

 だから──だから。

 

「この命に代えても、久遠とこの世界を消させやしないから」


                  *   *   *


 矛盾してる、か。──うん、そうだね。してるね、矛盾。

 

「先生くらい強くならなきゃいけないって、言ってたじゃん。先生自身が」

 

 腕の中、ぽつり、ぽつりと久遠は語り始める。

 先生の嘘つき。そう発せられた声が、いつきの中のうしろめたさを刺激して、増幅をする。

 

「やだよ、私。先生に──ううん。不破さん。いつきに全部押しつけて、のほほんと後ろから見てるなんて。そしてそのまま消えちゃうかもしれないなんて、絶対にいやだ」

 

 その口ぶりは、はっきりとしていて。迷いなく、言葉を紡いでいく。

 

「私が、クオンじゃないから。久遠だから? ──だったらいつきだって、ヴォル先生じゃないよ。たまたま前世が、ヴォル先生だっただけ」

 

 そんな、偶然の産物になにもかもを任せて自分が楽するなんて、ありえない。

 

「いつきがやるなら、私もやる。弱いからダメだっていうなら、ダメじゃなくなるまで強くなる」

 

 巫女装束の少女が、腕の中から離れていく。

 

「久遠」

「ダメな私のままじゃいない。だから私も連れて行って」

 

 そのために、教えて。──少女の言葉と、視線に宿った覇気にはほんの数瞬前までのゆらぎも、弱々しさも既にない。

 

「今のいつきに追いつく最低ラインじゃない。いつきと一緒に勝つために、いつきを護るために。私はどのくらい強くなればいいの」

 

 その問いは、明確な彼女の意志とともに吐き出される。

 

「強くなりたい。強くなるよ、私だって」


                  *   *   *


 以前の世界では、その味を熟成させるまでに時間をかけすぎた。

 

「ボクはお腹が空いているんだ」

 

 幸いにしてこの世界はすでにほどよい程度には、熟れきっている。

 

「とりあえず不純物を取り除きつつ。もう少し置けば食べられるだろう」

 

 かつての世界は若すぎた。形成されてから数万年。作り変えてからも、同じくらいの時間がかかってしまった。

 

「なにしろ四十六億年。濃厚な味を蓄えた世界だろうさ」

 

 世界を喰らう世界。『ディ=クス』にとって、寄生した世界を作り変えるとは、調理に等しい。素材がよくなくては、はじまらない。

 そのために時間をかけすぎて──以前は虫けらたちの繁栄を許してしまった。

 反逆を企て、『ディ=クス』のことを嗅ぎまわる連中を跋扈させた。

 身の程を知らない連中は、不快だ。せっかくの熟れた世界に、不釣り合いに。

 

「まあ、今回はすぐに済む。虫を殺す程度の下処理は」

 

 あと数人。どうとでもなる。

 高い、建設途上であった高層ビルの構造材。その頂点に佇みながら、幼き容姿の世界は右手を振る。

 それはこの世界を破壊するための動作ではない。

 当たり前だ。これからこの世界は『ディ=クス』によって喰われるのだから。巡り合えたせっかくのご馳走をみすみす自ら、砕く者などない。

 ゆえにそれは、不純物たる生存者たちのみを、砕くための行為。

 四つの。四体の眷属を、彼は──世界は。獲物たる世界へと放った。

 

「べつに急がなくていいよ。なに、ひと月もあればこの世界を喰らう準備は整う」

 

 それまでに、虫潰しを完了すればいい。

 世界、『ディ=クス』にとって目の前にある事態とはこれからの食事に対する期待が大半を、九分九厘を占めるものであり。

 騎士たちのことなど、その前段階として軽く処理してしまえるという認識のものでしかなかった。

 世界と、人。

 その差は。歴然たる次元の違いは。

 久遠たちの目撃を経たうえでの実感以上に、厳然としてやはり、それほどまでに大きかったのである。

 

 

           (つづく)

作者多忙につき明日は帰宅時間不明瞭&作業時間がとれないためお休みをいただきます。

次回更新は7月30日、午前0時となります。ご了承ください。

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