第三十一話 聖騎士の力 2
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第三十一話 聖騎士の力 2
椿さんが。律花が。固唾を呑んで、見守っている。
その中をゆっくりと、久遠は歩み出す。
一歩一歩を前へ。かつての師であった、友の目前へと。
「不破さん」
「──久遠」
初手は、既に心の中に決めてあった。……無策で、ただがむしゃらに立ち向かってやりあえるほど、甘い相手じゃない。
一度だって、一本たりとて取ったことのない師を前に、どれほど備えたって備えすぎのはずがない。
ある距離に達したそこに、立ち止まる。
これ以上は、踏み込めない。ここから先は、身体が憶えている。
先生の領域。先生の、間合い──……。
「──!」
だからといって、安心しきってはいなかった。そのことが結果的に奏功した。
即座後ずさったその鼻先を。ほんの数ミリ以下の前髪を。師の刃が奔り、久遠の赤毛を散らしていった。
それまで抜かなかった刃を抜いた。その現実に律花が、椿さんが戦慄をしているのがわかる。きっとふたりにはその太刀筋さえ、まともに目視はできなかったはずだ。
それほどの神速。それほどに鋭く。最初の一撃は、放たれた。
「……十七年のブランクは、カンケーなさそうだね、先生」
斬撃の余波は、久遠の前髪を僅か持って行っただけでなく。その頬にひと筋の傷を刻む。
薄皮一枚の、ほんの血の滲む程度の傷だ。だけどそれでも、その程度で済んだことが師の手加減の産物であることを久遠は理解せずにはいられない。
「ええ。残念ながら、ね。……怖気づいた? 久遠」
「まさか」
強大な師だからこそ、越え甲斐がある。全力を今日こそ、出させてみせる。
背筋を流れる冷たい汗を感じながら、ごくりと唾を飲み込んで。深く深く、息を吸う。
落ち着け。今は私だって、正式な騎士なんだ。見習いだったあの頃とは違う。
この間あって、先生を──不破さんを。護ったのは、私だったじゃないか。
「運動音痴の転校生に、バスケ部のレギュラー張ってるやつが身体動かすことで負けてらんないでしょうが……っ!」
足許に輝くは、炎の魔法陣。久遠の周囲に、鬼火のように無数の炎が揺らぎ、浮かんでいく。
「──行け」
双剣を振ると同時、それらはいつきの、白騎士のもとめがけて撃ち放たれる。
瞬時、相手もまた行動をする。
躊躇なく右へ跳躍し、数発の着弾をかわして──河川敷の坂を駆け抜ける。
火弾たちはその速度に追いつけない。
だが、それでいい。あちらもわかっているだろうが、これは陽動。あくまで先手を打たせず、こちらから攻めていくための布石だから。
追いつかれぬよう動き回りながらもしかし、あちらはあちらで回避らしい回避の強引な動作はねじこんでいない。やはり久遠の意図など、お見通しということか。
「──封殺するッ!!」
そんな師に正面から相対しながら、彼女の動作に並走する。
「──やれるものなら」
自身の炎による援護のもと、久遠は白き騎士へと迫る。
それでも長身の少女の表情から余裕は崩れ去ることなく。微笑とともに、己が剣を構える。
「は、ああああああぁぁっ!」
そうして。最初のひと太刀が互い、交差をする。
* * *
炎熱を纏った刃を、師はその峰に腕を添えた刃で防ぎきる。
幾度交わしたか既にわからぬ、剣撃の打ち合いはともに、決定打を与え得ていなかった。
打ち据えた刃を振り払って、返す刀での回転斬撃。
回避か、防御か──一瞬の迷いが、久遠の反応を遅らせる。
左に跳び退いたときにはもう、ばっさりと袈裟懸けに、深紅のケープが切り裂かれ、ひらひらと宙に舞っていた。
「この──……!」
「口より、手を動かしなさい」
河原の芝生を抉りながら、ブーツの踵で強引にブレーキをかけ向き直る。そこには師の姿はもうなく。
しまった。──背後をとられる。咄嗟、自身の周囲に炎を呼ぶ。
輪を描く、炎の障壁。それによって無防備な位置からの攻撃を防がんと。
しかし、
「魔術を。魔力を有効に使えと教えたのは確かにわたし。だけど、あなたは炎に頼りすぎよ、久遠……!」
声とともに、閃光が炎を打ち払い、貫いていった。
灼熱のその輝きは、燃え盛る炎よりなお、熱く。久遠の脇腹を、その着衣もろともに焦がし、灼いていく。
「ぐあぁ……っ!」
四散する炎の向こう側に立つ、白騎士は剣を鞘に納め、久遠を冷徹な目に見据えていた。
自らが放ち、周囲を囲んだ炎が──久遠の視界を。細かな警戒を疎かとした。
「昔からそう。あなたは攻撃に重きを置きすぎる。きちんと自分を護りなさいと、何度言ったことか」
久遠を、六芒星の頂点のごとく配置された光の魔力球が取り囲んでいた。そのかたちが変化をし、平面の物体へと生まれ変わっていく。
光、操るべきもの。……鏡へと。
今度は脇腹だけじゃない。それらから同時に放たれた眩き閃光は文字通り光の速さで、久遠を逃すことなく、全身を灼いていく。
閃光の檻に、久遠は捕らわれた。
「う、あああぁぁぁっ!!」
騎士装束が焼け落ち、肌を焦がされ。苦悶の声をあげて、紅の騎士は己が双子剣を取り落とす。
炎より熱いその閃光を浴び、膝を折り、崩れ落ちていく。くの字に曲げた体を、辛うじて両腕が四つん這いで支え、どうにか顔を上げる。
鏡たちは久遠の脱力を確かめるとそれが合図であったかのように各々が砕け散り、それぞれの破片が微細な刃となり、重力に従い大地に落着することなく、流星雨の如く輝く光の散弾となって、久遠へと降り注ぐ。その全身を切り裂き、傷つけていく。
「あの水の使い魔との戦いでもそうだった。水圧のカッターにもあなたはただ耐えるだけ。闇雲に、捨て身の打開策をとる以外の選択肢を持たなかった。今、そうであるように」
まだだ。雑草の繁る中転がる、己の武具を握り、師のその姿を睨む。
こんなので、終われるか。まだこっちだって実力をすべて出し切れたわけじゃない。先生にだってまだなんにも、本気を出させていないのだから。
「立ちなさい、久遠。イチから叩き直してあげる。十七年停滞したあなたへの教えを、前に進めるのがわたしの使命。ヴォルのやり残した、仕事だから」
見習いでない。
自分が騎士だというのなら、立て。
告げる不破さんの姿に、おぼろげに、かつての師父の姿が重なる。
「……う、……お、おおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」
ふらり立ち上がった久遠は傷だらけのまま、吠える。
自身のすべてをぶつけるべく。頼りすぎだと言われようと、自身の炎を信じて。破れた黒手袋に握りしめた双子剣にかき集めた己が魔力を炎と変えて、纏わせ燃え上がらせる。
「──『火葬』──火力、全開ぃぃッ!!」
そして久遠は、駆けた。
十字に噴き上がる、自らの炎とともに。
それらを紡ぐ、双子剣を手に。最大の一撃を以て、敬愛する師にひと太刀を浴びせんと。実力を示さんと。
「──その技も、わたしが教えたもの。……破れないとでも、思っているの?」
だが、師は動じない。
彼女の前世における、同期の騎士が。
暗殺者となり久遠を打倒したそのときと同じように、冷静に。彼女へと、己が手を下す。
自身の力を信じているからこそ。どれほど痛めつけようとも、模擬戦ごときであれば傷一つなく救え、また癒せると確信しているからこその一撃を放つ。
「安心しなさい。峰打ちよ。──希望通り、手加減せずに打ち込んであげる」
それは居合。
鞘への納刀状態から一瞬にして撃ち放つ、抜刀の刃。
「永遠竜──『聖』」
その斬撃は放たれた瞬間すら、その初速において椿や律花に目で追うことかなわぬほどの神速であり。
直後、久遠の意識を刈り取り、その身を天高く舞い上げた。
ずたずたになったその姿を、まるでひとひらの花びらほどでしかないかのごとく、あっけなく。吹き飛ばしていった。
白騎士にとっては初歩の初歩にすぎぬ、当たり前の技にあって。それほどの威力であり、流麗さだった。
炎など、ひとたまりもない。かき消しながら。
受けた久遠に、受けた瞬間すら感じさせぬまま。
あとには無傷の白騎士が、残った。
「あなたにはせめて、このくらいのことはできてもらわなければならない」
戦うとは、そういうことよ。
いつきの言葉が、ぽつり木霊した。
舞い落ちてくる久遠の体を、その場から微動だにすることなく、彼女は抱き受け止めた。
それが、聖騎士と。
久遠たちの間に存在した、力の差であり、次元の違いだったのである。
(つづく)




