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第三十話 聖騎士の力 1

 

 

       第三十話 聖騎士の力 1

 

 

 三対一という数の差を頼りとして、そこに利を見出すことのできるような相手ではないのはわかっていた。

 かつて師が討滅をした、強大な竜の牙を砥ぎあげてつくられたという、その名を銘に持つ聖剣・永遠竜。腰の鞘に納められたその刃によって。いったいどれほどの敵が、その露と消えただろうか。

 

「くー嬢」

 

 その刀身を、目の前の白騎士はまだ抜き放ってすらいない。

 だというのに、この威圧感。相対する存在を射抜く、鋭いまでの眼光。

 かつてと異なるのは、それが長身であっても、華奢な少女の姿によって目の前にあるということだけ。

 

「──いつきちゃんと本気で、やりあったことは」

 

 我が師父、ヴォルの。聖騎士としての佇まいそのものが、そこにある。

 椿さんも、律花もその圧迫感を感じ取っている──冷汗が、頬を伝っていく。

 

「あるよ、何度も。少なくとも私は何回も──だって、先生と弟子だもん」

「そっか。じゃあ、一本とったことは」

 

 だからその確認に対する久遠の返事だって、椿さんはわざわざそれを聴くまでもなくわかっていたはずだった。けれどきっと、訊かずにはおれなかったのだろう。

 

「ないよ。あるわけない。……それどころか、本気を出させるに至ったことさえ」

 

 手加減をされずに模擬の組手を終えたことすら、ない。

 それほどに我が師・ヴォルは強く。聖騎士と呼ばれるとはこういうものだと、挑むたび、久遠に身を以て教えてくれた。

 

「どうしたの、三人とも。いつでもきていいのよ」

 

 果たして十数年の時を経て相対する強大なその師に、どれほど今の自分は太刀打ちできるのだろう。

 勝てるなどとは、思ってはいない。椿さんだってこの段になればもはや、歴然とした力の次元の違いを、肌で感じているはずだ。

 かつてのヴォル先生と、不破さんがどこか違っているとしたら──久遠たちとの間にあった力の差が少しでも縮まっているとしたら。それはヴォル先生であった頃と比較しての、不破さんの身体能力。その部分に尽きる。

 久遠自身はかつての自分と運動神経という部分において、大きく変わった自覚はない。

 青春をかけて勤しんでいた対象が剣術や魔術から、バスケットになったという程度だ。

 だから、運動音痴を自認していた不破さんの肉体のままで、どれほどヴォル先生の力を使いこなせるか──勝機があるとすれば、そこに期待するよりなかった。

 

「じゃあ、わたしから行くわね」

 

 そして、久遠は知る。

 

「──まず、言っておくけれど、久遠」

 

 自身の縋ろうとしたものの、甘さを。

 

「戦う前から期待に頼るような騎士に、はじめから勝利などないわよ」

 

 思い知る。

 

「──え」

 

 かつて師と仰いだ人物が生まれ変わったその少女の持つ、実力を。


                  *   *   *


 その動作がいつ行われたものだったのか。いつ、そこに彼女がいたのか。

 律花にとってそれは認識を置き去りにした、自身の反応の範疇を大きく超えてくる、初撃だった。

 

「な……っ!?」

 

 咄嗟、反射的に出した右腕のガード。竜巻の如く渾身とともに繰り出された裏拳を受け、みしみしと音を立ててそれは律花の骨身に苦痛を響かせる。

 

「反応したのは及第。──でも、もう一歩早く、受けるのではなく回避を選択肢とできるよう、鍛えるべきね。律花」

 

 なにしろ、わたしには徒手空拳でなく。まだ抜いてもいないこの刃による斬撃という選択肢もあったのだから。敢えてこちらが致命傷を与える必要もなかったからこそ、あなたは無事であったにすぎない──そんないつきの言葉に、律花は応じられるほどの余裕もなく。

 拮抗していられたのはほんの一瞬だった。

 これがほんとうにいつきちゃんの膂力なのかと思えるほどの強力な一撃に大きくのけぞり、吹き飛ばされる。

 

「ぐ、うううううぅぅっ!!」

 

 びりびりと、受けた腕が痺れていた。

 否。視界が微か、歪む。そんな──今のたった一撃で、ふらつくほどに脳を揺らされたというのか。

 目尻ににじむ涙を掃いながら、それでも歯を食いしばり、律花は自身の得物を左右の掌へと顕現させる。

 

「──『豊穣』! 『揺籃』!」

 

 それは一対の、双鉄扇。

 刃にも、盾にも。そして律花のイメージした魔力のかたちを──風を。新緑の生命力を。顕現させるための、その根源にも為り得る、律花による、律花のためだけの武具。

 なぜそれを、そのかたちを選んだのかは律花自身わからない。

 風というイメージを己が魔力に、あの白き輝きの中で抱いたとき。自然、それらは生まれていた。

 

「あらためて見ると、なかなか珍しい武器を使うわね。──久遠の影響かしら、椿さんも、あなたも」

 

 この世界の騎士はふたりとも、久遠を見ている。だから一対の武具をともに手にしているのかもしれない──いつきのそんな呟きにも、言葉を返している余裕など律花にはなかった。

 力は、ある。そう実感をしている。

 だがそれを十全に、戦術として組み立てて使いこなすとなると話が別だ。

 それらは資質によるものじゃない。得た力によってどうにかなるものではない。

 今の律花には存在し得ないもの。経験であり、重ねた時間であり。積み上げてきた修練によって成される類の代物だ。

 今の律花は、自分の中にある力を知った、ただそれだけ。入口に立っただけにすぎない。

 思いつくまま、身体の動くままにただいつきに挑み、双鉄扇の刃を振るい。

 たやすくかわされ、いなされ。防がれ、避けられ続けているばかりなのである。

 まるで話にならない──子ども扱い同然に、無駄ばかりの自分の動きを冷静に観察する、いつきの視線を感じている。

 攻撃──当たらない! これが、久遠の師匠の……いつきちゃんの前世で振るっていた、実力……!

 

「!?」

 

 後ろに回り込まれた。いけない。背後から攻撃が来る──考えると同時、振り向きざまの一撃を狙おうとする。

 だが、考えてから、行動を決め。そして動くという三段階を必要としたその動きは、塾達の騎士を相手とするにはあまりにも緩慢であり、遅すぎた。

 まして、

 

「味方と連携をするのなら。その相手がどのように、どこに援護をねじ込んでくるかくらいは常に把握しておきなさい」

 反撃より早くその首根っこを掴まれ、振り払われて。

 たった今自分のいたその場所を、氷の弾丸が撃ち穿っていくようでは、話にもならない。倒そうと向かっていった相手に、無防備な被弾から救われたのだから。

 

「椿さんも。無駄弾を撃っていられるほど燃費はよくないでしょう」

「るさい! んなことはわかってる! ──格の違い、見せつけてくれて!」

 

 空中から、両手の拳銃を乱れ撃つ椿さんをいなしながら、流れるようにすべてを回避していくいつき。

 いた、違う。乱射なんかじゃない──見せ弾、牽制も多く交えてはいるけれど、椿さんだって必中を狙って放っている。

 なのに、当たらない。一撃たりとも、かすりもしない。

 

「だったら……っ!」

 

 降り立った椿さんは二丁拳銃をともに正面へと構える。 その銃口に顕現するのは、魔力の輝きに光る円形の魔法陣。

 

「ぎりぎりでかわしてちゃ避けきれない一発を撃ち込めば……っ!」

 

 魔法陣に魔力が収束していく。

 発射されるは、それまでの射撃とは比較にならぬほどの威力を秘めた、極太の直射砲撃。これならば、と律花も見て思えたそれはしかし、 

 

「工夫は認めます、ですが」

 

 防がれる。

 しかもそれはとくに、なにをいつきがしたでもなく。

 まるでなにか見えない壁にでも弾かれるように、ごく当たり前に彼女の眼前に展開された、単なる魔力の障壁によって。

 あっけなく飛び散り、露となって消える。

 

「これもチャージの隙があったぶん、わたしにはいくらでも避ける選択肢だってありました」

「そんな……!」

 

 攻撃は当たらない。

 無理矢理に当てようとすれば、それはなんのダメージも生み出すことなく弾き散らされる。

 技量も威力も、こうまで届かないものなのか。

 愕然と自失する律花──しかしその意味をなさなかったはずの攻撃を放った当人は、……椿さんはけっして同様ではなく。

 

「これは……!」

 

 はじめて、いつきがその目を僅か、大きく見開いた。

 弾き散らし、霧散したはずの砲撃が。魔力の障壁に沿って凍り付いている。

 無論それによって砕け散るほど、やわな障壁ではない。しかしその白く曇った凍結面がいつきの視界を僅かばかりにではあれ、阻害し。その隙に乗じんと椿さんは接近を試みる。

 

「──残念。幻惑は水による専売特許ではないですよ、椿さん」

 

 だが、一瞬ののち。

 彼女は目標を見失う。端から見守る形となってしまっていた、律花も然り。

 

「わたしの光だって、屈折やら、閃光やら。幻惑は得意分野なんです」

 

 とん、と。

 背後から首筋に、鞘に納められたままの剣を押し当てられ、肩に載せられる椿さんの姿があった。

 

「尤も、今はわたしはなにもしてませんけど。ただ、わたしなり速度で背後に回っただけです」

 

 実戦だったら。これが抜き身の剣だったら、椿さんは背後からばっさりとやられていた。そこで、彼女の命は──終わっていた。

 

「──マジ、か」

 

 こうまで、違うのかよ。こんなにも遠いのかよ。

 吐き捨てると同時、だらりと両腕を垂らし脱力して、俯く椿さんがいた。

 見せつけられた律花も、ただ唖然としてしまっていた。

 わかりきっていたことではある。

 だけれど、改めてつきつけられる。

 次元が、違いすぎる。

 これがいつきちゃんの言う、──最低ライン。

 

「──さあ。敢えて手を出さなかったのでしょう? そろそろあなたもいらっしゃい、久遠」

「──……!」

 

 そんな一部始終を、無言に見守っていた紅の騎士へと、いつきは声を向ける。

 相対する三人のうちで唯一、彼女への太刀打ちの可能性がまだ微かに望み得るその存在へと。

 

「十七年ぶりに。稽古をつけてあげる」

 

 久遠は無言のまま、両の拳を握りしめていた。

 それが師弟の間に生まれた、長き年月と世界とを超えた、騎士同士としての久しき、対峙であった。

 

 

          (つづく)


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