第二十九話 『ディ=クス』と騎士との狭間で 2
※7月23日追記
7月23日ぶん(7月24日午前0時更新ぶん)
の更新(第三十話)は作者多忙のため更新作業の時間がとれないため翌日更新となります。ご了承ください。
第二十九話 『ディ=クス』と騎士との狭間で 2
だから三人には、決めてほしい。これからどうするのかを。
不破さんはそれまでの言葉に続けて、久遠たちの顔を交互に見遣りながら、投げかける。
「戦うのか。それともわたしや、戦うことを選んだ人間を背中から見守るのかを」
久遠はもちろん。
騎士としてはまだ遥かに技量や経験に劣る、ふたりには。よく、考えたうえで決めてほしい。
その口調は彼女自身の中にある余裕のなさを表してか、ひどく辛辣ともとれる言い回しで。
端的にはそれは、
「覚悟のないやつはいらない。足手まといはいらない。そういうことか」
吐き捨てるように椿さんが言った、そういうことだ。
「今のあたしらがあくまでも「戦える」ってだけのレベルなのは、客観的にわかってるつもりだ。まして相手は、世界そのものだってくらい大それたやつなんだろ。だけど、それにしたって。そんなにやばい相手なのか」
「はい」
不破さんは、寸分すらも逡巡なく、即座に同意し肯定する。
「もともと、ツィールには入団の義を受け、宝玉を授かっていたとはいえ。それにより生まれ変わりを可能とする資質はなかった」
「え……?」
「彼、ひとりでは──転生は、不可能だった」
だから厳密にいえば、あの子は──わたしたちを襲い、わたしたちへと託し。そして散っていった少女は。正確にはツィール=ラスト・ブラディアンという騎士ひとりの転生者ではない。
不破さんのその言葉はやはり、久遠たちにとって瞬時の理解からは、遠く。
続けて発せられた言葉によってどうにか、追いつくことができる。
「彼女は。影原 あおいは、ツィールひとりの転生者ではなく。彼と、そして彼とともに逝った連れ合いの女性──ふたりぶんの魔力と魂によって生まれ変わり、それらを受け継いだ存在だった」
そうして手に入れた魔力の量と、ふたつぶんの魂をひとつにした密度によって。転生に必要な資質の欠如を補い、世界と世界の狭間を超えて生まれ変わった。たったひとりの、少女として。
「つまり彼女はそれだけの力を、強大な魔力を秘めていたということ。そんな少女でさえ──『ディ=クス』の前では赤子の手を捻るも同然だった」
* * *
現れた『ディ=クス』の前に、瞬時に少女は殺害をされ。反撃をするその段階にすらたどり着けなかった。自分たちが相手にしようとしているのは、それほどの敵ということ。
三者三様に、息を呑む。だが不破さんはそんな久遠たちに追い打ちをかけるように、──無論そこに悪意などけっしてなく、淡々と事実と見解を重ねて。
「あのときの少女──あおいの戦闘力は、優秀な騎士ふたりぶんにも匹敵する。真正面からやりあって、久遠が敗れるのも当然。だがそれほどの力を以てしても到底、届かない」
だから。
「──だから、戦うのならば当然に鍛錬が必要。最低限、わたしと同等の力くらいは身に着けてもらう必要がある。今のままでは弱すぎる」
椿さんや律花はもちろん。……久遠だって、所詮はかつての新米騎士程度の力しかないのだ。
聖騎士に肉薄するくらいのものを得てもらわなければ、話にならない──。
「ちょ、ちょっと待って。私、そんなに弱くないつもりだよ? 先生にはそりゃ、届かないかもしれないけど、少しは──、」
「届くのが最低条件だ、と言っているの。でなければ話にならない、ツィールの二の舞になるだけ」
「ちょっと言い方に棘があるんじゃないか。大それたことを言って、そんなにウチらといつきちゃんでは実力の次元が違うってのかい」
「違います」
やはりはっきりと。不破さんは言ってのける。
ぴくりと、椿さんが反応するのが分かった。
付き合いの長い久遠は知っている。理知的で砕けたお姉さんのようでいて、案外と沸点の低い椿さんのことを。
自身を侮られていると感じて、けっして不快でないはずがない。
ふたりがもめてしまっては、進む話だって進まなくなってしまう。
「言うね。そんなにあたしらは大したことないか。あんだけ教えてくれ、助けてくれって泣きついてきておいて」
「わたしに力がなかったことは、あのときはゆるぎのない事実でしたから。その件、感謝はしています、もちろん」
おかしい。まだ出会って間もない不破さんとしてであればともかくとして、先生としてみた場合に、こんな言い方をする人だったろうか?
あるいはほんとうに、彼女の中に余裕なく、それゆえに言葉をオブラートに包めず、また棘を放置したままに発しているのかもしれないが──……。
この人はほんとうに、ヴォル先生なのか?
「なんなら、試してみますか? 久遠と律花と、三人がかりでいいですよ」
「はっ?」
「──なん、だと」
それまで努めて冷静であろうとしていた、椿さんの表情に怒気が込もる。
無理もない。久遠だって一瞬、自分がなにか聞き間違ったかと思ったのだから。
三対一でいい、って。しかもひとりは昇格直後同然とはいえ、正規の騎士。いくら聖騎士だからって、そんなのは──、
「それでもわたしの本気は引き出せないでしょうけどね。どうします? やってみますか?」
「──二言はないみたいだな。いいぜ、あたしはやる」
「ちょ、椿さん!」
「久遠。あなたも挑んできなさい。正規の騎士となった実力のほど、十七年ぶりに見てあげる」
「先生!」
「──律花。あなたは、どうする」
話がどんどん進んでいく。ああもう、みんな話を聞いてよ。落ち着いてよ。苛立ちが、久遠の心に満ちていく。
叫び吐き出したい気持ちを抑えながら、久遠は最後に水を向けられた親友に、自身の視線を注ぐ。
「……わかった。やる」
「律花……!」
そして果たして、友もまた、久遠の師父より向けられた提案に頷いた。
「別にいつきちゃんの物言いにカチンときたわけじゃないよ。実際、私の場合はなんか変身できるようになったってだけ。まだこの力で戦ったことすらあるわけじゃない。いつきちゃんの言うように、このまま実際に戦ったら瞬殺であっというまにあの世行きだと思う」
胸に手を当てて。ひとつひとつを確認するようにしながら、律花は自身の言葉を発しては、重ねていく。
「だからひとまず、今の自分の実力と。今の自分がどのくらいを目指さなきゃいけないのかを確認したいなって思う。そのうえで戦うべきなのか、足を引っ張らないよう身を退くのか、決めたい」
それは怒る椿さんとも、困惑をする久遠とも異なる意見であり、最も建設的な提案と呼べるものだった。
自分を見極める。
不破さんを見極める。
そのうえで、どうすべきかを見極める。この場にいる四人の中でも、最も巻き込まれただけという立場と言っていい状況下にある律花だからそうやって、一歩引いた視点から行動を決められたのかもしれない。
「だから、やるよ。私、戦う。いつきちゃんと。戦って、みたい」
見つめた自身の掌を、律花はぎりぎりと強く、そこに握ってみせた。
* * *
ああ、そうか。だから河川敷という、広く開けたこの場所を選んだのか。
久遠の見せた表情には、そういう納得が浮かんでいるのが見てとれた。
やはり前世よりの付き合いだからか、かつて愛弟子であった生まれ変わりの少女はそうやって、いつきの意図や考えを飲み込むのが早くあってくれる。
「──さあ。いつでもどうぞ」
そんな少女たち、三人といつきは相対する。
緊張が、ないわけではない。取り戻したとはいっても実感がある。あのとき自分へと戻ってきた力は、かつてのそれほどに高まったものではない──そしてそれでも、現状の戦力の中で最高値は、自分であると。いつきは、そう認識していた。その認識が間違っているとも、思っていなかった。
だから。取り戻さなければ。はやく、自分が自分であるといえるほどの力を。
成長してもらわなくては。皆に。本来の自身と、匹敵をするほどに。
でなくては、相手は世界そのものを眠らせ、呑み込んでいくほどの敵。たった四人で太刀打ちするなど狂気の沙汰にもほどがある。
それでもやらなければならない。だから、この戦いは今は必要なことだ。
「おう。やってやる」
椿さんが。律花が。そして最後に久遠が、自身の魔力に包まれていく。
久遠の全身を、劫火が包み。燃え上がり。
椿さんの四肢を、波しぶきを跳ね上げた水が、取り巻いていく。
そして律花の魔力が生むかたちは──風だった。
新緑の葉たちとともに吹き荒れた風が渦を巻き、彼女の肢体を絹糸のように織り包んで、着衣の姿を成していく。
魔導士や騎士を名乗るだけならば、彼女たちの力はそれだけでも十二分なように思えた。酷なノルマをこれから自分は、彼女たちに課そうとしているのかもしれない。
「ええ──行きましょう。やりましょう、三人とも」
だからいつきも、自身の魔力を光に変え、煌かせる。
両腕、両脚、そして胴と。白亜の輝きが衣へと変化し、覆っていく。
純白の、騎士装束。かつて男として生きたヴォルという名の聖騎士が姿を、今のいつきのためのものとして再現した、そのかたち。
腰には、愛刀。聖剣──『永遠竜』。鞘へと納刀をされた己が腕の一部ともいうべき剣を、その重みとともにベルトに提げて、いつきは降り立つ。
「聖騎士の実力。お見せしましょう」
三人の騎士を護れる、自分であるために。
(つづく)
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