第二十八話 『ディ=クス』と騎士との狭間で 1
第二十八話 『ディ=クス』と騎士との狭間で 1
これはすべて、ツィールとその妻であった魔導士に、起こった出来事。
苔生し、古びた瓦礫が、周囲には膨大に広がっている。
その中を、夫婦であったふたりは駆ける。
なにかから、逃げるように。いや、事実逃走を図っている。差し迫った、背後よりのその脅威から。
自分はどうなってもいい、相手だけでも──せめてと、そう願いながら。
走り続ける。
王立騎士団のその紋章煌く、胸の宝玉に光を反射させ。
走り、逃げていく。
「──ああ、ダメダメ。この世界の人間は、逃がさないよ」
だが、その意図はかなうことはない。
なぜなら追跡者は既に、彼らの前方に立ち塞がっているのだから。
「!」
「この世界の連中のしつこさにもいい加減参る。自分たちの世界そのものに歯向かうなんてね」
でもまあ、そのたびに毎度毎度、全滅していれば世話はない。
酷薄な、声。それを吐き出すのは幼い子ども──その姿をとった、しかし圧倒的過ぎる威圧感持つ、その敵。
「今回もきみたちで最後だ、世界への反逆者よ。──そろそろこのいたちごっこも飽きてきた」
そう、それはかの、『ディ=クス』そのものだと名乗ったあの幼子とまったく同じ風貌をした、まったく同じ敵だった。
「どうせもうすぐ喰らい尽くせるところだったんだ。この世界そのものを消そう。また次の世界に我は『ディ=クス』としてあれば良い」
これが、彼らの最期に見た光景。
彼の転生者であった少女が最期にいつきへと送り届けた、その最初の最期の、記憶の一端である──。
* * *
河原に向かい、歩いていく。
不破さんを先頭に。そんな彼女についていく。
その中で、ツィールというあの襲撃者の過去を聴いた。だがそれでも呑み込めぬことばかりだった。
「どういうことなの。まだわかんないよ、不破さん……ううん、先生。どうしてそれで、私や先生があの人に殺されなきゃならなかったの。どうやって、あの人は私たちを殺しに来たっていうの。あの人が果たした転生だってどうやったのかすら、わかんないままだよ」
「──久遠」
思わず、矢継ぎ早の疑問を投げかけてしまう。
傍らの律花も椿さんも同様に、十分な納得や理解とは、未だ程遠い表情をして、不破さんの次の言葉を待っている。
「久遠。わたしたちの最期のあの日、わたしのいない留守に、あなたがなにをしていたのかわたしにはわかっているつもりよ。──正式な騎士となるために。入団試験を──そして印可を受けに行っていたのでしょう」
「! ……そ、それは。そうだけど?」
師を、びっくりさせるつもりだった。だからこっそり試験を受けた。
結果合格を果たし、正規の騎士となった。その過去が、かつての生前に、自分にはある。でもだからといってそれが、なんの関係がある?
「関係はあるわ。それは、大いに」
印可。つまり入団の義を授かったとき、あなたが受け取ったものを憶えているかしら。
師であった少女は、単刀直入に問う。無論それは、久遠が前世の向こう側に記憶をしている範疇と呼べるものであり。
「もちろん、覚えてるよ。緊張してたし、誇らしかったもん。入団の義っていって、個別認識用の魔力だかを浴びて。そんで、騎士団の紋章の入ったブローチをもらった。今でも、私の騎士装束の胸元に似たようなのつけてるよ」
「そう。それはやっぱり、わたしも持っていた。そしてツィールたち調査団の騎士たちも。正規の手順を踏んで騎士となった者たちならば、皆」
けれどそれらは、騎士たちの個体認識をし騎士団でメンバーを管理するための、魔力じゃない。
また、授かった宝玉のブローチも、単なる装飾なんかじゃない。
「その魔力を浴びせることで、騎士の体内の魔力をある特殊な方向性に活性化させる。そして宝玉は、その力を使いこなす資質ある者ならば、活性化した魔力と反応することで死の瞬間に騎士を転生させる──いわばそのための、転生装置だった」
「え……」
「転生──」
「──……装置、だって?」
久遠だけではない。残るふたりと、唖然とした声を発してしまう。
転生装置、なんて。そんなもの存在し得るのか?
いや、存在したからこそ、今この世界に久遠は久遠として、クオンの記憶を宿したままに生きていられるのだろうけれど。
それでも俄かには信じ難いことだった。
転生って。そんな回りくどい救い方をして、なんの意味がある。
そんな、最初から死ぬことが前提のような。どうして緊急離脱の術式を練りこんだものや、治癒魔術ではないのか。
「死んでからまた拾い上げればいい、みたいな。そんなのおかしいよ」
「……いいえ。たしかにそう思うかもしれない。けれど、なにもおかしくないの。なぜなら前提として、──死した先ですらなお、騎士は戦わなければならないのだから」
「──えっ?」
死した先で、すら。それはどういうことなのか。
もはや誰もついていけていない。なにも、わからない。首を左右に振って、久遠は困惑をするばかりだった。
「死することはある種、前提。そして死したその場に騎士を残しておかないこと、異なる世界に移すことこそが、騎士を救うための最も適切な方法だったの」
そこで、不破さんは深く息を吸う。そしてひと息に、告げる。
「わたしたちのいたかつての世界、『ディ=クス』とは、『ディ=クス』によって、『ディ=クス』自身のために作られ、歪められた世界だったのだから。そして民たちはかの者を討つために存在していた。騎士とは本来、そのための戦力だった。これらの事実が伏せられていたのは、『ディ=クス』に反逆を悟られぬように。そのために」
* * *
河原の道。四人の脚は止まっていた。
理解の追いついていない、久遠と律花がいる。そして、
「つまり、こういうことか。あの女の子が前世でくー嬢やいつきちゃんを殺したのは、なんらかの理由でその『ディ=クス』って世界そのものが、騎士全員を始末しようとしたから? 転生の利かない方法で。そうなる前にと?」
「そうなりますね」
いつきは頷く。椿さんは彼女なりに、状況を整理しようと脳をフル回転させてくれている。その認識で間違いない、という程度には理解をしてくれている。実感や納得が伴っているかどうかは別として──。
「それで。……いい、久遠。ここからは心して、よく聴きなさい」
更に、告げなくてはならない。
いつき自身信じたくはなくて。それを事実と受け止めるには、不安と困惑以外の感情を持ちえないこと。
誰より、同じ世界より生まれ変わった久遠にだけははっきりと、伝えなくてはならないことがある。
「わたしたちのいた世界。『ディ=クス』は、既にどんな可能性の中にも存在しない。消滅してしまっている。ほかならぬ、『ディ=クス』自身の手によって」
世界と世界が互いにあるからこそ、繋がっているからこそ、転生が起きる。
それが片方でも消失したとき、転生の可能性は相互の世界の間になくなってしまう。橋は、対岸がなくては成立しない。
「つまり。わたしたちが最後の、『ディ=クス』からやってきた転生者ということよ、久遠」
この地球に、わたしたちふたりだけ。ツィールが死してしまった今となっては、もう。
「だからこそ、わたしたちはここでやつを倒さなくてはならない。世界のすべてを消滅させ、この世界を眠らせたその存在を」
「ちょ、ちょっと待って。待ってよ。話のスケールが壮大すぎて……ごめん、わけわかんないよ。世界、世界って。ディクス? がディクスをつくって。そんでなくしたって、どういうこと? どっちが、なに?」
──『ディ=クス』って。結局、なんなの。
律花がようやく口を開き、なにがなんだか、という素振りで頭を抱えて、首を大きく左右させる。
無理もない反応だ。わたしだって直接深層意識に、ツィールから情報を叩きこまれていなかったら、理解や納得という経緯を経てでしか、受け止められなかったろうから。
「言葉通りに。『ディ=クス』は世界よ。世界、そのもの。ただしそれ単体では存在しえない世界」
既にあるいくつもの異次元の世界を渡り歩き、そこに土着し。
気に入った世界に寄生し、つくりかえてはゆっくりと喰らっていく。そうして消滅させ、次の世界へと宿主を変えていく。
言わば、他の次元世界への寄生虫。
「わたしたちの、もう元の名もわからぬ世界は遥か昔、『ディ=クス』に寄生され、やつそのものに変えられた。今のこの地球のようになにもかもが眠りに就き、そのまま風化していき──やつの好む世界につくりかえられた。すべては、やつの餌とされるために」
だから、寄生された『ディ=クス』は寄生した『ディ=クス』によって殺された。そういうこと。
「抹消者とは、そんな次元世界の寄生虫を討つために、転生を果たした者のこと。これもツィールが、最期に教えてくれた」
彼の、彼女の遺志を受け取った身として。
いつきは思う。わたしは、やらなくてはならない。
「お願い、みんな。力を貸して。──この地球を、やつに喰わせはしない。わたしはあいつを──……討つ」
(つづく)
うーん我ながら書いててややこしい。
久遠たちと一緒に皆様もややこしさに困惑していただけると幸いです(死




