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第二十六話 白の騎士は眠った世界に降り立つ

 

 

 第二十六話 白の騎士は眠った世界に降り立つ

 

 

 宙に舞ったその姿は、見上げたただそれだけでは、撃ち貫かれるその瞬間までに見せていた彼女の体躯となんら、様相が変わりないように思えた。

 どさり、と大地に向かい、少女は落下をする。無防備に、受け身すらとる素振りも見せずに。

 否、とらなかったのではない。とれなかった。

 落着をした彼女の身体は、その着衣もろともに焼け焦げ、引き裂かれていた。まるでそれは彼女がそういう結末へと導いた、久遠の有様を繰り返すかのように。

 久遠の受けた以上の深すぎるダメージを、その全身に刻んで。いつきの前に天を仰ぎ、手足を広げ倒れている。

 

「ツィー、ル」

 

 それは怨敵であるはずだった。

 かつて自分を殺し、愛弟子を殺し。

 今も大切な人たちを瀕死とするまでに傷つけ、そしていつきの命を奪おうとしていた相手。

 だがその終焉はあっけなく。──あまりに、あっけなくて。

 茫然と、そこに倒れる少女を見下ろす。

 出血は、なかった。

 数え切れぬほどに彼女を撃ち貫き、穿っていった閃光の集中豪雨はその貫通痕から血を噴出させることなく、瞬間的にその筋肉を、血液を灼き焙っていき。

 肉の焦げた不快な匂いを、周囲に広げていく。

 それは既に、生命の宿る肉体としての修復が可能なレベルを超えている。

 手遅れだ──どうしようもない。こうまでも、細胞の一片たりとて余さず、その全身を灼き果たされてしまっては。

 生の、すなわち「活きた」部分がもはや、脳以外にどこにもない。

 彼女は。ここで、死ぬ。

 ヴォルとして。騎士としての視点が冷静に、いつきにその認識をさせる。

 

「ツィール……ツィール?」

 

 なんと言葉をかけていいか。その状況に対し見つからなかった。

 知った人物が今まさに目の前で、死していこうとしている、そのことが間違いないのはわかっている。

 だが彼女はかつての彼ではなく、同期の騎士として過ごした人物であってもそうでない。

 そして旧知でありながら、味方でもなかった。

 明確に敵として立ちはだかった──けれど状況はいつきの前にあまりに目まぐるしくて、その相手に対し憎悪を燃やす段階に至る前に、「こうなって」しまった。

 そうやって少女の殺害を今、行った相手もまた敵とも、味方ともつかず。

 ただかつての同輩が死にゆく様を眼前に突きつけられ、茫然と状況に翻弄されている現実があるばかりだった。

 なんなんだ、この状況は。

 なにが、どうなっているんだろう。

 自分自身を『ディ=クス』と名乗った、あの幼子は一体。

 

「──……あおい、よ」

 

 掠れ声がしかし、彼女の唇から発せられた。

 ただそれだけで大儀そうに、苦しげに喘ぎながら。

 筋繊維まで焼け焦げ、ずたずたに引き裂かれているはずのその手を震わせ、いつきに伸ばす。

 

「え?」

「いまの、わたしの、なまえ。あおい、……あおい、よ。おねがい、おぼえて、いて──ヴォル、いいえ、いつき」

 

 その瞳が次第に濁っていくのが分かる。

 呼吸は切れ切れで、言葉も途切れながらやっと、紡がれる。

 

「ほんと、は、まだ、あなたを、……温存、して、……おき、たかった、けど」

 

 こうなっては、仕方がない。

 覗き込むいつきを、あおいは震える指先で、その額を指し示して。

 

「あなたに、託す」

 

 わたしの、すべて。わたしの知る、なにもかもを。

 かつて送った生にて、聖騎士と呼ばれたあなたを──わたしの中のツィールに従って、信じて。

 

「──さ! これで余計な異物は駆逐した。あとはもう少し、この世界を熟成させる必要がある」

 

 幼い少女──あるいは、少年か──が発した声は、そんな死にゆく者の声とは対照的に、軽快に明るく、その音色を奏でる。

 

「それじゃあ、おやすみ。元・聖騎士よ。世界とともに、眠りにつくといい」


                 *   *   *


 そして世界に、白が広がっていく。

 真っ白な。すべてを塗りつぶす、濃密にしてなにひとつ物理的には破壊することのない、光。

 それがすべてを白く染める。

 アスファルトの大地も。

 夕焼けの空も。

 街のあちこちで倒れ、座り込み、眠り続ける一般市民たち──それは神社の玉砂利の上にくずおれた、久遠の姉や。夕食の準備をすべく立ち上がろうと思い、その瞬間にテーブルへと突っ伏し眠ることになってしまった、いつきの祖母でさえ。

 眠りに包み込まれた世界を、更にもうひとつの白き層が覆い、包んでいく。

 瀕死の久遠も、律花も同じ。椿さんも驚愕に周囲を見回しながら、それら白き光の中に消えていく。

 

「これは……?」

 

 なんなの。眠りにつく、って。どういうこと。

 困惑し、消えた久遠たちの姿を探すように立ち上がりかけたいつき。

 握りあった──いや、一方的にいつきの握りしめた掌の向こうには、たしかに彼女たちの感触がある。感覚が残っているのに。その姿だけが、なにも見えない。

 

「だい、じょ、……う、ぶ」

 

 そんないつきを引き戻すのは、やはり消えゆこうとしている、今このときに死にゆく少女の声。

 

「あなた、なら、すく……え、る」

 

 ひと足跳びに、世界そのものは無理だとしても。

 今手にしている、大切なものくらいは、きっと。

 

「わたしの、すべ……て、あ、……げ、……るか、ら」

 

 そして光が、いつきを貫いた。

 少女の指先より放たれたそれが、その指し示す方向にまっすぐにある、いつきの額の中心部分を。

 それは自失となったいつきへの介錯ではない。

 その光は、魔力。──少女に残された、最後の命の輝き。

 貫いた光は上天に弾け、弧を描いて、いつきの身を包み護るかのように、その周囲に螺旋に降り注ぐ。

 与えられたその力は、呼び覚ます。──呼び戻す。

 そう。

 聖騎士の、力を。

 輝きが、そして舞った。

 白のみに染まりゆく世界で、それらは美しい、より眩い煌きを放つ、それぞれがひとひらの羽根のかたちになって、降り積もっていく。

 少女の背に羽ばたいた翼が、祝福の光を以て、自身の大切なものたちを護り、いたわり、癒していく──……。


                 *   *   *


 いつしか、夢は過去のものでなくなっていた。

 不思議なものに、変わっていたのだ。

 ふと気づけば、あたたかな光に、包まれていたような気がする。

 そう、それは過去の映像でなくなっていたかわりに、かつていつも感じていた、懐かしいぬくもりによく似ていて、……いいやきっと同じもので、久遠を安心させた。

 

「……ん……」

 

 そして、やがて。久遠は我に返る。

 横たわっている自分が、いる。死んでいない。無事だ、生きている──がばりと身を起こし、自身の身体を確認する。

 着衣は、ずたずたのままだった。

 身体のあちこちが煤や土埃に、また自身の流した血が渇きこびりついたことによってどす黒く、汚れてしまっている。

 けれど傷は、塞がっていた。全身に受けた裂傷も、火傷も。傷跡ひとつ残すことなく、治癒しきっている。

 

「なんで」

 

 おかしい。こんなのあり得ない。

 殆ど私の魔力は枯渇寸前だったはずだ。こんなに完全に、負傷を癒すことなんて到底不可能だった。

 少なくとも、私の自己防衛による、自然治癒じゃあない。

 でも、いったい誰が。椿さんが──……?

 

「久遠……?」

「! ……律花?」

 

 不意にかけられた声に、ハッとして周囲を見回す。

 この声。律花。彼女も来ていたのか──無事、だったのだろうか。

 いや、彼女だけということはないはずだ。椿さんや、不破さんだって。そう思い、友の姿を探す。

 

「──え」

 

 そして彼女は、佇んでいた。

 困惑した表情を隠すこともなく。隠せず。久遠の目を向けたそこに、新たな姿をした友が、こちらを見返している。

 

「律花。その姿」

 翡翠の色をした、それは騎士の姿だった。

 

「それ、騎士装束。なんで」

「──わからない」

 

 淡い新緑に彩られたオフショルダー・ベストの胸元を、深緑の、タートルネックのインナーが隠している。

 肩を彩る半透明のケープは久遠のものとも似ていたし、その透明感は椿さんのそれに通ずる部分もある。タイトミニのスカートから延びる両脚は、薄手のストッキングに包まれている。

 

「なんでか、なれてた。なって、いた。たぶんいつきちゃんの、おかげなのかな」

 

 じゃり、と。靴底が毛羽立った小石の地面を噛む音がした。

 振り返ればそこには、やはり着衣の傷ついた椿さんが佇む。久遠を、律花を交互に見遣って、頷いて。

 

「どうやら、助かったみたいだな。助けられた、みたいだ。──あたしたちだけ。いつきちゃんのおかげで」

 

 そして彼女は目線を動かす。その先を、久遠も追う。

 たどり着いたその先にあったのは、既視感。懐かしき背中が、そこには広がっていて。

 

「──せん、せい」

 

 白亜の鎧。

 白亜の、ケープ。それらは記憶の中に残るものと殆ど同じに、瓜二つで。黄金装飾に彩られる。

 律花のそれ以上に、久遠のものによく似ている。──当たり前だ。久遠にとって自身の鎧は、その衣装をもとに生み出し、身に纏うようになったのだから。

 

「ヴォル、先生」

 

 その名を呼ばずにはいられなかった。

 呼びながら、わかっていた。その姿が既視感を呼び起こしながらも、しかしかつて眼前に常にあったものとは、まったく同じではないということ。

 騎士装束の下半身は、男性のそれではなく白亜のプリーツ・スカートだった。

 太腿から露出した両脚はニーハイソックスに覆われ、そこから先を足甲に包まれたブーツに続いていて。

 高いヒールが、女性の肢体を包んでいる。

 静かな夕日の街並みに吹く風に、長い、長い少女の髪がたなびいてはその背に揺れている。

 そこにいるのは、ヴォル=アンク・リーベライトではなく。

 そこにいるのは、不破いつきという、ひとりの少女。

 

「不破さん」

 

 久遠の声にも、少女は振り返らなかった。

 無言にただ、前だけを見て、そこに独り、立ち尽くしていた。

 静かな、静かな世界で。

 久遠と。律花と。椿さんと。

 彼女以外のすべてが眠りに落ちてしまった世界で──取り戻したその力だけが、彼女を騎士へと、変化させていた。

 白亜の騎士の表情は、窺えない。

 

 

             (続く)

次回より第二部、「眠りについた現実世界」編に突入します。

明日更新予定ですがもしかしたら1~2日空くかもしれません。

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