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第二十四話 たどり着いたそのとき、閉じる世界 2


 

 第二十四話 たどり着いたそのとき、閉じる世界 2

 

 

 そいつは、同期で王国騎士団に入団した、ともに入団の義を授かった面々の中でもどこか、浮いていた。

 いや。浮いていた、というのならば自分だってそうだったろう。

 なにしろたまたま、一般的な新人騎士よりも剣技と魔術に向いていて、秀でていただけ。そのまま同じ成長の幅で経験を積み上げていったぶんだけ、聖騎士と呼ばれ元来好んでいた単独行動を許されるようになったのだから。

 ヴォル自身、変わり種であったことは間違いない。いつきはかつての自分をそのように思っているし、評している。

 はじめて言葉を交わしたその男、ツィールは騎士というより研究者、という印象の強い男で。同期の中でも普通の剣技では、下から数えたほうが早かった。しかしそのぶん、魔術の腕や理論、座学についてはヴォルとすら双璧、あるいはそれ以上であった部分も多い存在だったといっていい。

 そんな彼だからこそ見つけたのだろう騎士としての戦術のスタイルは、長得物による距離を置いた、また得意の水を利用した搦め手による戦い。それを彼はよく鍛錬し、剣の腕で彼を圧倒していた同期の騎士たちにも互角以上に渡り合うようになっていく。

 冷笑癖があり、感性も独特で。良くも悪くも広く浅い交流を、その立場上に主とせざるを得なかったヴォルとは対照的に、他者と積極的に関わる部類ではなかったはずだ。

 尤も、そんなツィールが同期のうちで最も早く、同じ研究者肌の魔導士と結ばれ、連れ合いとなったのはなんとも世の中の不思議なところではあるのだけれど。

 

「ツィール。……ツィール、なぜ。お前も記憶を、持っているのか」

 

 そんな彼が夫婦揃って、調査団に志願したと聞いたときには、ひどく腑に落ちる感覚を抱いたものだ。

 けっして親しくはなかった。けれどどこか、同類項のものを感じていた。同期の彼を影ながら心のうちに応援し、無事を祈った。──その調査団の失踪を知り、自らがその捜索に赴いて全滅と結論づけざるを得なかった際には、悼みもした。

 出立前、王宮にてすれ違った。交わした言葉を、今でも憶えている。

 世界の矛盾を、見つけてくるよ。同期の男はそう言った。

 あのとき、彼はなにをしようとしていたのか。調査行の先になにを見出そうとしていたのか。研究者として優秀だった彼は一体なにを考え、そこに求めていたのだろうか──。

 

「そうとも。わたしは世界に、『ディ=クス』自体に殺された。だから世界のために、お前を殺した。免罪は請わない」

「なにを……なにを、言っているんだ」

 

 その理想を抱いたまま、彼は還らなかった。そう認識していた男が生まれ変わり、少女となって現れた。そして信じられぬ状況を、いつきの──ヴォルの目の前に提示している。

 俺を殺したのが、お前だって。

 だったらクオンを殺したのも、そうなのか。いや、「殺されたから殺した」? なにを、言っているんだ。わけがわからない。

 

「この惨状を──久遠をこんなにしたのも、お前なのか」

「ああ、そうとも。お前にもその子にも、生まれ変われたからこそ、今は死んでいてもらわねばならない」

 

 いつきちゃん、と、一歩後ろの律花がぽつりと漏らしたのが聴こえてくる。

 ヴォルとして敵と会話をするいつきに、彼女も困惑をしているのだろう。それ以上におそらく、状況についてこれていないでいる。なにしろいつきにも、ヴォルにも明白でない部分が現状には多すぎるのだから。第三者にすぎない彼女が理解を追いつけないでいるのも、無理もない。

 死んでいてもらわねば、って。一体どういうことなんだ。

 

「──とりあえず! 外野がついていけない話はそのくらいにしときなよ、おふたりさん!」

 

 椿さんの三点射が、スライムを三体同時、凍らせ粉砕させる。

 

「──ええ、そうね」

 

 そして瓦礫の合間を駆け抜け迫る、彼女に向き直ったとき、襲撃者のその口調は、かつての騎士のものから少女のそれへと戻っていた。

 

「ひとまず死にぞこないに、とどめを刺しましょうか。せっかく彼女たちが連れてきてくれたのだから」

 

                 *   *   *

 

 その言葉に、椿は察する。

 まずい。この状況は──三人同時には、護りきれない。

 

「──気をつけろ! 後ろだ──避けろ、いつきちゃん!」

 

 彼女たちの到着後すぐに、この場を離れるよう指示すべきだった。いつきが言葉を交わすことで少女から情報を引き出せるかもしれないと、色気を出してしまったのが失策だった。

 こちらの接近を許したのも、自分自身に椿を釘付けにして、無防備な久遠を護るふたりへの救援にけっして行かせないために。

 そして音もなく、ふたりの背後に現れる黒ローブを、椿は視界の隅に見る。

 少女の正体に茫然とし、また傷つき倒れた久遠を抱えたいつきは気付いていない。椿の声にようやく彼女は振り返る。

 避けるには到底遅すぎるタイミングだった。

 それを理解してか、彼女は逃げるでなく。腕の中の、満身創痍の少女を抱きしめ、庇わんと試みる。命を捨てて、久遠を護ろうとする──。

 

「……りっちゃんっ!?」

 

 だが。その瞬間に自分以外の誰かを護ろうと、とっさに身体が動いたのは、彼女だけではなかった。

 

「──律花ッ!」

 

 両腕を大きく左右に広げ。眼鏡をかけた少女は友人たちを救うべく、己が身を差し出す。

 我が身を呈して、黒き死神の刃を魔力による護りなどないその身に受け止める──袈裟懸けに、右肩から脇腹に振り下ろされた刃が、その着衣を、皮膚を。身を骨を、内臓を、鋭く斬り裂いていく。

 鮮血が、シャワーのように溢れ噴き出すのを椿は見る。

 跳び散ったそれが背後にまでも届いて、いつきの頬に紅の斑点を返り血として浴びせゆく。

 中腰に、いつきは立ち上がろうとした。

 一瞬、久遠を抱えていることすら忘れて、膝を折り崩れ落ちゆく律花を、受け止め支えようとしたのかもしれない。

 だがふたりぶんを支え、自分自身のバランスを維持することなどいつきにできるはずもなく。

 三人折り重なり、崩れていく。

 久遠の身体がいつきの両腕から零れ落ち、瓦礫を転がり。意識のないまま微かな呻きを、彼女は漏らす。

 

「皆っ! 待ってろ、今……!」

「遅い。──実力差のある相手を前に注意を怠るとは、散漫な」

 

 それらの光景を前にして、敵にだけ意識を向け続けていられるほど椿もまた、戦いに慣れてはいない。

 思わず駆けつけようとした。その両脚にまとわりつくぬらりとした感触に、我に返る。

 足許。足首に、小型のスライムが二体巻きつくように、張り付いている。

 

「安心なさい。ニトロに比べれば随分微弱な爆発よ」

 

 ぱちり、と少女が指を鳴らした。直後、爆発が花開く。

 

「あ……、ぐ、あぁぁぁぁっ!」

 

 その爆発は、椿の両脚を焼き焦がし、抉っていく。

 激痛に崩れ落ちる、椿。足首を──アキレス腱をやられて、立ち上がることすらできない。焼け焦げたその両脚の、足首から先がまるで、なくなってしまったかのようだった。切り落とされ、その断面が絶えず痛み続けるような。そんなすさまじいまでの激痛に、椿は大地に倒れ伏す。

 

「くー、嬢……りっちゃん……いつき、ちゃん……っ」

 

 三人の名を呼びながら、傷口の出血のひどさを実感する。自分の中から血が失われていく。額に冷たい脂汗を浮かせ、吐き気じみた感覚に苛まれて。椿は血の気の引いた、白んできた頬を苦悶の表情にゆがめる。

 

「安心なさい。あの眼鏡の子は、手遅れでなければあとで助けてあげる。あなたも傷ひとつ残さず、きれいに治療してあげるわ」

 

                 *   *   *

 

 少女の足音が、近付いてくる。

 

「久遠! ……久遠、お願いしっかりして! お願い、目を覚まして!」

 

 椿さんが、やられた。あれでは当面、動けない。

 挫いた足を引き摺って、いつきは微動だにしない久遠へと這い寄る。捻ったのか、あるいは三人分の体重を無理に支えて、不自然な角度の荷重に折れたのか。いつきは歩けない。三人、離れた川の字のように並び、瓦礫の上を転がった。そこから上半身だけとはいえ身を起こせたのはいつきだけだというのに。

 

「久遠……お願い、あなただけでも、逃げて……!」

 

 だが久遠は目覚めない。騎士の指先が、動くことはない。血まみれのその掌も、指も。いつきに握られるまま。彼女の側から握り返してくれる気配など、なかった。

 

「律花! ──どうして、どうしてこんな無茶を……!」

 

 久遠の手を握ったまま、律花の肩に触れる。

 律花の傷もまた、ひどい。たったひと太刀。たったそれだけで、新たなこの友の命が消えていこうとしている。戦場ならそれはなんら珍しいことではないけれど。

 この平和な国で、世界でこんなこと、……あっていいはずがない。

 止血しなきゃ。でも、どうやって。傷は大きすぎる。魔力は使えない。今のいつきには無理だ。

 逃げなきゃ。病院、連れて行かなきゃ。焦燥の中にあるいつきはしかし、歩くことすらままならない。彼女たちを連れて脱出ができない。もう一方の手に握った律花の掌も、久遠同様にかけらほどの力も、込められることはなかった。

 

「終わりだな、ヴォル」

「!」

 

 そうしてなすすべなく、膝を屈するばかりだったいつきを見下ろし、処刑人が眼前に立つ。

 

「大丈夫。この死は無駄にはならない。必要なことだ」

 

 ダメ、だ。

 打開策が、ない。せめて、せめて自分が魔力を扱えたら。

 わたしは彼女たちを、護れない。

 久遠の血と、掌と。

 律花の血と、掌。それらを握りしめ、愕然と敵手を見上げたいつきの瞳に、ひと筋、不甲斐なさへの涙の雫が零れ、頬を伝った──。

 

 

           (つづく)


久遠といつきたちのピンチ、もう少し続きます。

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