第二十二話 少女たちの「手遅れ」 4
第二十二話 少女たちの「手遅れ」 4
むざむざとやらせる、ものかよ。──珍しく自分が苛立っていることを。怒っていることを、椿は理解する。
無論その感情に流されたりはしない。冷静さというものは、失ったほうが損をする。負けるものだから。これでも利害には聡いほうだと思っているから。自ら手放したり、しない。
「くー嬢を、放せ」
そうして冷静であったから、魔力の弾丸を放った瞬間、咄嗟それを回避した黒衣の少女の挙動には思わず舌を巻いた。
回避運動を見越しての、偏差射撃込みの三点射。
完全に不意打ちだったはずだ──それを的確に、黒の襲撃者はかわしていった。
その使役する、知能を持たぬ使い魔たちはいずれもが直撃を浴びて、その着弾箇所から凍りついているというのに。
「──けど、これでくー嬢は助けた」
椿の氷は、細長い水触手に変化したスライムを、その根元のみを凍らせるにとどまるほど生半可ではない。
その先端までもを凍てつかせ、氷に変え。久遠に巻きついたその部分までもを凍結せしめる。
柔軟な液体状であったからこそ空中になしえていた久遠の磔刑という行為も、執行者たるスライムが凍ってしまえば自重と、久遠自身の重みによって崩壊する。
触手だった氷は微細な皹を刻み、ぴきぴきと音を立てて砕けはじめ、落下をしていく。
空中に縫い付けられていた久遠の身体もまた、ともに落ちていく──。
「すまない。……遅くなった」
射撃後の着地。そこから再び跳躍して、落ちゆく久遠の身体を椿は受け止める。
かわいい、妹分のひとり。
傷だらけの、──あまりにも傷つきすぎた、無惨な有様をした少女をその腕に抱いて、椿は瓦礫の山の大地に降り立つ。
「ごめん。ほんとうに──すまない」
膝を曲げ、ずたずたに傷ついた久遠の身体を横たえながら、魔力を通して彼女の身体を探る。
まだ大丈夫だ。死んじゃいない。微かにだが、ほんとうにごく僅かだが──魔力の残滓を感じる。鼓動もある。微量にだが、まだ魔力をつくろうとしている身体がある──……。
改めて、久遠の状態はひどいものだった。
全身満身創痍というほかないほどに、ありとあらゆる箇所が傷だらけだ。とくに脇腹の傷が深い。ほかにもまだ塞がっていない傷も多い。
着衣も乱れ、襤褸布同然にボロボロで。あの燃えるような力強さと、凛々しさを併せ持っていた紅の衣装が、見る影もない。まともにかたちを残しているのは伝線だらけで穴だらけに穿たれながらも、それでも残っている、両脚の黒ニーハイくらいのものだった。
その身を護るはずの戦闘装束は布地のいたるところが抜け落ち、破れて脱落し。彼女の傷だらけの素肌を晒している。
辛うじてその胸元を、腰回りを着衣の残骸たちが生き残り、どうにか隠してくれてはいるけれど──。
こんなにも傷ついて。なんて、ひどい。
軽く指を振って、空気中の水分を集めて。傷口を凍結させて止血する。
「待っててくれ、くー嬢。あとで魔力しっかりぶっこんで、きちっとその傷、治してやるから。もうすぐりっちゃんたちもやってくる。すぐに安全な場所に、運んでやるから」
そして立ち上がり、振り返ったとき。鋭く睨んだその視線の先に、黒衣の襲撃者を見る。
「立ち去りなさい。これは警告です」
火中の栗を拾う愚かさを、わたしは勧めない。眼前の少女は椿の登場にも、久遠が奪還されたことにも動じず、言い放つ。
「この世界に偶然生じた程度の魔導のちからしか持たずに、下手にかかわるべきではありません」
「知らねーよ。──アンタ、何者だ」
久遠をこんなにするなんて。襲撃者には、それを操る者がいる──そのことはわかっていた。そしておそらく、あのスライムや、黒いのなんかより腕の立つ、厄介なやつだろうということも容易に想像も出来た。
「その物言いからして、アンタもくー嬢たちと同じく前世の記憶、持ってんのかい」
手にした二丁拳銃の撃鉄を下ろす。それを握る両手に、自身の氷の魔力を、収束させていく。いつだって撃てるように。既に椿は心のうちでも、臨戦態勢にあった。
「答える必要はないわ。わたしは『抹消者』としての使命を果たすだけ」
「あん? 抹消──なに?」
また、妙な単語が出てきたな。いつきちゃんなら知っているか? 思いつつ、年下と思しきその少女の揺るがない態度が癇に障った。
いや。前世の存在としての感覚のほうが、大きいのだろうか?
それ以上は話すのも無意味とばかりに、もはや言葉を返すこともなくなった少女を睨む。
「──まあ、なんにせよ。退いちゃくれないんだろ? こっちもただで帰す気はないけど」
あんたはくー嬢を殺す気、なのだろうから。だったらこちらも遠慮する必要性はない。
いや、そもそも──、
「かわいい妹分、こんなにされて。はいそうですかって黙ってられるほどお人よしじゃないんだよ、こっちだって」
* * *
「待って、律花」
いつきが、先を行く友を不意に呼び止めたのは、その背中を追うことに困難さを極めたからではない。
無論限界近く、体力のないいつきの息は上がっている。だがそれでも、そんな理由で足を止めるはずもなかった。久遠が孤独に戦っている。久遠の身が、危ないのだ。もしついていけずに足を止めるのならば、自分を切り捨てる。律花を先に行かせている──……。
「なにか、様子がおかしい」
いつきのかけた声に、駆け足を緩め立ち止まった律花は、こちらにむかい振り返ったその視線を、今度は周囲に移ろわせる。
そこは、駅前の商店街から、駅へと続く大通り。ここを抜け、駅の反対側に出れば、おそらくそこが、あの黒煙の発生源。爆発の、起こった場所であるはず。
──そう、駅前、なのだ。ここは。
「まだ夕方、この時間の駅前よ。──静かすぎる」
人の気配も。車の往来も、なさすぎる。
同じことに気付いたのだろう、律花も困惑の、そして「たしかに」といった表情をつくって、いつきに頷き返す。
こんなの、あり得るだろうか? ……いいや、あり得ない。
「そういえば駅から電車の音もしないね。改札からも誰も出てこない」
賑わいをみせて然る場所。然るべき、時間帯。
それがさながらゴーストタウンのように閑散としている。まるでそこが、目の前にあるこの街そのものが、喧騒の二文字に満ちた世界から切り取られてしまったかのように。
「律花。いつ頃から、周りが静かになってたかわかる?」
「え。……ごめん、必死になってたから正確には。ただ言われてみれば、いつきちゃんの家を出てから、一台も車を見てないと思う」
「結界……? だとしたら、ここまでの広範囲、それに効果。次元が違いすぎる。こんなの」
いつきの暮らす家から駅までは、学校を挟んでおおよそ1.5キロメートルほど。しかもこのぶんならば、駅の反対側、爆心地までもを飲み込んで、この空間は封鎖されていることになる。すなわち最大で、
「──直径3キロの結界──設置し維持し続けるなんて、人間業じゃない」
とてもじゃないけれど。それほどの力。全盛期の、かつてのヴォルにだってありはしなかった。考えられるとすれば、人外の存在によるものか。あるいは、複数人によるもの。魔力自体は大地に働きかけ、エーテリア──つまりその土地そのものの魔力を活用すれば用意できるかもしれない。しかし人間ひとりでは、その量の魔力を操る容量のほうがまず、足りない。溢れてしまう。
いずれにせよ、まずい状況だ。
複数の敵。あるいは人としての範囲を大きく超えた敵。どちらが待ち受けているにしても、椿さんが行ったところで、これでは。
「久遠が無事だったとしても、よくて互角。もしも、……もし、久遠が」
既に久遠が、斃れていたとしたら。
すべてが終わった後だとしたら。
「……急ごう、律花。ここから先はわたしのこと、気にしなくていい。遅れても、置いていって」
最悪の想像を打ち消しながら、律花に向かい告げる。
ここは切り捨てられるべきは、自分だ、と。まだ魔力を行使できなくとも、律花の体術ならば牽制くらいはできるはずだ。まったくの無力である自分を気にして、彼女がたどり着けないのは避けなくてはならない。
お願い、椿さん。
間に合って。久遠を、助けて。お願いだから。いつきはただ、儚く願うことしかできない──……。
(つづく)




