第二十話 少女たちの「手遅れ」 2
※(7月13日追記)次話、第二十一話はパソコン・ネット環境のトラブルのため7月14日午後24時(7月15日午前0時)となります。申し訳ありませんがご了承ください。第二十二話も同時更新予定です。
第二十話 少女たちの「手遅れ」 2
劫火が、燃え上がる。発火源たる久遠の身体を、そしてそこにまとわりつく、ゲル状のスライム生物たちまでもを巻き込み、焼き焦がすように。
久遠自身の炎が燃え広がるとともに、久遠を騎士へと変えていく。
「あんたが──黒幕ってわけ」
その熱量に我が身を蒸発されていくのを嫌い、飛び退くようにスライムは久遠から離れていく。
一方。紫電色と、漆黒と。ふたつの色の魔力を、三つ編みの少女は全身にまとわりつかせていく。それらは死神鎌の少女の身を覆うラバー・スーツ状のインナーに変わり。更には黒の、ぴったりとした、暗殺者然とした戦闘装束をかたちづくる。燕尾が、前垂れが翻り、その右目のあたりに、輪郭をなぞるように装飾が煌く。
「生まれ変わって、なにが悪い」
炎とともに燃え上がるは、怒り。
こいつらを、けしかけたのも。
黒マントに不破さんを、傷つけさせたのも。
いや、なにより──、
「私たちを殺したのは、あんただろうがあぁぁぁっ!」
不破さんと、私の。
いいや、ヴォル先生とクオンの前世を閉じさせた元凶が、ここにいる。
激昂をしないわけがない。身を包む炎を巻き上げ、騎士装束とし。振り上げた両腕に直接、火焔の内から生まれ出た双子剣を手にしながら、久遠は巨大死神鎌の少女へ迫りゆく。
叩きつけた刃は、少女の差し出した柄に防がれる。
睨みつける視線が互いから互いへ、交差をする。
「その手で殺しておいて、生きてたら不満か! 許さない──ただで帰れると……思うなァッ!!」
劫火のごとき怒り、というのはまさにこのことを指すのだろう。
防がれたままに刃を押し込み、対する大鎌の少女は後ずさる。力任せに二度、三度。いや、何度も何度も、炎を散らし久遠は刃を叩きつけていく。
「……っ!」
少女の目線が自分から外され、移ろったことに久遠は気付く。
背後より迫るは、黒ローブの死神たち。やはりこいつらは使い魔だった。こいつに操られている──邪魔をするな!
「どいてなさいよ、この三下ァッ! 私はこいつに、用があるんだッ!!」
鎌を振り上げた瞬間、がら空きの胴体が晒される。怒りに身を焦がしながらも見落とす久遠ではない。身を翻しての、一瞬の回転切り。竜巻の如く描かれた軌道は二体の死神をともに真っ二つに斬り捨て、断面より発火しては燃やし尽くす。余波の炎もまた渦を巻いて、回転運動により目の前の敵に向けることとなった、隙だらけの背後をカバーする。
今の私は、怒っているんだ。近付くな、邪魔をすれば容赦はしない──距離を取らんと試みる三つ編みおさげの『抹消者』とやら。やつを倒す。そのためにも、邪魔なんかさせやしない。
ぶっ倒して、洗いざらい喋らせてやる。私のありったけ、全力で──!
「──……っ!?」
渾身の連撃を打ち込み続けながらも、久遠は残る黒ローブたちへの警戒をも怠ってはいなかった。
だがスライムたちに対しては、先刻の炎による排除と、その際に見せた蒸発を嫌う性質から、接近はないものと踏んでいた。
自分がこの怒りの炎を燃やし続けているかぎり、乾燥を恐れるやつらなどものの数ではない。ウォーターカッターの刃くらい、この身に届く前に蒸発させて、霧に変えてやる。そう考えていた。
そしてそれはたしかに正しかった。スライムの見せた性質は事実、やつらが乾燥を、高熱を嫌うことを示している。それに従うのは摂理である。
やつらが純粋な、生物であったならば。
──しかしスライムも、黒ローブたちも。純粋な生物ではない。
操る創造主の命によりいくらでもその性質を変え、特攻すら辞さないものとなる、魔力によって編まれた使い魔にすぎないのだ。
「なんで……こいつらっ!?」
生き残っていたすべてのスライムが、炎に灼かれることすら厭わず、再び久遠にとびかかり、全身に絡みつく。
粘るそれは久遠の四肢から自由を奪い、動きを拘束する。
身動きを封じられ、足許をがっちりと固められて。久遠はその場に縫い付けられてしまう。
「く……こんな、ものでッ!!」
それがどうした。全部一気に蒸発させてやる。水蒸気になって消えてしまえ。
弱点を知るからこそ、久遠はそれらを無理に引きはがすのではなく、体内の魔力を燃え上がらせ、使い魔たちを焼き尽くさんと試みる。
そう。
それは、思う壺だったのだ。
襲撃者である、黒衣の少女の。
怒りと焦燥の重なる中、久遠は僅かな呟きを耳にする。
ハッとして、距離を置いた敵のほうを見遣れば、口許に立てた指先へと詠唱を重ねる暗殺者の姿があった。
言の葉は魔力を帯びて、その使役する水の魔物たちへ届く。
「これは……っ!」
スライムたちの色が、変わっていく。それまでの透き通った水色に近いものから、今度は色を失い、透き通った無色透明に近いその身体へと。
硬質化したわけではない。戦闘力が向上したわけでもない。
ただ、それが襲撃者たる少女の魔力によって生み出されたものなら、その弱点を無視して久遠に飛び込ませたのと同様、そのゲル状の身体を構成する液体の組成を変化させることも、可能。操れるのは水だけじゃない。液体から液体へならばそのような行為、容易い。
微かな甘みにも似た、不思議な匂いを、変化したスライムは放つ。
その匂いに、久遠は困惑する。なんだ。何をする気だ。直接的に、ガソリンや石油にでも変えるのかと思った──けれど、油臭い、いかにもな匂いをそいつらはさせるでもなく。
でも、わかる。やばい。なにかが、やばいということ。
スライムたちは次第にその身体を泡立たせていく。沸騰をさせていく。まるでそれはスライムたちの断末魔のようで。
これは凶兆だ。久遠の、騎士としての勘が言っている。
まずい。これは──なにか、くる……!
「ニトログリセリン。いわゆるダイナマイトよ」
少女の声が、聴こえた。残像を残しながら、敵はそれら虚像のむこうに遠のいていく。
直後、久遠の身体が持つすべての感覚を、猛烈なまでの爆風が呑み込み、久遠自身のものでない爆炎の中に埋め尽くしていった──……。
* * *
「!?」
ひととおりの鍛錬を終えて、そろそろ解散をしようか、という頃合いだった。
すさまじい爆発音が聞こえ、三人は道場を出た。
「あれ……爆発? 事故?」
見上げた空に、高々と黒煙が立ち昇っている。
いつきたちのいる場所から見て、風上。吹き抜ける風、それ自体が爆発の引き起こしたものだろうか──漂い吹き付けるそれらからは、仄かな甘い匂いがした。
「甘い匂い……爆発。ひょっとして」
「椿さん?」
「こりゃあ……ニトログリセリンだ」
その名を、いつきも律花も聞いたことはあった。
「ニトロ……って、マンガなんかでよく出てくる、どかーんってやつの? なんでそんなもの」
「知らねーよ。でも間違いない、前に大学のサークル仲間が似た匂いさせてた。危険物の資格持ってるやつで、理学部のやつ」
律花に言いながら、椿さんは外に出ていこうとする。
「椿さん、どこに?」
「決まってる。爆発の出どころ──ここまで薬品の匂いが届いてるんだ。尋常な量じゃない」
「え……なんで、椿さんが?」
彼女のロジックに、律花とふたり、いつきは顔を見合わせる。
まさかこの爆発が、あの黒ローブの連中の仕業だというのか。しかし原因がはっきりしているなら単純な事故かもしれないのだし──、
「いや。こいつはくー嬢が一枚噛んでる」
「え」
──久遠が?
ひっかけた靴の踵をなおしながら、椿さんは切迫した表情でこちらに頷く。
「まだふたりには感じ取れなかっただろうが、ほんの僅か、爆風に乗ってくー嬢の魔力を感じた。ありゃあ、きっと戦ってる。くー嬢が」
あれだけの爆発、薬品の量だ。その戦いもきっと、只事じゃあない。
下手したら、追い込まれてるかもしれない。
「ひとまず行ってくる。ふたりはどうする。ここで待ってたほうが安全だとは思うけど」
そして彼女はふたりの答えを待つ。
行くか、行かないか。
再びふたりは、顔を見合わせた。
久遠のもとで起きた爆発。もちろん本来、久遠には何者をも焼き尽くす、その炎がある。だが敢えてそれと異なる要因によって起きたものならば──久遠の身になにかあったのかもしれない。
今はまだ、なにも力になれなくても。危険だとしても。
彼女の身に起きた危険に、じっとしているなんてできない。
「──行きます。連れて行ってください」
足手まといになるようなら、見捨てて、放りだしてくれていい。
覚悟を決めていつきが告げると、律花もまた頷いた。
「わかった。行こう」
無理に止めて押し問答になるより、椿さんは迅速さを優先した。
駆け出す彼女の背を追って、いつきと律花もまた走り出す──……。
(つづく)
ニトログリセリンのくだり、はじめは単純にガソリンを前提に書いていましたがこちらに。結果むしろ火力アップしてえらいことになっている気もしますが。
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