第十九話 少女たちの「手遅れ」 1
第十九話 少女たちの「手遅れ」 1
魔力を扱い、自分のものとすること。それは自分の持つ最適なかたちを、ある程度の類型のもとに自分自身の中に思い描くことだ。
自分の、力。身体のなかにあるもの。
それがかたちのないものから、寄り集まり。
寄り集まっただけの不安定なものから、おぼろげなものになり。
淡かった輪郭をはっきりとさせる。
輪郭は次第に立体へ、細部へと進んでいく。
イメージは、具象へ。現実のそれらとなんら遜色ないかたちへと変わっていく。そうすることで、自身の力のかたちを「掴む」のだ。
例えば久遠の持つイメージが、燃え上がる炎であり、前世には実際の双子剣用いていたそれをも今世において再現した、二振りの剣であるように。
椿さんの最も得意とするものが水、そして氷であるように。
いずれもが、自身の中に知覚されたからこそ、外界に顕現させることができた。
「でも。椿さんはどうして二丁拳銃なんですか?」
「うん? ノリでイメージしたらそうなった」
……使いこなしさえすれば、自然と己に最適なかたちをそうやって映し出すことだってできる。
それにしたって、銃というものが存在しなかったかつての世界では、そんなケース見たこともなかったけれど。
「まあ弓道もやってたし? ゾンビゲー好きだしねー。だからかな」
これだけ適当でも、なんとかなるものなのである。
「ね、いつきちゃん。前世でのいつきちゃんは、どんなイメージで力を、ええと、魔術? 魔法? 使ってたんだっけ」
「──わたしはあまり参考にならないわ。わたしの、ヴォルの力のイメージは「光」」
世界じゅうのどこにだって、そこに視界があるかぎり無造作に溢れていて、ありふれていて。
だからこそ本来であれば想像をしづらく、かたちのイメージをつきにくいもの。
扱いの難しいそれが、なぜだかかつての自分にとっては最もしっくりとくるものだった──……。
そこに発生し、明々と燃え盛り続ける炎や。
生命と密接に繋がり。海。川。湖──様々なかたちで身近に人間の隣に存在する水とは、勝手が違いすぎる。
「そんなもの、どうイメージしたら」
「でしょ。だから参考にならない。やめておいたほうがいいわ」
不破家の道場には、いつきとともに、律花と椿さんとが揃っていた。
部活が休みだという久遠は、街をひと通り見回ってくるという。なにかあったらすぐに椿さんを呼ぶように、と告げたいつきに、彼女は複雑そうな表情で──おそらくは頼るべき相手がいつきでなく、椿さんへと完全に移り変わってしまったことに──、頷いていた。
だから残された、道着姿の三人である。
友人たちと道場を使いたい旨伝えたところどうやら、祖母がいつのまにか、予備のそれらを仕立て直してくれておいたらしかった。
長身のおかげでどうにか様になっているいつきと違い、格闘技有段者のふたりはごく自然にそれらを着こなしている。このまま乱取りなんかはじめたって、全然おかしくもない雰囲気だった。
尤も、いつきが魔力を取り戻すため。
律花が魔力を知覚するためにやることといえば正反対、ひたすらに自己の中に埋没すること。瞑想をし、脳裏に、心の中に。自身の求めるものを追い求めるところにあるのだけれど。
そして目下のところ、その結果は芳しいものとはいえない。
探そう、見つけよう。そう焦れば焦るほど、雑念が生まれる。そのノイズが心に混じった時点で、成功への道は断たれる。
あくまでごく自然に。己の心に任せるがまま、たどり着かねばならないのだ。
これがふたり、この特訓を始めてから数日、糸口すら掴めずにいる。
「そりゃ、前世を取り戻そうかってレベルなんだから。そう、始めてからたった何日かでうまくはいかないっしょ」
「……はい。わかってます。わかっては、いるんですけど……」
かつて出来ていたことが出来なくなっている。だから、焦る。
惑い、考え込みもする。自分の記憶すらこれで正しかったのか、やり方に不備はないかと疑わしく思えてくる。
「あたしもわりと、気付いたら出来てたクチだからなぁ。教え方が感覚的すぎるのかも。悪いね」
「いえ。……律花は、どう」
「私も、おぼろげにこんな感じなのかなぁ、ってぼんやり浮かんできた程度だよ、まだ。こんなんで久遠や椿さんみたいにやれるようになるんかな」
揃い、ため息を吐く同級生二人なのであった。
魔力についても前途は多難であるけれど。そしていつきにはもうひとつ、課題がある。
「よっし。ほんじゃ、いつきちゃんはあたしと組手、やろうか」
「……はい」
いつきが転生にあたり失ったのは、魔力を扱うためのちからだけではない。
身体能力──かつての運動神経も、然り。
「そんだけ体格あるんだから、素質がないわけじゃないと思うんだけど」
だからこそ、体力不足を承知で、そこをつけていかなくてはならない。それもまた、取り戻すということ。
今はまだ、受け身をとるだけでやっと。
ほんの数度投げられただけでへばってしまう、そんないつきだけれど。
魔力以上にこちらがある種深刻かもしれなくとも、やらなくてはならない。
かつては教え導く側だった、なんて過去の栄光は捨てろ。
体力面では律花にだって大きく溝を開けられているのだ。
最後尾は──どう考えたって、わたしなんだから。自己への叱咤を心のうちに発して、いつきは椿さんに向かっていく。
多少ケガしたっていい。打ち身や擦り傷くらい。そうやって昔は鍛錬を重ねてきたんだから。
久遠や椿さんに治してもらえるだけ、恵まれている。
* * *
迷い、疑念を抱いているのは久遠にしても同じことだった。
その方向性は特訓中の面々とは異なるにせよ、自分に対しての不信があるのは紛れもない事実なのだから。
今日も、街中をひとり、周囲の魔力の流れに気を配りながら歩く。そうしながら、どこか上の空であることも否定できない。
「奴らの狙い。ここまでほんとに、殆ど私たちだけ──……」
この数日、敵に襲われたのは一度きり。
やはり直接、久遠を狙ってきた。不破さんのほうに現れなかったのは、あちらが三人固まって行動していたからかもしれない。
「だとしたら理由は、私たちが転生をしたから? 私たちの……せい?」
ならば究極的には解決策は──などと、考えてしまう自分がいる。
後ろ向きになっている場合ではないというのに。力を取り戻すために、先生だってがんばってくれている。
ひとりになる時間が増えて、考えることが多くなったせいだろうか。
よくない傾向だ、切り替えないと。
そんなもやもやを、頭を振って打ち消したり、再び浮かびあがらせたり。また打ち消したり──繰り返しながら、街をそぞろ歩く。
「──焔小路、久遠さん」
「?」
その中で、呼び止められる。
女の子の、声。振り返れば同じ高校の制服を着た、三つ編みおさげの少女。
いや、先輩……か。ブラウスの胸元を飾るリボンタイの色は、一学年うえを示すその色をしている。
「はい?」
正直言って、怖いくらいのきつい目つきをした人だった。幼さを残した、丸みを帯びた顔立ちなのに。なんだか常に怒っているような、良くも悪くも力強さのある双眸。それらが久遠を睨んでいる。
いや、本人にそのつもりはないのかもしれない。でも、そう感じられる眼力が、そこにはあった。
どこかで見たような気はする。もちろん同じ学校なのだから、廊下ですれ違ったり、顔を見たことくらいはいくらでもあったっておかしくはない。
だけれどその人が誰かを、久遠は知らない。たった今、ここで得た外見的情報から学校の先輩なのだな、と理解できるだけ。少なくともその意味では、知らない人物だった。
「ええっと」
呼ばれたの、私だよね。焔小路、久遠って。こんな珍しい苗字と名前の組み合わせ、百パーセントの確率で日本じゅうどこを探してもゼロとは言わないまでも、この町内には私しかいないよね。
「なぜあなたは生まれたの。この世界に」
「へっ?」
なにそのスピリチュアルな質問。いくら明らかに後輩だからって、あっちは知ってるからって。初対面の相手に開口一番、向けていい問いか、それ。
だから。誰。
一層の困惑に、久遠は思わず表情に怪訝さを浮かびあがらせる。
「早く滅んで。その予定だったのだから」
なにを言っているの。そう、問い返すより早く。──ある種、明確すぎる答えが提示される。
目の前の少女。その身に収束していくその気配。膨大に渦巻くそれは間違いない、その少女自身が発現させた、魔力の噴流だ。
「!」
そして気付く。その性質が、久遠たちをこれまで襲撃してきた者たちに、ひどく似通ったものであること。
「わたし。──『抹消者』、影原 あおいが、あなたを抹消する──……!」
少女の手に顕現するのは、かの黒ローブを思わせる、否、それとは比べ物にならぬほどの魔力と威圧感とを秘めた、禍々しきかたちをした大きな、身の丈を遥かに超えるほどの大鎌。
その武器。
その、魔力。それが示す事実はただひとつ。
「まさか、──あなたが?」
なに。
なんなの。──『抹消者』??? なに、その中二病ワード。思わず、脳裏に疑問が溢れかえる。
一歩、あとずさりかける。そうしてその光景に、現実に意識を奪われていて。
不意打ちへの対応が一歩、遅れる。
それは奴らの、常套手段だというのに。警戒はしていた、はずなのに。
「しま……っ!」
側溝の金網から溢れ出る水。それは瞬時、粘液と化し。スライム状の、かの生物へと姿を変えて、久遠に襲い掛かる。
一体だけではない。二体、三体と。久遠の全身を覆うように重く、粘りまとわりつく。
そして飛来する、黒い影。
大鎌を振り上げた、黒ローブの使い魔たちが、四方から退路を塞ぐように、久遠の命を奪わんと迫りくる。
避けるだけの時間も、逃れるべき場所も、与えじと。
(つづく)
第十九話、いかがだったでしょうか。気づけばもう次で二十話目なんですね。
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