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妖しな家族  作者: 奏白いずも
妖編

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31/34

二、妖として生きる

お待たせいたしました。

妖編、本格始動します!

 日ノ宮桜子という人間は、家族と希薄な関係のまま隔離されるように十六年を過ごしてきた。けれどそれ以外は極めてごく普通の少女だと言ってもいい。

 それが何の因果か運命の悪戯か……。十六歳を迎え少し経った頃、一般的に普通と思われる道から大きく脱線することになる。

 元凶を辿れば、ある妖の思い付きという気まぐれだ。

 話は簡単で、娘の素晴らしさを解かれた妖が娘欲しさに人間を助けた。受け入れる準備が整ったと数年後に訪ねてみれば、赤子のはずが娘は立派な少女に成長していましたと。衝撃を受けたのも束の間、めげない妖は十六歳の少女を娘として攫い、始まったのが歪な家族ごっこである。

 性質の悪いことに、戯れとしか言いようのない行為も妖にとっては全て本気らしく、家族というものに飢えていた桜子は戸惑いながらも温もりを感じてしまう。そんな自分にまた戸惑いながらも、妖――無月に心を許し始めていた。

 けれど本来相容れぬ立ち位置に生れていた二人には別れが迫る。だが桜子は告げられた一方的な別れを認められなかった。それでもそばにいたい――いや、真っ先に浮かんだのは苛立ちだろう。勝手に決めないでと、理不尽な決定に対する苛立ちが湧きあがる。そんな心の内を曝け出せば大団円、そのはずだった。

 八つ当たりの矛先を向けられた桜子は撃たれ、再び別れが突きつけられる。

 助かる代わりに桜子は新たな運命を手にすることになり……。


 日ノ宮桜子は妖になった。


 言葉にすれば単純明快、けれど当事者からすれば人生丸々ガラリと変わりはてる大事件。

 とは言え桜子は今一つ現実味を持てないまま日々を過ごしていた。

 妖になって何が変わった?

 そう自身に問い掛けてみるも明確な答えは返らない。

 同じように起きて、食事をして学校に通い眠る。どれも人間だった頃と変わらない。妖は人間を食べると危惧していたこともあるが、桜子は変わらぬ食生活を送っている。しいて言えば和食が恋しくはあるが、それは宵闇家の――というより無月に責任があるわけで。

 たとえば、以前より体は軽くなったように感じる。稽古では人の動きが遅く見えるし、避けることは造作もない。跳躍すれば屋根の上程度なら軽々と着地してしまう。かつて実家から脱走する際、木を足場に塀を乗り越えていたがもう己の身一つで十分である。

 ちなみに元凶に訪ねてみるも、はっきりとした答えは得られていない。

 他にも、不思議な術が使えるようになった。本来死ぬはずだった桜子がこうして生きていられるのは桜の妖の力であり、そのせいか何もないところで桜の花びらを降らせることが出来るようになった。

 ――だから何だ。

 正直、奇術師でも出来ると思う。もちろん自分は奇術師ではないし、正真正銘タネも仕掛けもない。その気になれば季節を問わず桜を開花させることも出来るだろう。

 ――それがどうした。

 不思議な術が使えるようになったところで、生活に変化があるわけでもない。奇術師として芸を披露するつもりもない。

 では、この先どうするのだろう。あの日、妖になったと告げられた日から時が経つにつれ考える。長い時間を歩むと聞かされても実感は湧かないけれど。

 この先どう生きて行くのかと、はまだ明確なものは何も見えていなかった。それもそうだろう、十六年生きただけではこの先の長すぎる時間なんて想像も出来やしない。ましてや小さな鳥籠で育った身では、それ以外の人生など考えもしなかった。

「わたくし、これからどうすれば……」

 確か、ここへ連れてこられたばかりのころも同じことを思ったなと懐かしさが生じる。

 物憂げに呟くと、すぐにどういう意味かと問い掛けられる。無意識に呟いていた桜子はハッとして声の出所に視線を向けた。ここは広間で朝食の席、当然ながら無月がそばにいる。

「聞こえてしまった?」

「ため息の数から正確に聞きとっている。何を悩む、家族だろう遠慮せずに相談してくれ」

 まだ支度の整っていないテーブルが恨めしい。さり気なく距離を詰められては、近いと後ろに飛び退きたくなる。

 初めて口付けを経験したばかりの桜子には耐えがたい距離だった。けれど背には椅子があり思うようにいかず、体を固くすると想像通りの声がかかる。

「無月様、お嬢様が困ってますよ。――ったく、朝っぱらから何やってんだか」

 見ていられないと助け船を出してくれたのか、すっかり口調と態度の変わった苧環が諌めてくれた。少しだけ、出会った頃の彼が恋しく思う。

 だがあの頃と同じと言うのは誰にとっても無理があるだろう。彼こそ桜子を撃った張本人であり、本来ならば憎悪するはずの相手。口出しを有り難いと感じてしまうのは甘さだろう。それでも、たとえ勢いに流されつつもそばに置くことを了承したのは桜子も同じである。

「苧環、口が過ぎるよ! 早く料理を運ばなきゃ冷めちゃうんだからね!」

 苧環を叱咤するのは同じ食卓に着くコハク。桜子にとって弟のような存在になりつつある彼も、本音で語り合ってからは共に食事をするようになっていた。

 コハクの視線から顔を逸らし、苧環は大袈裟なほどのため息を吐く。

「はいはい、わかってますけどねえ」

 やはり助け舟などではなく単純に無月をからかいたかったのだろう。不満全開の態度を隠しもせず料理が並べられていく。

 ただ一人、彼の分身である環だけが変わりない様子で黙々と皿を運んでいて、それをおかしく感じていた。


 本日の朝食はパンケーキにベーコン、スクランブルエッグのトッピング。彩りには真っ赤なミニトマトが添えられ、いずれも苧環が調理し盛りつけたものであり、改めて彼の有能さを実感していた。

 慣れた手つきでフォークとナイフを握る。

 ――空腹は満たされていくのに、思考は未だ満たされていなかった。

「わたくし、本当に妖になったのかしら」

 たまらず呟いてしまう。何度も同じ質問をしているだけに返答の予想はつくが、それでも確認せずにはいられなくなる時があるのだ。そうでなければ忘れてしまいそうだった。

「疑う余地はないはずだが?」

 やはり予想通りだった。

「疑うと言うか、実感の問題と言うか……。急に人でなくなったと言われても、素直にはいそうですかと納得出来るものではないみたい」

 これで角でも生えていればわかり易かっただろうが、見た目は何も変わっていないので尚更だ。

「悔いているのか?」

「まさか! ただ、どうしていいのか戸惑っているだけのことで」

「戸惑う?」

「これから先、わたくしには長い時間が待っている」

「ああ」

 無月は素直に認めた。憐れんでいるわけではなく、ただ事実を口にしただけのもの。

「いきなりそう言われても、人間は戸惑う生き物なの」

 他の事例を知っているわけではなく、あくまで桜子の想像にすぎない主張ではあるが。

 短く「そうか……」と呟くだけの無月は、おそらく理解してはいない。生まれながらの妖が人の心を理解するのは難しいことだろう。けれど考え込む無月からは、必死に解ろうとしてくれる気持ちが伝わってくる。


 変わらないのは無理かもしれない。

 それでも、変わらないものはあると信じたい。

 無月の優しさは変わらない。彼が共にいてくれるのであれば不安を抱くことはないと思えた。

ありがとうございました!

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