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妖しな家族  作者: 奏白いずも
妖編

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32/34

三、日常も時々は非日常

「もう時間ね……」

 そう言って桜子は学校へ向かうため話を切り上げる。

 曖昧に流れてしまった話はまた改めてすればいい、そう思った。なにしろ時間はたくさんあるのだから。

 妖になったからといって日常が劇的に変わったわけではない。これまで通り学校に通って、実家とは手紙のやり取りをするだけでなく遊びにも帰っている。

 けれど……妖になったとは誰にも告げていなかった。

 簡単に打ち明けられるものではなかった。桜子は無月やコハク、苧環を怖れてはいない。とは言え当初は一挙一動にも脅えていたわけで、これから家族に向けられる視線を想像すると何も言えずにいた。

 友人相手なら、このまま誤魔化し続けることも出来るだろう。だが家族には、いずれ話さなければならない時が来る。その時どんな眼差しを向けられるのか……想像しては恐怖する。

 そんな後ろ向きな思考を抱えている現在の桜子にとって、学校は癒しの場となっていた。同年代の少女たちに囲まれ、一時でも現実を忘れさせてくれる。宵闇家にいれば嫌でも自分の立ち位置を見せつけられるが、ここでは桜子もただの少女にすぎない。この中に妖がいると誰が想像するだろう、逆の立場なら桜子とて考えもしなかった。ここでなら穏やかな時間が過ごせ――

「きゃあー!」

 教室の扉に手を掛け、まさに開けようとしていた桜子は中から漏れるほどの叫びに躊躇う。湧きあがるのは悲鳴、ではなく歓声のようだが……。

 どうやら平穏も今日ばかりは少し違うらしい。

 教室に入るなり戸惑いの色を浮かべた桜子へと駆け寄ってきたのは友人の紺田聡子だった。挨拶もそこそこに、耐えきれないとばかりに口を開く。

「ねえ、聞いて! 仕入れたばかりの情報なんだけど綾乃、結婚が決まったって!」

 騒ぎの正体は級友の松原綾乃が原因らしく、桜子もつられるように驚き露わで「結婚!?」と叫んでしまった。

「それは、おめでたいわ!」

「ねー、同じ女として羨ましい限り。あたしも夢見ちゃ――ううん! その前に、父さんのような立派な記者になるんだから!」

 慌てて言い直した聡子は「頑張るぞー」と拳を掲げる。父の影響で情報収集に余念がなく、いずれ自分も立派な記者になると張りきっている彼女にとっては、結婚よりも記者になることの方が優先らしい。

「聡子なら、なれると思う」

 明確な夢を持つ友人は輝いている。聡明で行動力がある聡子は記者に向いているように思えて、桜子は応援していた。

「あら、桜子のお墨付きなんて御利益ありそう!」

「そんなこと――」

「ある! 成績優秀、品行方正、眉目秀麗、皆の憧れ桜子に認められると自信がつくの!」

「大袈裟よ」

 だが、いくら反論しようと聡子は納得してくれず、次第に注目を集めていた他の友人たちまで賛同し始めている。

 この騒動が始業までの僅かな時間であったことがせめてもの救いだった。


 幸いにも授業が終わってしまえば注目は結婚を控えた綾乃に集まる。と言うより授業中から話を聞きたくてたまらないと言った空気が流れていた。

「お相手は!?」

 生徒を代表して、取材のように聡子が詰め寄った。その姿は様になっている。

「年上の方で、お医者様をなさっているわ」

 綾乃が答えれば、とたん歓喜の声が上がる。

「な、なんて良縁! 羨まし過ぎる、この子!」

「安泰すぎるじゃないの! 幸せになるのよ!」

 口々に祝福の言葉が飛び交っている。一つ質問するたびに歓声が巻き起こり、終息する機会を見計らって聡子が次の質問をする。その繰り返しだった。

「幸せになってね」

 歓声を浴びせる一人として桜子も綾乃に微笑みかければ、満面の笑顔で「ありがとう」と返される。

 きっと彼女は幸せになるのだろう、その笑顔が語っていた。婚約話に浮かれる周囲も、卒業すれば大半は嫁いでいくのだろう。夢を追い続けている聡子もいつかは――


 でも、わたくしは?


 現実を忘れさせてくれるはずの学校も、本当に今日ばかりは違っていた。

 そんなことを延々と考えていられるのも一人で帰路についているからだ。聡子は校内新聞作成のため学校に残り、この先には話し相手のいない道のりが待っている。

 不意に桜子は足を止めた。

 見られている、それもずっと。

 違和感に視線を巡らせていた桜子だが、やがて小さく安堵の息を吐く。

「あなた、苧環ね」

 優雅に塀の上を陣取っている猫相手に言い切った。初めはとぼけるように「にゃぁー」と鳴いていた猫も、熱烈な視線に諦めたのか、揺れていた尾はいつのまにか二本に増えている。

「わかっちゃいました?」

 猫の姿をしっかり見たことはないが、これは苧環だと直感が告げていた。妖のカン、もしくは本能とでも言うのだろうか。

「わたくし妖としては未熟よ。でも、あまりにも侮っていると遅れをとるかもしれないわね」

「ちっ、可愛くない奴」

 悪態をつく猫の苧環は非常に可愛らしかった――というのは胸に秘めておく。

「どういうつもり? お父様に知れたら不味いのではないかしら」

 半永久的に無賃金でこき使うとはいえ、仮にも桜子を撃った張本人である。それを無月が知ったら良い顔はしないのでは――そう考えていただけに、うんざりしながら告げられた言葉に驚かされる。

「不味いも何も、そのお父様からの命令なんで」

「どういうこと?」

「自分で言うのもなんですが、わたくし監視役にはうってつけじゃないですか? 猫又ですし分身も可能で、疲れても一人で交代出来ますし」

「いえ、あなたの有能性についてではなく……。それはわかったから、どうして見張る必要が?」

「気付いてないんですか、ご自分の微妙で危険な立場ってやつに」

「わたくしが?」

 はい、と苧環のそっけない返答に答えを急かしていた。

「あ、ちょっと待ってくださいね。このままだと、お嬢様が猫と会話する可哀想な子になってしまいますから」

 そう言って塀から飛び降りた猫の苧環は着地すると人間に姿を変える。幸い周囲に人間はおらず騒ぎにはならなかった。

「で、どこまで話しましたっけ?」

「わたくしが微妙な立場というところよ」

 早く続きをと催促すれば、やんわりと帰路を促された。一日中監視していたとしたら、彼も早く帰って羽を伸ばしたいのだろう。

「お嬢様は至って普通の妖ですし、人間が妖になることもあり得ないことじゃない。けど千年生きた妖の力を宿したなんて異例でから。妖だって千年生きるのは簡単なことじゃない」

「……何が言いたいの?」

 そう言いながら、先の言葉には思い当たる節がある。当然、桜子には馴染みのない感覚ではあるが。

「つまりご馳走ということです。わたくしだって、いっそ食べてやれたら――」

 妖は強者を食らえば強くなれるという。それを嘘とも本当とも判断しかねる桜子には切り捨てることが出来ないが、受け入れられるものではなかった。ただ「からかわないで」と語気を強めて反論するだけに終わる。

「ああ怖い。っていうか、お嬢様もあれから態度変わりましたよね。ああ、わたくしって可哀想。ま、自業自得ってやつか」

 自覚していたのかとむしろ驚いた桜子である。

「そんなわけで、か弱いお嬢様が妖に襲われないよう傍に控えていろと。有事の際は環を走らせ、わたくしは体張って守れとか妖使い粗すぎだろっ」

 吐き捨てるように言った苧環は燕尾服の胸元に隠している銃をちらつかせた。

「あなたも、それを持って……」

 知らず桜子は身震いしていた。刀や薙刀とは違う、離れた場所からでも一発で死に至らしめる武器。桜子に致命傷を与えたものであり、恐怖心を抱かないというのは無理な話である。

「ご心配なく、もうお嬢様に向けたりしませんよ。わたくしも自分の身が一番なんで。でもお嬢様を守るのに手ぶらじゃいられませんし?」

 本人いわく、戦闘能力にはあまり期待するなとのことだ。

「苧環はそっ!」

 苧環はそれでいいの?

 聞こうとした言葉は不自然に途切れ桜子の肩が跳ねる。その拍子に足も止まっていた。縫い付けられたように立ちつくし嫌な汗が伝う。

 そういえば、これも変化だったかと思い出された。

 何の変哲もない道、そこには目玉が浮いている。西瓜ほどの大きさで、どう形容しても目玉だ。それ以外に表現のしようがない。

 凝視していると相手(?)と視線がぶつかってしまった。けれどしゃべるわけでもなく、近寄ってくるわけでもない。

 不気味になって桜子が視線を逸らすと、隣では苧環が愉快そうに笑いを零している。

「あんなのに脅えるとは可愛らしいことで。お望みとあらば撃ち落としましょうか?」

「止めて!」

 銃の話をしていたせいか過敏になっていた。懐に手が伸びているわけでもないのに、慌てて苧環の腕を押さえる。

「何もしていない……」

 何もしていない、ただそこに在るだけ――

 桜子の目には時折おかしな物が映る。それはこれまで見たこともないような異質なものが。

「あれも、妖……」

「ご名答。いちいち脅えてもしょうがない」

 早く慣れてしまえと呆れられる。それは心配ではなく忠告だ。

「……わかってる。もう、行きましょう」

 強がりを見破られないように、まるで興味がないように早足で進んだ。黙って横を通るが、目玉の妖は何もしてこなかった。ずっと漂っているだけで、すぐに視界から消えてしまった。

 角を曲がり完全に姿が見えなくなると、苧環に見つからないよう張り詰めていた息を吐く。慣れるにはまだ時間が必要だと自覚して宵闇家への帰路を急いだ。正直に言えば、一人でないことに心強さを感じながら。

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