第5夜 白い鳥の影
夜。
街の灯りが静かに輝いていた。
黒崎蓮は営業車を運転しながら考えていた。
信号待ち。
ハンドルに手を置いたまま、小さく呟く。
「ブラン……か。」
あの日から数日。
蓮は仕事の合間や夜の時間を使い、独自に調査を続けていた。
だが分かったことは少ない。
白い鳥のマーク。
ブランという名前。
そして犯罪の裏にいるらしいこと。
それだけだった。
信号が青になる。
蓮はアクセルを踏んだ。
その時だった。
ラジオからニュースが流れる。
『市内で中学生の行方不明事件が発生しています。』
蓮の表情が変わる。
『三日前から連絡が取れなくなっており――』
ラジオを切る。
嫌な予感がした。
その日の夜。
ノワールナイトは街へ出ていた。
黒いコート。
黒いマスク。
夜風が裾を揺らす。
ワイヤーガジェットを射出。
シュッ!
ビルの屋上へ飛び移る。
そのまま次の建物へ。
さらに次へ。
夜の街を黒い影が駆け抜ける。
聞き込みを続ける中で、一つの情報が耳に入った。
「最近、港の古い倉庫に怪しい連中が出入りしてる。」
ホームレスの老人の言葉だった。
「白い鳥のマークを見た。」
その瞬間。
蓮は決めた。
「そこだな。」
港湾地区。
人気のない倉庫街。
海風が吹く。
遠くで波の音が聞こえる。
ノワールナイトは高いクレーンの上から倉庫を見下ろしていた。
双眼レンズを起動する。
倉庫の周囲には男が数人。
見張りだ。
そして。
一台のワゴン車。
「当たりか。」
ノワールナイトはワイヤーを撃ち出した。
シュッ!
身体が宙へ飛ぶ。
そのまま屋根へ着地。
音はほとんどない。
倉庫の天窓から中を覗く。
男が六人。
そして。
奥に縛られた少女。
中学生くらいだった。
ノワールナイトの目が鋭くなる。
「やっぱりな。」
男たちの会話が聞こえる。
「明日の引き渡しだ。」
「ブランの連中も来るらしいぞ。」
「へへっ、高く売れそうだ。」
その瞬間。
蓮の中で何かが切れた。
だが。
父の言葉がよぎる。
――怒りだけで拳を振るうな。
ノワールナイトは深く息を吐いた。
そして。
スモークカプセルを取り出した。
ポイッ。
コロコロ。
男の足元へ転がる。
「ん?」
次の瞬間。
ボンッ!!
白煙が倉庫を包み込んだ。
「なんだ!?」
「煙だ!」
「誰かいるぞ!」
混乱。
その中へ。
黒い影が降り立った。
ドンッ!
「がっ!?」
最初の男が吹き飛ぶ。
続けて。
バキッ!
二人目。
ゴッ!
三人目。
一瞬だった。
「ノワールナイトだ!」
誰かが叫ぶ。
男たちは武器を抜いた。
鉄パイプ。
ナイフ。
スタンガン。
しかし。
ノワールナイトは止まらない。
踏み込む。
肘打ち。
回し蹴り。
投げ技。
男たちは次々と床へ転がっていく。
「化け物か!」
一人がナイフを振り下ろす。
その瞬間。
シュッ!
フェザーブレードが飛ぶ。
キィン!
ナイフだけが弾き飛ばされた。
男は目を見開く。
「なっ――」
ドゴッ!!
腹へ拳が突き刺さる。
男は崩れ落ちた。
残るは二人。
そのうち一人が拳銃を抜く。
「死ねぇ!」
パン!
銃声。
だが。
ノワールナイトは横へ飛ぶ。
ワイヤーを射出。
身体が空中へ舞う。
「消えた!?」
男が見上げる。
その時にはもう遅かった。
上から蹴りが落ちる。
ドゴォッ!!
男は床へ沈んだ。
最後の一人。
完全に腰が引けている。
「来るな!」
「来るな!」
ノワールナイトは静かに近づく。
男は逃げようとする。
しかし。
足元へフェザーブレード。
シュッ!
男のズボンの裾が床へ縫い付けられる。
「ひぃっ!?」
動けない。
ノワールナイトは少女のロープを切った。
「大丈夫か。」
少女は震えながら頷く。
「うん……。」
「もう安全だ。」
少女の目から涙がこぼれた。
「ありがとう……。」
ノワールナイトは小さく頷く。
その時だった。
倒れた男のポケットから何かが落ちる。
ヒラリ。
白いカード。
ノワールナイトはそれを拾い上げた。
見覚えがあった。
白い鳥の紋章。
第4話で見たものと同じ。
「またこれか……。」
カードを裏返す。
そこには小さな文字。
【BLANC】
静かに言う。
「ブラン……。」
やはり実在する。
都市伝説ではない。
誰かがいる。
組織がある。
そして今も街の裏で動いている。
遠くからサイレンの音が聞こえ始めた。
ノワールナイトは少女を見る。
「警察が来る。」
「もう大丈夫だ。」
少女は涙を拭きながら言った。
「あなたは誰なの?」
「ただの通りすがりだ。」
その時。
拍手が響いた。
パチ。
パチ。
パチ。
「素晴らしい。」
ノワールナイトの動きが止まる。
暗闇の奥。
一人の男が歩いてくる。
黒い戦闘服。
顔を隠すマスク。
胸元には白い鳥。
「……誰だ。」
男は静かに答える。
「レイヴン。」
空気が変わる。
「ブラン直属暗殺部隊。」
「お前を処理する。」
ノワールナイトは少女を背中に隠す。
「来い。」
一瞬。
消えた。
次の瞬間。
キィン!
金属音。
ナイフ。
ノワールナイトのフェザーブレードが防ぐ。
「……速いな。」
レイヴン隊員は無表情。
「噂以上だ。」
ノワールナイトが踏み込む。
拳。
蹴り。
連続攻撃。
しかし。
簡単には当たらない。
レイヴン隊員は無駄な動きがない。
一撃一撃を確実に避ける。
「こいつ……。」
今までの敵とは違う。
技術。
判断力。
全てが上だった。
レイヴン隊員がナイフを振る。
ノワールナイトはフェザーブレードで受ける。
キィン!
火花が散る。
そのまま距離を取る。
ノワールナイトはスモークカプセルを投げた。
ボンッ!
白煙が広がる。
視界が消える。
その隙に。
ワイヤーガジェット。
シュッ!
天井へ。
空中から奇襲。
しかし。
レイヴン隊員は気配だけで反応した。
「そこか。」
シュッ!
ナイフが飛ぶ。
ワイヤーが切れる。
「……!」
ノワールナイトは落下。
だが。
空中で体勢を整える。
着地。
その瞬間。
レイヴン隊員が迫る。
速い。
拳。
蹴り。
連撃。
蓮は防ぐ。
しかし。
押されていく。
「強い……。」
初めてだった。
装備だけでは勝てない相手。
ノワールナイトは一度距離を取る。
そして。
フェザーブレードを構える。
レイヴン隊員が踏み込む。
その瞬間。
ノワールナイトは刃を投げる。
狙いは――
敵ではない。
床。
フェザーブレードが柱を切断する。
ガタン!
大量の資材が崩れ落ちる。
レイヴン隊員が一瞬だけ動きを止める。
その隙。
ノワールナイトは一気に踏み込む。
拳。
蹴り。
最後に。
ドンッ!
レイヴン隊員が床に倒れる。
静かな倉庫。
ノワールナイトが近づく。
「終わりだ。」
と思った瞬間――
隊員が煙幕を発生。
「……今回はデータ収集だ。」
「次は違う。」
煙の中。
姿が消える。
「お前たちは……何者なんだ。」
翌朝。
相馬モータース。
地下工房。
蓮は椅子に座っていた。
相馬が傷の手当てをする。
いつもなら冷静な相馬。
しかし。
今日は違った。
「……誰にやられた。」
蓮は黙る。
「……レイヴンか。」
その名前を聞いた瞬間。
相馬の手が止まった。
「……まだ残っていたのか。」
「知ってるのか?」
「……ああ。」
「忘れたくても、忘れられない名前だ。」
蓮が見る。
「相馬さん。」
しかし相馬はまだ言わない。
「今はまだ話せない。」
そして。
机の上。
蓮が拾った白い羽。
相馬はそれを見る。
小さく呟いた。
「……あいつらが動いたか。」
地下工房。
静かな空気。
そして。
街のどこか。
白い鳥の紋章が光っていた。




