第41夜 絶望の始まり
――影都ドーム。
大勢の観客が集まる中、ステージの中央に一人の男が立っていた。
黒羽零司。
その姿は、ドーム内だけでなく、街中の大型スクリーンにも映し出されていた。
黒羽はマイクを手に取り、静かに口を開いた。
「私は黒羽零司。RAVENという組織の隊長を務めている」
突然の発言に、観客たちがざわめいた。
「RAVEN……?」
「あの犯罪組織の……?」
黒羽は薄く笑った。
「先日、私は神崎という刑事を捕らえた。そして、面白いものを見つけてな……」
黒羽は、一枚の紙を取り出した。
「ノワールナイトの真実だ……」
ドーム内が静まり返る。
黒羽は、紙に目を落とした。
「せっかくだ。ここにいる全員に聞いてもらおう」
そして、読み上げ始めた。
『この手紙を読んでいる者へ。
俺は、刑事の神崎だ。
これから書くことは、俺自身が犯した過ちについてだ』
観客たちが息を呑む。
――監獄。
薄暗い牢屋の中。
床に横たわっていた蓮が、ゆっくりと目を覚ました。
「……うっ……」
全身に激痛が走る。
体を起こそうとしたが、思うように力が入らなかった。
「……ここは……」
周囲を見渡す。
そこは、鉄格子に囲まれた牢屋だった。
ノワールナイトのスーツは剥ぎ取られ、蓮は囚人服に着替えさせられていた。
「目が覚めたか……?」
声のした方を見る。
そこには、何人もの警官たちがいた。
RAVENに捕らえられ、行方不明になっていた警官たちだ。
その中に、神崎の姿もあった。
「君は……蓮くんか?」
「……神崎さん……?」
神崎は驚いたように蓮を見つめた。
「一体、何があったんだ? なぜ君がここに……」
蓮は答えようとしたが、全身の痛みに顔を歪めた。
その時、牢屋の壁に設置されたテレビから、黒羽の声が響いた。
『俺は、かつてノワールナイトを利用した。
そして、あいつに警官殺しの罪を着せた』
「……!」
警官たちの視線が、一斉に神崎へ向けられた。
テレビの中で、黒羽は手紙を読み続けていた。
『デビルが引き起こした事件。
そして、高瀬英雄という警官の死。』
神崎は、静かに目を伏せた。
『あの事件で、俺はノワールナイトに罪を着せることを選んだ。
あいつは、自分が悪者になることで、警察の正義を守ろうとした。
俺は、その覚悟に甘えた。
あいつがどれほどのものを背負うことになるのか、分かっていながら……
結果として、英雄は命を落とした』
警官たちは言葉を失った。
『だが、ノワールナイトは英雄を殺したわけではない。
あいつは、自分が悪者になることを承知で、俺たち警察を守ろうとしたんだ』
『ノワールナイトは、俺に言った。
自分を警官殺しに仕立て上げろ、と』
黒羽の声が、街中に響く。
『この街の治安を守るために。
警察が正義に屈したと思われないために。
あいつは、自分が罪を背負うことを選んだ』
――監獄。
「そんな……」
一人の警官が呟いた。
「俺たちは、ずっとあの人を犯罪者だと思っていたのか……?」
神崎は拳を握り締めた。
テレビから、再び声が響く。
『俺は、ノワールナイトに罪を着せることで、あいつを利用した。
あいつがどれほど苦しんでいたのかも、考えようとしなかった。
俺は……最低な人間だ』
神崎は目を閉じた。
『近いうちに、俺は警察を辞めるつもりだった。
だが、辞めるだけで済む話ではない。
俺が犯した過ちは、決して消えない』
しばらくの沈黙。
そして、手紙は最後の言葉へと続いた。
『ノワールナイトは、ヒーローではないのかもしれない。
あいつ自身が、そう言っていた。
だが、俺は知っている。
あいつが、誰よりも人々の命を守ろうとしていたことを。
自分がどれほど傷つこうとも、誰かを救おうとしていたことを。
あいつは、自分の正義を誰かに押しつけようとはしなかった。
ただ、目の前にいる人間を救おうとしていた。
俺たち警察が守るべきものを、あいつは一人で背負おうとしていたんだ。
ノワールナイト。
俺は、お前に謝らなければならない。
本当に……すまなかった』
黒羽は、読み終えた手紙をゆっくりと下ろした。
ドーム内には、沈黙が広がっていた。
やがて、観客の一人が呟いた。
「……じゃあ、ノワールナイトは……」
別の観客が続ける。
「警官殺しなんかじゃなかったのか……?」
街中のスクリーンを見つめる人々も、困惑していた。
――監獄。
「……この内容は、すべて事実だ」
神崎が静かに口を開いた。
警官たちが神崎を見つめる。
「俺はノワールナイトを利用した最低な人間だ」
神崎は拳を握り締めた。
「……すまなかった」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
蓮は、黙ってテレビを見つめていた。
自分が背負ってきた罪。
それを知った人々が、今、何を思っているのか。
蓮には分からなかった。
ただ、神崎の言葉が胸に重く響いていた。
――影都ドーム。
黒羽は、観客たちを見渡した。
「お前たちの信用している警察なんてものは、所詮こんな奴らの集まりだ……」
「さて……本題に入るとしよう……」
口元に笑みを浮かべる。
「この街は、これから我々BLANCのものになる」
観客たちが、再びざわめき始めた。
「BLANCだと……?」
「一体、何をするつもりだ!」
黒羽は、ゆっくりと告げた。
「邪魔な人間どもには、死んでもらうことにしたよ……」
一瞬の沈黙。
そして――
「皆殺しだ……」
ドーム内が騒然となった。
「街のあらゆる場所に爆弾と毒ガスを仕掛けておいた」
黒羽は手元のスイッチを掲げた。
「その起爆スイッチは、誰が持っていると思う?」
観客たちは、恐怖に顔を引きつらせた。
「ちなみに、俺は持っていない……」
黒羽は愉快そうに笑った。
「誰か一人でも、この街から逃げ出そうとすれば、スイッチは即座に押されるだろう」
「そ、そんな……!」
「無能な警察や軍は、橋を見張っていることだな」
黒羽は、観客たちを見上げた。
「俺たちは常に、お前たちの行動を見張っている。妙な真似はしないことだ」
そして、薄く笑う。
「死を受け入れ、残された時間を大切に過ごすんだな」
黒羽はスイッチに目を落とした。
「そうだな……何もなければ、二十四時間後にこの街を爆破してやろう」
観客たちが息を呑む。
黒羽は、手にしたスイッチを見つめた。
「まずは……信じてもらうためにも、ここからだ」
カチッ。
次の瞬間――
ドゴォォォン!!
爆発音がドーム内に響き渡った。
観客席の一部が爆破され、煙と破片が舞い上がる。
「きゃああああっ!!」
「逃げろ! 早く逃げるんだ!」
観客たちは一斉に出口へと殺到した。
ドーム内は、たちまちパニックに陥った。
その光景を、黒羽は静かに見つめていた。
やがて、何事もなかったかのように背を向ける。
「行くぞ」
「はっ!」
黒羽は部下たちを引き連れ、ドームを後にした。
通路を歩きながら、黒羽は部下の一人に命じた。
「この街の犯罪者どもを解放しろ」
「……了解」
黒羽は足を止めることなく、静かに歩き続けた。
影都の崩壊は、すでに始まっていた。




