第38夜 接近
――夜。
街を見下ろす、ビルの屋上。
ノワールナイトは、神崎隼人と小郷勇気の二人と向かい合っていた。
「この街で、まだ襲われていない銀行は二件ある」
神崎が口を開く。
「RAVENは、必ずどちらかを襲いに来るはずだ」
「俺たちがそれぞれ別の銀行に張り込みます。信頼できる部下も連れていきます」
小郷が続けた。
「RAVENが現れた瞬間、ノワールナイトに連絡する。ニュースになる前にな」
神崎はノワールナイトを見た。
「上には報告しない。あんたの邪魔をさせるつもりはない」
「……」
「奴らが銀行を襲ったら、そのまま追跡してくれ。俺たちは一般人がなるべく巻き込まれないようにする」
「俺が人質になってもいい」
神崎は迷いなく言った。
「それなら一石二鳥だろ」
ノワールナイトは、しばらく黙っていた。
「……分かった」
――翌朝。
相馬モータース。
店の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
ショートヘアの、すらりとした長身の女性だった。
「あの、すみません」
整備をしていた蓮が顔を上げる。
「どうかしましたか?」
「バイクが急に動かなくなっちゃって……」
「ちょっと見てみますね」
蓮はバイクを確認した。
「ああ、これが外れているだけですね」
手際よく部品を直す。
「これで大丈夫です」
エンジンをかけると、バイクは問題なく動き出した。
「すごい! ありがとうございます!」
女性は嬉しそうに笑った。
「お兄さんは、バイクに乗られるんですか?」
「ええ、まあ」
「修理もできるなんて、すごいですね。尊敬します」
「いえいえ、それほどでも」
女性は少し考えたあと、口を開いた。
「あの、もしよかったら……今夜、ツーリングでもどうですか?」
「……今夜ですか?」
「やっぱり、迷惑ですよね」
「い、いえ……」
蓮が返事に困っていると、奥から相馬が顔を出した。
「行ってこいよ」
「相馬さん?」
「今夜じゃなくても、昼からでもいいですよ」
女性が笑顔で言った。
「昼は仕事だろ」
相馬が蓮に視線を向ける。
「今まで一人でやってきたんだ。今日ぐらい大丈夫だ」
「勝手に……」
「お嬢さん、こいつとツーリングに行ってやってくれ」
「分かりました!」
女性は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、十三時頃にここに来ますね。ちなみに、私は白井エマです」
「黒崎蓮です。よろしくお願いします」
「はい! それでは、また」
エマは店を出ていった。
蓮は相馬を振り返った。
「相馬さん、勝手に話を進めるなよ」
「いいじゃないか」
相馬は工具を手に取りながら言った。
「あれ以来、お前は自分の殻に閉じこもってばかりだ」
「……」
「お前がノワールナイトのとき以外に外に出るなら、相手が猿だっていい」
「なんだよ、それ……」
蓮は思わず小さく笑った。
「とにかく、楽しめってことだ」
相馬も、わずかに笑みを浮かべた。
――十三時。
街の郊外。
蓮とエマは、それぞれのバイクで走っていた。
やがて二人は、街を一望できる高台にたどり着いた。
「ここの景色、きれいですね」
エマは眼下に広がる街を見つめた。
「お気に入りの場所なんです」
「そうなんですね」
しばらく、二人は黙って景色を眺めていた。
「私、この街が好きなんです」
エマが静かに口を開いた。
「でも、この街では犯罪が増えていく一方……。どんどん住みづらくなっていく」
蓮は黙って聞いていた。
「かつて、この街を守るヒーローがいました」
エマは街から目を離さなかった。
「でも、彼も去ってしまった……。この街を見捨てて」
蓮は静かにうつむいた。
「……」
「それでも、私はこの街が好きです」
エマは蓮に視線を向けた。
「黒崎さんは?」
「俺も……この街は……」
蓮は、再び街を見つめた。
「黒崎さん……私と一緒にこの街を出ませんか?」
「え……?」
「噂に聞いたんですが、この街はいずれ壊滅するそうです……」
「誰からそんな話を?」
「いえ、風の噂なので、気にしないでください……」
「……」
蓮は眼下の街を見つめた。
確かに、この街に住み続けることは、今は危険なのかもしれない。
ここを離れることが、賢明な判断なのかもしれない。
それでも――。
「でも、俺にはやるべきことがあるので、この街を出ることはできません」
蓮は真剣な表情で言った。
「やるべきこと……?」
「……」
蓮は答えず、街を見つめ続けた。
「……この街は、必ず良くなる」
「え?」
「だから、いつかそうなったら、また戻ってきてください」
エマは一瞬、蓮を見つめた。
そして、くすくすと笑い始めた。
「黒崎さんって、面白い方ですね」
「……何がですか?」
「実は、全部冗談です」
「冗談って……」
「からかわないでくださいよ」
「ふふ、ごめんなさい」
エマは笑顔を浮かべた。
「そろそろ寒くなってきたので、帰りましょうか」
「そうですね」
――帰り際。
二人は、それぞれのバイクのそばに立っていた。
「あの……」
エマが口を開いた。
「また会ってもらえますかね?」
「そちらがよければ……」
蓮が答えると、エマは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。それじゃ、また」
「はい……」
二人は別々の方向へ走り出した。
――夕方。
相馬モータース。
蓮は店先で、バイクの整備をしていた。
そのとき、専用携帯が鳴った。
画面には、小郷勇気の名前が表示されている。
「……もしもし」
『ノワールナイト、RAVENが動き出した』
蓮の手が止まった。
『俺と神崎さんは、二手に分かれて銀行に張り込んでいた。俺が見張っていた銀行に、奴らが現れた』
「神崎さんのほうは?」
『まだ連絡はない。だが、こっちのRAVENは銀行から人質を連れて、バイクで逃走した』
「分かった。追跡する」
蓮は携帯を切った。
――銀行。
店内では、神崎が部下とともに状況を見守っていた。
「本当に上に連絡しなくていいのでしょうか?」
部下が小声で尋ねた。
「俺たちが下手に動くより、ノワールナイトに任せるのが確実だ」
「……あの警官殺しのノワールナイトを信じるんですか?」
「ああ」
神崎は迷いなく答えた。
「ノワールナイトなら大丈夫だ」
そのときだった。
銀行の入口が開いた。
黒い装備に身を包んだ男たちが、次々と店内に踏み込んでくる。
RAVENだった。
「全員、動くな!」
銃を向けられ、銀行内に悲鳴が響いた。
神崎は部下に目配せし、無線を手に取った。
『こちらにもRAVENが現れた』
小さく、静かな声だった。
『もし何かあれば、俺が責任を取る。だから今回は、ノワールナイトに任せてみよう』
通信を終えた神崎は、ゆっくりと立ち上がった。
「俺が人質になろう」
RAVENの男が神崎を見た。
「ほう……。たくましいじゃないか」
男は神崎に近づき、腕をつかんだ。
「連れていけ」
神崎は抵抗しなかった。
やがて、数人の人質とともにバイクの後部座席へ乗せられる。
RAVENの男たちは、そのまま銀行を後にした。
街を走るバイクの上。
神崎は、背後に座る男の声を聞いた。
「貴様、刑事の神崎だな」
「……何?」
「俺たちが来るのを、ずっと待っていたんだろう?」
男が低く笑った。
「お前は特別に、アジトまで連れていってやるよ」
バイクは速度を上げた。
RAVENは、警察がどこで待ち伏せしているか分からない以上、すぐに人質を解放するわけにはいかなかった。
警察の追跡を警戒し、人質を連れたまま逃走を続ける。
やがて、後方に警察の姿がないことを確認した男たちは、ようやく人質を解放し始めた。
途中、ほかの人質たちは次々と振り落とされ、道路脇に倒れ込んでいく。
だが、神崎だけは違った。
「こいつは連れていく。警察の人間だからな」
神崎は何も言わず、男たちに連れ去られていった。
――その頃。
黒崎蓮は、夜の街を走っていた。
黒いバイクが、闇を切り裂く。
行く手に待ち受けるのは、RAVEN。
そして、その先にいる黒羽零司。
蓮はアクセルを握り込んだ。
ノワールナイトが動き出す。




