第37夜 相棒
――相馬モータース。
昼。
店の扉が開いた。
「すみません」
店内に、一人の警察官が入ってきた。
整備中の相馬が顔を上げる。
「いらっしゃい。何か用か?」
「黒崎蓮さんはいますか?」
その名前を聞き、相馬の手が止まった。
「……蓮に何の用だ?」
「少し話がありまして」
警察官は、穏やかな笑みを浮かべた。
その頃、奥の部屋から蓮が姿を現した。
「相馬さん、どうかした?」
警察官は蓮を見ると、笑顔で近づいてきた。
「やあ。君が黒崎蓮だね?」
「あ、はい。そうですけど……」
「俺は小郷勇気。警察官だ」
勇気は警察手帳を見せた。
蓮は、それを確認する。
「……それで、俺に何の用ですか?」
勇気は周囲を見回したあと、蓮に視線を戻した。
「君、ノワールナイトだね?」
「え?」
蓮は一瞬、言葉に詰まった。
「いや、普通に違いますけど……」
「ははっ。そうか」
勇気は笑った。
「じゃあ、昨夜の銀行強盗の現場にいたのも偶然かな?」
「……何のことです?」
「昨夜、君が銀行強盗を追いかけていたのを見たんだ」
勇気は蓮をじっと見つめた。
「みんな、三年ぶりに現れたノワールナイトに夢中になって、肝心の強盗たちを見逃してしまった。まったく、笑えない話だよ」
「それは警察の問題でしょう」
「確かに。耳が痛いね」
勇気は苦笑した。
「でも、俺にはどうしても気になることがあってね」
「……何です?」
「以前、銀行強盗を退治する君の映像を見たことがあるんだ」
蓮の目がわずかに動いた。
「君の戦い方と、ノワールナイトの戦い方がかなり似ていた」
勇気は一歩、蓮に近づいた。
「そして、昨夜の君も同じだった」
「……」
「それに、目を見れば分かる。君は嘘をつけない目をしている」
「……買いかぶりすぎですよ」
「そうかな?」
勇気は笑みを浮かべた。
「安心してくれ、それに気づいているのは、今のところ俺だけだ。」
蓮は黙ったまま、勇気を見つめていた。
「……何が目的ですか?」
「君と話がしたいんだ」
「話?」
「そう。外では、少しずつ犯罪が増えている。RAVENの部隊も動き始めた。これから、この街はもっと危険になるかもしれない」
勇気の表情から笑みが消えた。
「そんな状況で、君はいつまで正体を隠し続けるつもりだ?」
「……だから、俺はノワールナイトじゃありません」
「そうか」
勇気は静かに頷いた。
そして、真剣な顔で告げた。
「なら、協力する気がないということだな。場合によっては、今ここで逮捕することもできる」
店内の空気が張り詰めた。
蓮の目つきが変わる。
「……本気ですか?」
「ああ」
二人は、しばらく視線を交わした。
やがて、勇気はふっと表情を和らげた。
「まあ、立ち話もなんだ。とりあえずドライブでもしよう。ゆっくり話したい」
「……分かりました」
蓮は小さく息を吐いた。
「ただし、俺がノワールナイトだと認めたわけじゃありませんからね」
「もちろん。そういうことにしておこう」
勇気は楽しそうに笑った。
――街中。
パトカーが走っていた。
運転席には勇気。
助手席には蓮が座っている。
「……まさか、警察官とパトカーに乗ってドライブすることになるとは思いませんでした」
蓮が窓の外を眺めながら呟いた。
「そうか? 俺はなかなか楽しいけどね」
「俺は全然楽しくありません」
「はははっ!」
勇気は声を上げて笑った。
やがて、表情を引き締める。
「……君は、警官を殺してなんかいない」
蓮の視線が動いた。
「何か理由があるんだろ?」
「……」
「無理に話せとは言わない。ただ、俺は君が犯人だとは思っていない」
勇気は前を見たまま続けた。
「君の目を見ていると、どうしてもそう思えないんだ」
蓮は何も答えなかった。
しばらく、車内に沈黙が流れた。
「……なぜ、ノワールナイトを始めようと思った?」
蓮は窓の外へ目を向けた。
「かつて、父がこの街を救おうとした。その意思を引き継いだんです」
「お父さんが……」
「それに、俺がまだ小さかった頃、大きな悪の組織をたった一人で壊滅させた男がいた」
蓮は静かに続けた。
「その男は父じゃない。でも、その後、姿を現すことはなかった……」
一瞬、言葉が途切れる。
「そのニュースを見て、俺もいつか、あの男みたいに強くなりたいと思ったんです」
勇気は何も言わず、耳を傾けていた。
「そして父さんの死がきっかけで、ノワールナイトとして活動を始めました」
「奇遇だな。俺もそのニュースの男がきっかけで警察官を目指すようになったんだ。」
「……そうなんですね。」
蓮は、窓の外を見つめたまま言った。
「だけど、この街には、俺のようなマスクを被った人間じゃなく、顔の見えるヒーローが必要なんです」
「……顔の見えるヒーロー?」
「あなたたちのような警察官が」
蓮は勇気を見つめた。
「ヒーローなんて、マスクを被れば誰だってなれる。大切な人を守るために、マスクを被る……」
そして、静かに言った。
「でも、あなたたちのような警察官は、そうそうなれるもんじゃない。この街には、貴重な存在です」
勇気は少しだけ寂しそうに笑った。
「そんなことないさ」
「……」
「マスクを被ったヒーローだって必要さ。少なくとも、今の影都は必要としてる」
「俺の息子だって、そうさ」
「息子にとって、君はヒーローだ」
蓮は黙って勇気を見つめた。
「警察だけじゃ、守りきれないものもある。君が守ってきたものだって、きっとあるはずだ」
勇気は前を向いたまま言った。
「だから、俺たちは互いに必要なんじゃないかな」
蓮は、ゆっくりと視線を落とした。
「……そうかもしれませんね」
パトカーは、静かに街を走り続けた。
やがて、勇気が口を開いた。
「さて。話を変えよう」
表情が真剣なものに変わる。
「今回の銀行強盗だが、BLANCという組織が率いるRAVENという暗殺部隊。奴らが完全に関係している」
「やはり……」
「この三年間、目立った行動はなかった。だが、今になって動き出した」
勇気はハンドルを握り直した。
「何かを企んでいるというより、着実に計画を進めている。俺には、そんな気がするんだ」
「……銀行を襲う理由は?」
「まだ分からない。金が目的なのか、それとも別の何かがあるのか……」
勇気は少し考え込んだ。
「ただ、今回の事件は始まりにすぎないのかもしれない」
蓮は窓の外を見つめた。
三年ぶりに姿を現したRAVEN。
そして、再び動き始めた自分。
偶然とは思えなかった。
「君も考えは一緒なはずだ」
勇気が言った。
「一緒にBLANCを追い詰め、この街を救ってやろう」
蓮は、勇気へ視線を向けた。
「……分かりました」
静かに頷く。
「協力しましょう」
「よし!」
勇気は笑顔を浮かべた。
「これからよろしくな、蓮くん!」
「……こちらこそ」
パトカーは、夕暮れの街を走り続けた。
三年の沈黙を破り、再び動き出したノワールナイト。
その隣には、彼を信じようとする一人の警察官がいた。
二人の出会いが、影都の未来を大きく変えていくことになる。
そして、その頃――。
暗闇に包まれた部屋。
一人の男が、机の上に置かれた報告書を見つめていた。
そこには、黒い鳥の紋章が刻まれている。
男は静かに口を開いた。
「……ノワールナイトが戻ったか」
低い声が、部屋に響く。
「構わん。計画を続けろ」
男の口元に、薄い笑みが浮かんだ。
――RAVEN隊長、黒羽零司。
その計画は、着実に進められていた。
※BLANCの白い鳥は翼を広げた優雅な紋章、RAVENの黒い鳥は鋭いくちばしと閉じた翼を持つ紋章




