第27夜 別れの予感
朝。
黒崎蓮は、久しぶりに会社へ向かっていた。
しばらく事件が続き、休みがちになっていた。
会社の入り口で、蓮は小さく頭を下げる。
「……ご迷惑おかけしました」
「もう大丈夫なのか?」
「はい。もう大丈夫です」
そう答え、蓮は自分の席へ向かった。
久しぶりの日常。
仕事をして、同僚と話し、定時になれば帰る。
ノワールナイトではない、黒崎蓮としての時間。
それが、少しだけ懐かしく感じられた。
――夜。
映画館。
蓮は美咲と並んで座っていた。
上映が始まる。
美咲は楽しそうにスクリーンを見つめている。
蓮も映画を見ながら、久しぶりに穏やかな時間を過ごしていた。
やがて映画が終わる。
「面白かったね」
「ああ」
美咲が笑う。
その時だった。
――ブブッ。
蓮のポケットの中で、携帯が震えた。
蓮は一瞬、動きを止める。
美咲は気づいていない。
蓮はゆっくりと携帯を取り出した。
画面には、短い文章が表示されていた。
『事件発生』
蓮の視線が止まる。
ノワールナイトとして活動する際、事件を知らせるために持っている専用の携帯だった。
蓮は画面を見つめる。
美咲を見る。
少し期待するような表情で、こちらを見ている。
「……」
蓮は迷った。
今日は、美咲との時間を大切にしたい。
だが――
事件は、今この瞬間にも起きている。
蓮は携帯を握りしめる。
そして、小さく息を吐いた。
「……ごめん」
「え?」
「ちょっと、用事ができた」
美咲の表情が曇る。
「用事って……?」
「すぐ戻るから」
そう言って、蓮はその場を離れていく。
美咲は何も言えず、その背中を見つめていた。
――夜。
レストラン。
蓮は美咲の前に座っていた。
「この前はごめん」
「……ううん」
「今日は俺が予約したんだ」
蓮はそう言って笑う。
映画の日の埋め合わせ。
今度こそ、ちゃんと二人の時間を過ごそうと思っていた。
料理が運ばれてくる。
二人はしばらく会話をしていた。
少しずつ、いつもの空気が戻っていく。
その時だった。
――ブブッ。
再び携帯が震えた。
蓮の手が止まる。
美咲も、その音を聞いた。
蓮は携帯を見る。
画面には、また同じ表示。
『事件発生』
蓮は黙ったまま画面を見つめる。
美咲も何も言わない。
ただ、蓮の様子を見ている。
「……」
「また?」
蓮は顔を上げる。
「……ああ」
美咲は静かに尋ねた。
「また、どっかの誰かから連絡?」
「……」
蓮は答えない。
美咲は視線を落とす。
「これで何度目?」
「……」
「映画の時もそうだった」
蓮は何も言えない。
「私と会ってる時だけ、いつも何か起きるよね」
「……美咲」
「相手がいるなら、なんで私と会うの?」
蓮は黙ったままだった。
美咲の声が少し震える。
「あなたは何も教えてくれない」
「……」
「聞いても黙るだけ」
美咲はしばらく蓮を見つめる。
「信用したい」
蓮の視線が揺れる。
「でも……もう限界」
美咲は椅子から立ち上がった。
「待ってくれ」
蓮が初めて声をかける。
しかし、美咲は立ち止まらない。
「信頼されるかどうかは、自分の行動次第なの」
蓮は言葉を失う。
「本当のあなたが分からない」
美咲は少しだけ蓮を見る。
「……さようなら」
そう言って、美咲は店を出ていった。
蓮は、ただその背中を見つめていた。
追いかけることもできなかった。
何も言えなかった。
テーブルの上には、二人分の料理が残っている。
蓮はゆっくりと携帯を見る。
画面には、まだ『事件発生』の文字。
蓮は携帯を握りしめる。
そして――
その夜。
街のどこか。
一人の男が、夜景を見下ろしていた。
デビルだった。
その背後には、白い悪魔のマスクを被った男たち。
そして――
数匹のドーベルマン。
デビルは、楽しそうに笑う。
「さて……」
街を見下ろす。
「今夜は、少し派手に遊ぶとするか」
白い悪魔のマスクを被った男たちが、一斉に歩き出す。
デビルは高らかに笑った。
「ヒャハハハハハハ……!」
その声が、夜の街に響き渡った。




