第24夜
夜。
相馬モータース。
蓮の部屋の前に、相馬は立っていた。
扉を見つめる。
「どうだ、蓮」
返事はない。
「気分転換に、久々にツーリングでも行かないか?」
「……」
「気持ちいいぞ?」
やはり返事はない。
相馬は小さく息を吐いた。
「……入るぞ?」
ガチャッ。
扉を開ける。
部屋の中は暗かった。
カーテンも閉じられている。
ベッドの上では、蓮が布団に潜り込んでいた。
「蓮」
「……」
「いつまでそうしている気だ?」
「……」
蓮は扉を見る。
「鍵、掛けてただろ」
「どうやって……」
「ここは俺の家だぞ?」
蓮は何も答えない。
相馬はベッドへ近づく。
「いいから、出てこい」
「……もう、ほっといてくれ……」
その声には、力がなかった。
相馬はしばらく蓮を見つめる。
そして――
「……ったく」
布団を掴む。
「え?」
一気に引き剥がした。
「ちょっ……!」
「いつまで寝てるつもりだ!」
「相馬さん……」
「いいから、さっさと準備してこい!」
「でも……」
「でもじゃない!」
相馬は蓮の腕を掴み、無理やり立たせる。
「外に出るぞ」
「……分かったよ」
蓮はしぶしぶ立ち上がった。
* * *
しばらくして。
二人はバイクにまたがっていた。
エンジンが唸る。
そして――
夜の街へ走り出した。
風が頬を撫でる。
蓮は黙ったまま、前を見ていた。
しばらく走り続ける。
やがて――
二人は、山の上にある展望場所へ到着した。
バイクを降りる。
目の前には、街の明かりが広がっていた。
遠くまで続く無数の光。
蓮は、その景色を黙って見つめる。
相馬が隣に立った。
「ここは昼でも最高なんだ」
「……」
「お前の親父に教えてもらった穴場だ」
蓮がゆっくりと顔を上げる。
「父さんが……?」
「ああ」
相馬は街を見つめたまま続ける。
「昔な」
「お前の父親も、何度も人を救えなかった」
蓮は黙って聞いている。
「警察官だからな」
「どれだけ頑張っても、全部を救うなんてできない」
相馬は少し間を置いた。
「それでも、あいつは警察を辞めなかった」
蓮が相馬を見る。
「どうして……?」
「救えなかった人間がいたからこそ、次に救える人間を救うんだってな」
蓮は黙ったまま、相馬の言葉を聞いていた。
「お前の親父はな」
相馬が蓮を見る。
「一人も救えなかったことを恥じたんじゃない」
「……」
「一人でも救えたことを、誇りにしてた」
蓮の目が揺れる。
「……一人でも」
「ああ」
相馬は頷く。
「それが、あいつの考え方だった」
その瞬間――
蓮の脳裏に、遠い記憶が蘇った。
* * *
まだ幼かった頃。
庭に立つ蓮。
その手には木刀が握られていた。
向かいには、父・黒崎恒一。
「構えが甘い!」
「……!」
恒一が踏み込む。
「うわっ!」
蓮は地面に倒れる。
「立て!」
「……痛い……」
「立つんだ、蓮!」
蓮は涙を浮かべながら立ち上がる。
「男がそれぐらいで泣くな!」
恒一が木刀を構える。
「もう一度だ!」
「……はい!」
蓮が向かっていく。
しかし――
簡単にかわされる。
「遅い!」
ドサッ!
また地面に倒れる。
「やられても、すぐに立ち上がれ!」
蓮は涙を拭う。
立ち上がる。
「隙を見せるな!」
また向かっていく。
何度倒されても。
何度泣いても。
恒一は容赦なく蓮を鍛え続けた。
木刀だけではない。
投げ技。
受け身。
体の使い方。
何度も何度も繰り返した。
普段は優しい父親だった。
だが――
鍛えている時だけは、誰よりも厳しかった。
そして最後に。
恒一は蓮を見つめる。
「蓮!」
「はい!」
「正義を忘れるな!」
幼い蓮は涙を拭いながら、父を見つめる。
「自分の正義を貫けば――」
恒一は静かに続けた。
「お前はもっと強くなれる」
* * *
現在。
展望場所。
蓮は黙って街を見つめていた。
そして――
小さく呟く。
「……正義を忘れるな」
相馬が蓮を見る。
「……」
蓮は拳を握った。
「俺は……」
長い沈黙。
「何を勘違いしてたんだ」
相馬は何も言わず、蓮を見つめる。
「俺は、全員を救えるヒーローじゃない」
「……」
「そんなこと、最初から分かってたはずなのに」
蓮は顔を上げる。
「だからといって――」
「目の前の一人を見捨てる理由にはならない」
相馬は、少しだけ笑った。
「元気、出たか?」
蓮は相馬を見る。
「……ありがとう、相馬さん」
「そうか」
相馬は安心したように頷く。
しかし――
少し気まずそうに、蓮を見る。
「だがな、蓮」
「ん?」
「お前は、そろそろ自分の人生を楽しんでもいいんじゃないか?」
「……」
「正直、今のままでいいんじゃないかと思っている俺もいる」
相馬は街へ視線を向ける。
「お前一人に、いろいろ背負わせすぎた」
「……相馬さん」
「お前は何も悪くない」
相馬は静かに続けた。
「自分を責めすぎるのも、お前の悪い癖だ」
蓮は黙って聞いている。
「悪いのはデビルだ」
「……」
「だが、そのデビルはもう警察に任せてもいいんじゃないか?」
相馬の声が少し低くなる。
「お前が、もう危険な目に遭わなくてすむ」
「……心配してくれて、ありがとう」
蓮は静かに答える。
「でも……」
相馬を見る。
「父さんの言葉を思い出したんだ」
「……」
「俺の正義……」
蓮は拳を握る。
「まだ、諦めるわけにはいかない」
相馬はしばらく蓮を見つめていた。
そして――
少し嬉しそうに笑った。
「そうか」
蓮も小さく笑う。
相馬はバイクへ向かう。
「とりあえず、飯でも食って帰るか」
「そうしよう」
蓮は立ち上がる。
「腹減った」
「だろ?」
二人はバイクにまたがる。
エンジンが響く。
そして――
夜の街へ走り出していった。
* * *
翌日。
朝。
テレビでは、緊急ニュースが流れていた。
『速報です』
『先ほど、都内を走行していた電車の運転手が、何者かに殺害されていることが分かりました』
蓮と相馬は、テレビを見つめていた。
『さらに、電車のブレーキも何者かによって破壊されていたことが判明しています』
二人の顔から笑みが消える。
『現在、この電車には多数の乗客が乗っています』
『電車はブレーキが効かない状態で、全速力で走行を続けています』
画面が切り替わる。
上空から撮影された映像。
線路の上を、猛スピードで走る電車。
『警察は現在、電車を停止させる方法を――』
蓮は画面を見つめていた。
相馬が蓮を見る。
「……どうする? 蓮」
蓮は立ち上がる。
「行くよ……」
そして――
「今度こそ……」
* * *
相馬モータース。
地下整備場。
蓮はナイトスーツに着替えていた。
相馬が蓮を見る。
「朝から、その格好で行くのか?」
「ああ」
蓮はナイトマスクを手に取る。
「ノワールナイトとして、助けに行く」
そして――
「ノワールナイトにしか、救えないだろ」
相馬は黙って蓮を見つめる。
蓮はマスクを見つめた。
そして――
その内側を覗き込む。
「……父さん」
蓮は静かに呟く。
「行ってくる」
マスクの内側。
よく見ると――
そこには小さな隠しポケットがあった。
白い紙が、わずかに見えている。
蓮はそれを取り出す。
紙を開く。
そこに書かれていたのは――
『正義を忘れるな。』
蓮は、その言葉をじっと見つめる。
そして――
紙をマスクの内側へ戻す。
「……必ず助けてみせる!」
蓮はマスクを被る。
次の瞬間――
そこに立っていたのは、
黒い装甲に身を包んだ男。
ノワールナイトだった。
黒崎蓮は、再びノワールナイトとなった。
そして――
ノワールナイトは、暴走する電車へ向かって走り出した。
第24夜――
再起。




