第17夜 白い悪魔
第2章 デビル編開幕ーー。
夜。
仕事を終えた白石美咲は、一人で駅から自宅へ向かって歩いていた。
街灯に照らされた歩道。
人通りは、まだそれなりにある。
美咲はスマートフォンを確認しながら歩いていた。
その時だった。
――コツ。
後ろから、足音が聞こえた。
美咲が振り返る。
誰もいない。
気のせいだろう。
そう思い、再び歩き出す。
――コツ、コツ。
今度は、はっきり聞こえた。
美咲はもう一度振り返る。
少し離れた場所に、男が二人。
こちらを見ている。
美咲の表情が曇る。
「……誰?」
男たちは答えない。
ただ、こちらへ歩いてくる。
美咲は歩く速度を上げた。
男たちも速度を上げる。
「……!」
美咲は走り出した。
駅前の明るい通りを抜け、細い路地へ入る。
「待てよ!」
男たちの声が響く。
美咲は必死に走った。
だが、路地は行き止まりだった。
「……嘘……」
美咲が振り返る。
男たちが、ゆっくり近づいてくる。
「こんなところまで来てくれてありがとな」
「別に取って食おうってわけじゃねえよ」
男の一人が笑う。
美咲は壁際まで後ずさる。
「来ないで……!」
「そう怖がんなって」
男が手を伸ばした。
その瞬間――
――バッ!
黒い影が、男の前に降り立った。
「……なに?」
男が目を見開く。
街灯の下。
黒い装甲。
黒いマント。
そして、白い月明かりを背負うように立つ一人の騎士。
ノワールナイト。
「……ノワールナイト」
美咲が呟く。
男たちが怯えたように後ずさる。
「お、お前……!」
ノワールナイトは何も言わない。
男の一人が殴りかかる。
――バッ!
ノワールナイトは身体を傾けて避ける。
そのまま男の腕を掴み――
――ドゴッ!
腹に拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
男が倒れる。
もう一人が後ろから襲いかかる。
ノワールナイトは振り返りざまに蹴りを放つ。
――ドンッ!
男が壁に叩きつけられた。
「ぐあっ!」
静寂。
ノワールナイトは倒れた男たちを確認する。
そして、美咲へ振り返った。
「大丈夫か?」
「……はい」
美咲は震えながら頷いた。
ノワールナイトが手を差し出す。
「立てるか?」
「……はい」
美咲はその手を取った。
立ち上がる。
そして、ノワールナイトの顔をじっと見つめた。
「……あの」
「?」
「なんだか……」
美咲は少し困ったように笑った。
「どこかで会ったことがある気がします」
ノワールナイトの動きが、一瞬だけ止まる。
「……気のせいだ」
「そう……ですよね」
美咲は首を傾げる。
なぜだろう。
この声。
この雰囲気。
どこか懐かしい。
そんな気がした。
「ありがとうございました」
「礼ならいらない」
ノワールナイトは背を向ける。
「気をつけて帰れ」
「……はい」
ノワールナイトはワイヤーを撃ち出した。
――シュッ!
建物の屋上へ飛び上がっていく。
美咲は、その姿を見上げていた。
「……不思議な人」
その頃。
別のビルの屋上。
月明かりの下に、一人の男が立っていた。
黒いロングコート。
黒い手袋。
そして――
白い悪魔のようなマスク。
額には二本の小さな角。
細く、鋭い目のような造形。
口元だけが黒く開いている。
表情は分からない。
男は、先ほどの一部始終を見ていた。
「……なるほど」
低い声。
そして――
「ヒャハ……」
口元がわずかに歪む。
「ヒャハハハハハハハハ……!」
男は月を見上げ、高らかに笑った。
「面白い……」
その男の名は――
デビル。
ブラックレジデンスを率いる謎の男。
デビルは、ノワールナイトが消えていった方向を見つめる。
「お前が……ノワールナイトか」
そして、ゆっくりと美咲へ視線を戻した。
「……なるほどな」
――数日後。
街では、奇妙な噂が広がり始めていた。
「最近、あいつ変じゃない?」
「何が?」
「急に笑い出したり、誰もいないところで喋ったりしてるんだよ」
「薬でもやってるんじゃない?」
若者だけではなかった。
老人。
会社員。
学生。
様々な人間の間で、同じような症状が広がっていた。
そして――
「……もっと……」
路地裏。
一人の男が、震える手で小さな錠剤を握っていた。
「もっと欲しい……」
男は錠剤を口に入れる。
数秒後。
「……ハハ」
笑い出す。
「ハハハ……!」
その目には、何か別のものが見えている。
「見える……」
誰もいない場所を指差す。
「そこに……いる……!」
男は笑いながら、路地の奥へ走っていった。
――その夜。
人気のない場所。
ノワールナイトは、一人の男と向かい合っていた。
神崎隼人。
ここでは、二人はあくまで――
刑事と、謎の夜の騎士。
神崎は周囲を確認してから口を開いた。
「来たか」
そして、一枚の資料を渡す。
「また出た」
ノワールナイトは資料を見る。
「薬物か?」
「ああ」
神崎は頷く。
「ただの薬物じゃない」
「……どういうことだ?」
「使用した人間に、強い興奮状態と幻覚、幻聴が出る」
ノワールナイトは、資料を握る手に力を込めた。
「そして厄介なのが……」
神崎が資料をめくる。
「依存性が異常に高い」
「……」
「何度も使用を続ければ、最悪の場合は死に至る」
ノワールナイトは資料を見つめる。
「誰がこんなものを……」
神崎はしばらく黙っていた。
そして、一枚の写真を取り出す。
「ブラックレジデンスだ」
ノワールナイトの目が鋭くなる。
「……デビル」
「ああ。奴がこの組織を率いている」
神崎は小さなケースを取り出した。
「なんとか入手した」
ケースを開く。
中には、小さな袋に入った錠剤が入っている。
「これが例の薬だ」
ノワールナイトは袋を見つめる。
「これを借りてもいいか?」
「何に使う?」
「念のため、この薬を調べて解毒剤を作っておきたい」
神崎は少し考える。
「……そうか。それなら助かる。まだもう一つあるから、これはあんたに渡しておく」
ノワールナイトが受け取る。
「すまない」
「こっちも助かってる」
神崎はノワールナイトを見る。
「ただ、気をつけろ」
「ああ」
「この薬は、今までの薬物とは違う」
「……分かってる」
ノワールナイトは袋をしまう。
「引き続き調べてくれ」
「そっちもな」
ノワールナイトはワイヤーを撃ち出し、夜の街へ消えていった。
神崎は、その姿を見送る。
「……一体、何者なんだ」
――翌日。
相馬モータース。
地下整備場。
蓮は、昨夜神崎から受け取った薬を相馬に見せていた。
「これか」
「ああ」
相馬は薬を確認する。
「解毒剤を作れる?」
「知り合いに研究者がいる」
相馬は蓮を見る。
「なんとかしてみよう」
相馬は薬をケースへ入れる。
「詳しく調べてもらう」
「助かるよ」
「蓮」
「ん?」
「今回の敵は、相当危険だ」
「分かってる」
蓮はナイトマスクを手に取る。
「だからこそ……止める」
そして――
ナイトマスクを装着する。
黒崎蓮は、再び夜へ向かった。
その頃――
別の場所。
一人の男が、電話で誰かと話していた。
「例の薬は?」
『順調です』
「そうか」
男は電話を切る。
その男は――
神谷大地。
犯罪者の弁護ばかりしていることで、警察の間でも有名な弁護士だった。
そして――
彼はブラックレジデンスの一員だった。
神谷は静かに笑う。
「さて……次は、どこへ流しましょうか」
――夜。
月明かりの下。
ビルの屋上に、白い悪魔のマスクが浮かび上がる。
デビル。
「さあ……」
口元がゆっくりと歪む。
「楽しませてもらおうか……ノワールナイト」
「ヒャハハハハハハハハ――!」
夜の街に、狂った笑い声が響き渡った。




