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ノワールナイト  作者: Dai
第一章 伝説の誕生編

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第13夜 黒崎蓮の日常

朝。

黒崎蓮は、満員電車に揺られていた。

片手には鞄。

もう片方の手には、コンビニで買った缶コーヒー。

眠そうな目で車内を眺める。

昨夜までの戦いが嘘のような、いつも通りの朝だった。

ノワールナイトとして夜の街を駆ける男も、朝になればただの会社員。

「……眠い」

小さく呟く。

やがて電車が駅に到着した。

蓮は人の流れに押されるようにホームへ降りる。

そして会社へ向かった。

「おはようございます」

「おはよー、黒崎」

「おはようございます」

いつものように挨拶を交わす。

席に座り、パソコンを起動する。

メールを確認していると――

「黒崎!」

突然、同僚が声をかけてきた。

「昨日の動画見たぞ!」

「……動画?」

「銀行強盗のやつ!」

同僚がスマートフォンを取り出す。

そこには、昨日の銀行強盗事件を撮影した動画が映っていた。

画面には――

犯人を取り押さえる黒崎蓮の姿。

「これ、お前だろ?」

「……ああ」

「すげぇじゃん!」

周囲の社員も集まってくる。

「ニュースにもなってたぞ!」

「一人で強盗二人倒したんだろ?」

「警察が来る前に犯人を取り押さえたって?」

「黒崎、お前いつの間にそんな強くなったんだよ!」

「いや……たまたまだよ」

蓮は苦笑する。

「たまたまで強盗二人倒せるかよ!」

「すげぇな……」

「ちょっとしたヒーローじゃん」

その言葉に、蓮は困ったように頭を掻く。

そして別の同僚が言った。

「でもさ」

「ん?」

「なんか今話題のノワールナイトみたいだったぞ」

「……!」

蓮の動きが一瞬止まる。

「ほら、最近ニュースでよくやってるだろ?」

「黒い服着て悪党を倒してる謎の男」

「そうそう」

「ノワールナイト!」

周囲が盛り上がる。

蓮は苦笑いを浮かべた。

「……そうかな」

「絶対そうだって!」

「動きとかめちゃくちゃそれっぽかったぞ」

「黒崎、実はノワールナイトなんじゃないの?」

「やめてくださいよ」

笑いが起こる。

蓮も笑う。

だが――

内心は少し複雑だった。

(……俺とノワールナイトを一緒にするなよ)

もちろん口には出せない。

その日の仕事が始まった。

「黒崎君」

「はい」

「この資料、今日中にまとめておいて」

「今日中……ですか?」

「頼むよ」

「分かりました」

パソコンに向かう。

資料を確認し、数字を入力する。

しばらくすると――

「黒崎!」

「はい!」

「ここの数字、違うぞ」

「え?」

上司が画面を指差す。

「ここ。確認したのか?」

「……すみません」

「気をつけてくれよ」

「はい」

深く頭を下げる。

席へ戻る。

「……はぁ」

ノワールナイトなら、こんなことで怒られない。

そんなことを考えてしまい、蓮は苦笑した。

昼休み。

社員食堂。

蓮は定食を食べていた。

向かいに座った同僚が、またノワールナイトの話を始める。

「そういやノワールナイト、昨日も出たらしいぞ」

「また?」

「最近すげぇよな」

「一体何者なんだろうな」

蓮は黙って味噌汁を飲む。

「黒崎はどう思う?」

「……何が?」

「ノワールナイト」

「……まあ」

少し考える。

「悪い奴を倒してるなら、いいんじゃないか?」

「お前、意外と肯定派なんだな」

「まあな」

蓮は箸を動かす。

「ただ……」

「ただ?」

「力を持ってるなら、使い方は間違えない方がいいと思う」

同僚は笑った。

「相変わらず真面目だな、お前」

「そうか?」

午後。

電話対応。

資料作成。

会議。

そして――

午後六時。

定時を過ぎても、蓮は席を立てなかった。

「黒崎君、悪い。これも頼める?」

「……はい」

時計を見る。

「また残業か……」

小さくため息をつく。

夜。

ようやく仕事が終わった。

会社を出る。

駅へ向かおうとした、その時。

「黒崎さん」

後ろから声がした。

振り返る。

そこにいたのは、同じ会社の後輩の女性だった。

「あ……」

蓮は思い出した。

銀行強盗事件の日。

銀行の中で、自分が助けた女性。

「この前の銀行……一緒でしたよね?」

「はい」

彼女は笑う。

「あの時、本当にありがとうございました」

「いや……」

「怖かったですけど、黒崎さんが犯人を取り押さえてくれて……」

「大したことしてないよ」

「そんなことないです」

彼女は少し照れたように笑った。

「すごく……かっこよかったです」

「……」

蓮は返事に困る。

「そうだ」

彼女がスマートフォンを取り出す。

「もしよかったら……連絡先、交換しませんか?」

「え?」

「嫌だったら大丈夫ですけど……」

「いや、嫌じゃない」

二人は連絡先を交換した。

蓮のスマートフォンに、新しい連絡先が表示される。

――白石美咲。

蓮はその名前を一度だけ確認した。

その夜。

帰宅した蓮はベッドに座っていた。

スマートフォンを見る。

今日交換したばかりの連絡先。

「……なんだこれ」

なんとなく落ち着かない。

そして数日後。

仕事を終えた蓮のスマートフォンが鳴った。

彼女からだった。

――今度、お休みの日に一緒に出かけませんか?

蓮は画面を見つめる。

「……デート?」

しばらく悩んだ。

そして――

相馬モータース。

「……というわけなんだけど」

地下の整備場。

蓮は相馬に相談していた。

相馬は工具を片付けながら、蓮を見る。

「いいんじゃないか?」

「でも……」

「何を悩んでる」

「いや……こういうの慣れてなくて」

相馬がニヤッと笑う。

「ノワールナイトがデートか」

「やめてくれよ」

「いいじゃないか。たまには普通の若者らしいことしてこい」

「……普通の若者」

「息抜きぐらいしてこい」

「……」

相馬は笑いながら蓮の肩を叩く。

「いつも事件ばっかり追いかけてるんだ。女の子とデートしてこいよ」

「相馬さん……」

「何だ?」

「楽しんでるでしょ」

「もちろん」

「……もういい」

蓮は苦笑した。

数日後。

休日。

ショッピングモール。

「今日はありがとうございます」

「いや、俺も……」

蓮は少し緊張していた。

「黒崎さん、緊張してます?」

「してない」

「してますよ」

彼女が笑う。

蓮も笑った。

二人で食事をする。

店を見て回る。

他愛のない話をする。

仕事の話。

好きな食べ物の話。

休日の過ごし方。

ノワールナイトや事件の話とは無縁の、穏やかな時間。

蓮にとっては久しぶりの休日だった。

そして――

二人がエスカレーターへ向かった時。

向かい側から、一組の親子が降りてきた。

父親らしき男。

そして、その隣にいる少女。

蓮は何気なく二人を見る。

――少女と目が合った。

少女はすぐに視線を逸らした。

だが――

蓮は違和感を覚えた。

少女の手が、ほんの一瞬だけ動いた。

胸元。

そして――

小さく、指を折るような仕草。

蓮の目が止まる。

(……今のは?)

少女は男の方を見る。

男は少女を見下ろす。

少女は怯えた表情を浮かべている。

だが、何も言わない。

そのまま二人はエスカレーターを降りていく。

「黒崎さん?」

隣の女性が声をかける。

「……」

蓮は振り返る。

遠ざかっていく少女。

そして、あの手の動き。

(助けを求めてる……?)

蓮は確信する。

あれは偶然ではない。

少女は――

何かを伝えようとしていた。

「ごめん」

「え?」

「ちょっと気になることがある」

蓮は走り出した。

「黒崎さん!?」

人混みの中を進む。

だが――

もう二人の姿は見えない。

蓮は立ち止まった。

拳を握る。

「……あの子」

嫌な予感がする。

その頃。

ショッピングモールの裏手。

「余計なことするな」

男は少女の腕を強く掴んだ。

少女は怯えた表情で、何度も首を振る。

「騒ぐな」

男は少女を車へ押し込んだ。

バタン――。

車のドアが閉まる。

そして車は、静かに走り去っていった。

――その男は、少女の父親ではなかった。

そしてその事実を、まだ蓮は知らない。

ただ一つ。

少女が見せた小さなサインだけが、蓮の頭から離れなかった。

「……絶対、何かある」

黒崎蓮の休日は――

終わりを告げようとしていた。

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