第12夜 名もなき正義
昼。
都内の銀行。
黒崎蓮は窓口の前に座っていた。
今日はただの会社員としての時間。
ノワールナイトではない。
書類を確認しながら、職員の説明を聞いている。
「こちらにご記入をお願いします。」
「分かりました。」
蓮はペンを受け取る。
その時だった。
――ドンッ!
大きな音が響いた。
銀行の入口。
男が二人、入ってくる。
一人は拳銃を持っていた。
「全員動くな!」
「床に伏せろ!」
突然の出来事に、銀行内が騒然となる。
悲鳴。
泣き声。
人々が一斉に怯える。
蓮はゆっくりと周囲を見る。
人数。
位置。
犯人の動き。
冷静に状況を分析する。
だが。
ノワールナイトにはなれない。
ここで変身すれば、さらに混乱を招く。
今必要なのは、黒い騎士ではない。
一人の人間として守ること。
蓮は近くで震えている小さな子供を見る。
母親が必死に抱きしめていた。
「大丈夫。」
蓮は小さな声で言う。
「怖くない。」
「……。」
子供は涙を浮かべながら頷いた。
その時。
「おい!」
犯人の一人が怒鳴る。
「そこ、動くな!」
蓮はゆっくり手を上げる。
「すみません。」
「子供が怖がっていたので。」
犯人は近付いてくる。
「余計なことするな。」
蓮は黙って相手を見る。
動き。
重心。
武器を持つ手。
素人ではない。
だが、訓練された相手でもない。
その時。
「……うっ」
近くにいた老人が胸元を押さえた。
「おじいちゃん!」
老人の身体がふらつく。
強盗に怯え、呼吸が乱れていた。
「大丈夫ですか!」
周囲がざわめく。
犯人の一人が老人へ視線を向けた。
「おい!動くな!」
その瞬間。
蓮は動いた。
犯人の腕を取り、銃口を上へ向ける。
一瞬。
乾いた音が響く。
天井へ向かった銃声。
銀行内に悲鳴が走る。
だが蓮は怯まない。
腕を捻る。
相手の動きを封じる。
「抵抗するな。」
犯人は驚く。
ただの会社員にしか見えない男。
なのに。
動きが違う。
もう一人の犯人が背後から襲いかかる。
蓮は振り返る。
拳をかわす。
足を払う。
床に倒す。
数秒。
二人の犯人は動けなくなっていた。
銀行内に静寂が戻る。
警察が到着する。
職員が蓮を見る。
「あなた……何者なんですか?」
蓮は少し困ったように笑う。
「ただの会社員です。」
それだけ言った。
――夜。
相馬モータース地下工房。
相馬はニュースを見ていた。
画面には昼間の銀行強盗事件。
「犯人を取り押さえた男性について、警察は――」
相馬は小さく笑う。
「……変わらないな。」
蓮が振り向く。
「何が?」
相馬は画面を見る。
「恒一と同じだ。」
蓮は黙る。
「力があるから助けるんじゃない。」
「助けるために、力を使う。」
相馬は静かに言う。
「それが、ノワールだ。」
蓮は拳を握る。
黒いスーツも。
剣も。
必要な時はある。
だが。
正義は、装備が作るものじゃない。
蓮は改めて思う。
自分が守りたいものを。




