喚ばれた剣聖ー99
嫌な感覚を感じて急いで里へと戻る。
里の周りに張った結界には、悪意のある攻撃は防げるが、逃げ帰った者や招かれた者を弾く性質はない。
こういった状況下で守る対象を選ぶのは至難の技、特に誰が敵で、どこに潜んでいるかわからない状況なら尚更だ。
今は特に結界内に不穏な気配は感じない。
でもほんの一瞬、一瞬だが確かに感じたのだ。
急いだ様子で帰ってきた私を後方支援を担当している者達が首を傾げながら見つめる。
すぐに皆に説明したいが、こんな不確かな情報でみんなを不安させるわけにはいかない。
心を落ち着かせるように一度息を吐き、冷静に辺りを見渡す。
今のところ特に違和感は感じない。
前線から何とか逃げ延びた者の治療や、運び込まれた物資の整理に武器の整備に奔走している人達を横目に歩いていると、広場の真ん中に赤いローブを着た女性が立っていることに気付いた。
・・・どうして誰も見向きしてないのだろう?
行き交う人々はそこに誰もいないかのように通りすぎる。事実私も姿は目に捉えられているが、それ以外は特になにも感じられていなかった。
「へぇーーーー、見えてるんだぁ。初めまして、綺麗なお嬢さん。」
「・・・何者ですか?」
「えー?わたしぃ? 『落陽 ロロカナ・ジュラー』、人間だよぉ。」
若々しいが、全身に火傷の跡が目立つ細身の女性。赤い髪から覗く細い目は、剣呑な光を放っていた。
チラリと辺りを見てもこんな怪しい会話をしてるのに誰も視線を向けていない。私がここにいるのは皆見ていたはずなのに、、、。
違和感だけがつのって寒気が肌を刺す。
そんな私の様子に気付いたのかロロカナは口を月のように吊り上げていく。
「ムリムリ、地面に小石があっても気にしないでしょ? それとおんなじ、私がここにいるのは自然のことで、違和感を持つことすら難しいの。」
「私にバレてますけどね。」
「きゃはっ、それはそうだよ。勇者ほどじゃないにしろ、女神という高位存在の加護を宿した相手に普通の魔法は効きづらいもん。」
・・・え、そうなんだ。
確かに病気とか呪いにかかることなんて全くないけど、もしかしたらそれも加護の影響があるのかな。
相手から視線を外さないようにしながら少しずつ後ずさる。私は相手を倒すことはできない、出来ないなら逃げて助けをよぶしかない。
でも逃げられる隙はあるのだろうか。
手に汗を滲ませながら悩んでいると、ロロカナは黒く笑った。
「きゃは? 逃げていいの?お姉さんが逃げたら私ここの真ん中で暴れちゃうかもなぁ。」
「ーーっ!!」
「私の得意な魔法、『闇魔法 影馴染み』。まるで日に照らされた影のようにただその場にいる魔法。だからしばらくこの里で準備させてもらっててね。もう何時でも発動できるんだ。」
「・・・なに、を。」
震える声のミリアにロロカナは指先を咬みながら楽しそうに笑う。
「『血魔法 連鎖裂壊』。私の血に刻まれた呪いに罹ったものは崩れるように血が噴き出す。いい呪いでしょ?」
その聞き覚えのある単語と、効果にミリアは一気に顔を青くする。
何度も、何度も魔法を教わる過程でしてはいけないことと教えられるもの。
「禁忌魔法、、、っ! 使い手はもういないはずじゃ、、、!」
「表向きにはそうねー。でも簡単にいえば血魔法を使える存在を皆殺しにして村を焼き払っただけ、、、魔族領に逃げ込めば追ってはこなかったなぁ。」
本来なら悲惨な過去といえる話だが、ロロカナはどこかトリップしたように頬を赤くしたまま笑うだけ。
血魔法は人族の間で禁忌とされている魔法だ。
まず魔法に必要になる供物として自らの血を使用し、相手の内側の主導権を奪って体を壊す。
一滴血を井戸に垂らしただけでパンデミックを引き起こすことが出来る危険な魔法だ。
それでも、大戦では重宝されていた。
ただその使用後のあまりに悲惨な光景と、後に残る呪いのしぶとさに、大戦が膠着すると同時に淘汰されたと聞いている。
そんな使い手がどうしてここに?
「なんで怖がるんだろ? 赤く、綺麗に、それは綺麗に咲くのに、、、。もったいないなぁ。」
「・・・なにを、言ってるの?」
「きゃは、別にどうでもいいよ。」
それだけ言い捨てて彼女は赤黒い包帯に巻かれたナイフを取り出す。
そしてそれがピタッと動脈に当てられた瞬間に気付いた。
確か血魔法の発動条件は、自分の動脈を切りつけ呪いを拡散させること、、、。
彼女のナイフが引かれる前に何とか止めようと手を伸ばすが間に合うわけない。
「やめっ、、、!」
ゾブッ!
だが、その腕は突然上から現れた水の大蛇に食い千切られた。
「ーーはっ?」
突然の展開にロロカナは軽く驚くが、すぐに魔法を発動させると腕を取り込んだ蛇が真っ赤に染まって飛び散る。
急な出来事に呆然としていると、私の横にミスルルの少女が姿を表した。
その幼さの残る顔立ちと、どこか見覚えのある太陽のような笑みに私は目を見開いてその名前を叫んだ。
「スイナちゃん?!」
「ミリアお姉ちゃん久しぶり!」
どこからともなく現れたスイナちゃんはロロカナに向き直って、手から水を逆巻かせる。
「水郡 水狼激 水蛇激!」
スイナちゃんの叫びと共に形成された水の狼と大蛇がロロカナに向かって牙を向く。
しかしロロカナは特に慌てることもなく、食い千切られた血塗れの肩に手を押し付けて、纏わり付いた血を振るった。
「『血壊』。」
呟かれた一言、同時に血を混じらせられた水の狼と蛇はバシャンッと崩れ落ちる。
つまらなそうにしているロロカナは前を向いて、そこに少女の姿がないことに目を見開いた。
「ーーなっ」
「水郡 水猪激!」
今度は周りに何体も現れた猪がロロカナに突撃していく。
先程とは違い、囲みこまれての時間差の突進にロロカナはうまく対処出来ていなかった。
「巻き上がれ、水牢渦。」
いつの間にかロロカナの後ろにいたスイナちゃんが上に手をやると、囲んでいた猪が水の渦となってロロカナを捕える。
苦しそうに魔法で牢を破壊しようとするロロカナより、先に準備していたスイナちゃんの魔法が完成した。
「水天・群狼激!」
水牢に閉じ込められたロロカナは複数の巨大な狼に食い千切られた。
渦の中には鮮やかな彼女の血が舞う。
「え、えぇ、えええええええええぇぇ、、、。」
そのあまりの容赦のない攻撃をあの可愛らしいスイナちゃんが淡々と行ったことにドン引きしていると、スイナちゃんが、嬉しそうにこちらに小走りでやってくる。
「どう!? ミリアお姉ちゃん!スイナ、魔法上手になったでしょ!」
「そ、そそそそそうだね。それにしてもスイナちゃん、容赦な、、、すごい頑張ってるんだね。」
「うん! 早くお姉ちゃん達に追い付けるようにオババ様にしっかり教えてもらってるんだ!」
オババさん!? 一体可愛らしい少女になにを教えたのですか!?
別れてからまだたった数ヶ月。
その間にこの練度の魔法を矢継ぎ早に放てる技量と胆力を身に付けるとは、、、え、なにされたの?
誇らしげに胸を張るスイナちゃんは褒めてほしそうな目を向けている。
私は何とか頬をひきつらせないよう意識しながら笑顔で頭を撫でた。
「す、すごいねー、頑張ってるね。」
「うん! えへへ。」
嬉しそうにしているスイナちゃんは小動物のように可愛いが、さっきの光景がちらついて喜べない。
「・・・まったく、やんなっちゃうなぁ。」
すると、水の牢獄から声が聞こえ、一気に赤く染まって破裂する。
中からは食い千切られたロロカナが五体満足で鬱陶しそうに現れた。
「あーもう、最悪。また服なくなっちゃったじゃん。弁償は血で贖ってもらうからね。」
すぐに距離をとりながらロロカナを警戒する。
ロロカナは全裸になってもどうでも良さそうに頭をかいて辺りを見渡す。一度喰われたからか、魔法が解除され、里にいたエルフ達は焦りながら武器を構えていた。
「あーあ、あーあーーー、ホント台無し、ウザイメンドイ最悪最悪最悪。」
余裕のある顔からドンドンと怒気を募らせて顔を歪めていく。殺気は全てスイナちゃんに注がれ、両手の皮膚に爪を突き立てて獰猛な笑みを浮かべた。
「あー、もういいや、アムルから私に頼まれたことは終わったしね。もう、こんな里、いらないんだよぉ!!」
勢いよく爪で両腕の皮を引き裂く。
ダクダクと真っ赤な血が地面に垂れ、彼女自身も脂汗を流していた。
でもスイナちゃんはその光景を見ても少し顔をしかめるだけですぐに魔法を作り上げる。
「水郡 水鷹激!」
水で形作られた鋭く迫る一匹の鷹がロロカナに突っ込む。
ーーバキャアアンッ!
しかし、ロロカナに到達する前に硬質な何かにぶつかった音をさせて崩れ落ちた。
「・・・血の膜?」
薄く張られた赤黒い膜が卵のようにロロカナの周りに張られていた。
「無駄ぁだよ! 終われ、血魔法 『不浄・黒病竜』!」
ロロカナの足元に落ちた血溜まりが赤黒く地面を腐食し、溶かしながら広がっていく。
周囲の触れるものを溶かしながらドンドン範囲を広げていくのを何とか退避していると、嫌な威圧感が中心から放たれ始めた。
・・・黒病竜。
名前だけは聞いたことがある。
ただの魔法生物であり本物の竜ではない。
しかしその恐ろしい体躯は見る人々を恐怖に陥れ、常に肉体からしたたり落ちる体液は全てを腐食させる。
そして恐ろしいのは、その液体に触れると、永遠の苦痛のみが与えられ、死ぬことが出来ずに肌が焼かれる痛みを味わい続けると言う、、、。
黒い大きな穴からどこか獣のような唸り声が響いてきた。
「これが、シルルカさんが予知夢で見た光景?」
里の中心に空いた黒い穴。
そこから現れる厄災。
「きゃはははははっ! さぁ、全部飲み込まれろ!」
高らかに笑うロロカナから何とか皆を守ろうと、必死に魔力をこめて障壁を張っていると、、、
「きゃはは、ーーーーっひゅ?」
ーーゴトッ
突然、ロロカナの首が切り落とされた。
そう、彼女は知らなかった。
「ーーえ? なん、、、で、、、これは、、、戻らな、、、。」
否、まだこの世界は知らなかった。
もう一つの世界での暗黙の了解。
剣舞がいれば、戦略級兵器の使用を禁じる。
剣閃がいれば、どれだけ距離をとっても意味をなさない。
剣鬼がいれば、どんなに強固な要塞もハリボテと同じ。
剣老がいれば、常に後手に回される。
剣王がいれば、その守りを崩すことはかなわない。
そして剣帝がいれば、戦いは意味をなさない。
では、剣聖は?
ーー予兆を感じる動きを見せればすぐに首を落とされる。
そう、この世界はまだ剣聖を脅威として認識していない。
彼が感じとることの出来る、動きを見せればどこからともなく斬られるのだ。
まだロロカナはその事を知る由もなかったのだ、、、。




