喚ばれた剣聖ー88
静かに剣を下に構えながら息を吐き出し、戦場を思い出しながら殺気を放つ。
その圧倒的な圧に目の前の少年は震える。
「な、何なんだよっ、お前!」
ーービュンッ!
風を切る音をさせながら視えない何かがこちらに向かって伸びてくる。特に慌てず構えを変えないまま、視えない何かを流すように剣を添え、回りながら狙いをつけて弾き返す。
すると、少年は焦ったように壁から転がるように飛び降りた。
次の瞬間、その壁は巨大なヘビが通ったかのような軌跡を地面に刻みながら吹き飛ばされる。
そのあまりの威力にまだ意識のある者達は目を見張った。
「ーーちっ、よけんじゃねぇ〜ですよ〜。」
「な、なんだよ!なんで僕の『不可視なる絞縄』が視えるんだよ!」
「見えねぇですが〜わかるんですよ〜、そこまで露骨に何もないと〜。」
視えない縄を把握できているのはすでに誰にも感知できないほど薄く展開した魔力膜のおかげだ。
内に満たされた魔力の中を何もない何かが通る。
その魔力の揺れと違和感を感じ取って回避を行っていた。
その回避を行いながら、周りの空気に流れを作って相手に送る。相手は視えない縄を展開して防ごうとするが、すでにそれを知覚しているのでそれを避けながら足止めをした。
その最中も思考を巡らせる。
相手の力は視えない、と言うより何もないのだ。周りの吊るされた者達には藻掻いた形跡があるが縄を掴めた様子はない。
つまり完全に物質として存在していないのだ。
本来ならそんなの防げるわけない。
ただ相手は縄と言っていたし恐らく視えないものを見ることができている。形は決まっているし、確かにないが、そこにある、まだ対処が不可能ではない。
「裏にあるのですかね〜?それなら先生の専売特許ですけど〜、ま〜なんかなりますか〜。」
剣を逆手に持ってミルルは走り出す。
心当たりはある、それにもう一度試した。
「く、くるなあーーー!」
半狂乱に縄を伸ばしてくる謎の少年に向かって構わず走り続け、縄が触れる直前で動き出す。
ーー剣聖一式 派生 虚絶練蘭
相手の無の性質を持つ縄に自分の剣と存在を近寄らせていく。それに剣舞の一式を混ぜながら回り、流し、糸を絡ませ、動きを鈍らせる。そこに向かって上から振り下ろす剣聖の霊界に干渉する斬撃。
といっても私は自分の体を霊界に落とすことはできないし、剣もそこまで同化させることはできない。威力はかなり低いが、それでも縄くらい斬れる。
「っつ、ひゅーーーっ! 相ッ変わらず先生の技は意識持ってかれそうになりますね〜!」
冷たく落ちそうになった思考をなんとか引き戻す。
目の奥がチカチカし、体が震えるが、なんとか体勢を整えた。
「・・・ぷはっ、ホント規格外のくせに何を一般人ぶってるのやら〜。」
たった少し、ほんの少し意識を落としただけで死の恐怖が間近に感じられる。圧倒的な冷たさと、無の恐怖、その場所を平然と出たり入ったりする先生の異常さが改めて理解できた。
・・・さてと確認もできましたね〜。
「・・・別に視えない縄が霊界にあるとかそういうわけでもなさそうですね〜。ま、霊界からの干渉なら物質に移らないと不可能なわけですし当然っちゃ当然ですけど〜。」
今の攻撃でなんとなく理解できた。
霊界へと干渉したが、特にそちらにも縄は存在していない。
恐らく縄を斬るのに必要なのはあるということを把握できてるかどうかだ。
だからこそ魔力の揺らぎで縄を把握できている私は斬る事ができるのか、、、。
「な、なんで!なんで僕の縄を斬れるんだ!」
相手は激しく動揺し、頭を掻きむしっている。
・・・? もしかしてまだ自分の力を把握しきれていない?
見た感じ年端もいかない年齢に見えるし、苦戦などもしてこなかったのかもしれない。それならただ透明の縄、というだけでそれ以上に洗練させようなどと考えもしなかったのですかね? 意識を変えれば完全に斬られないようにもできそうなのに、、、
それなら、、、
「時間もありませんし〜、早めに終わらせますかね〜。」
「ーーひっ!」
こちらの殺気に怯えて相手は無数の縄を展開する。
なんとなく理解したが、相手の力に限りはない。
魔力切れとかを狙えないなら長期戦は絶対に不利だ。
「一式 波合わせ。」
「ーーえっ」
ーーパァンッ!
不可視の縄のしなりをさらに大きくして相手へと返す。少年は弾かれたように大きなしなりを受けて飛ばされた。
追撃しようと、足に力を込める。
すると、魔力膜に複数の人が立ち入る気配を感じたのですぐに立ち止まり、周囲から放たれた赤黒い炎を一瞥。
「・・・縲縲円天。」
放たれた炎は遥かに大きくなってすべてが放った術者に返される。爆音とと共に辺りは弾け飛び、青々しかった森は黒く焦げた。
少しやってしまったと後悔するが、すぐに思考を切り替える。
・・・陽動、と言うよりあの少年を逃がそうとしてますか〜。現れた人影は突然魔力膜の外に現れたように感じましたし、これは追うのは難し、、、
「なんて、思ってんじゃねえですよね〜?」
苛立ちを覚えながら剣を構える。
確かに魔力膜の外に出られれば感知は難しくなる。でも別に魔力膜の外にまで意識を向けられていないわけじゃないのだ。舐められても困るっつーもんです。
「一式 風縮連弾!」
剣で風の流れを作り、弾丸のように小さく圧縮。
それを方方に散っている侵入者たちに撃ち込んだ。
「がっ!?」「ぐっ、、、」「ぱっぽ?」
短い悲鳴だけが聞こえて、動きがなくなったことを確認する。そして、逃げ損ねた少年に歩み寄った。
少年は恐怖に腰を抜かし、すでに戦意を喪失してる。
「ば、化け物、、、。」
「・・・あっは〜? 私ごときがですが〜?上を知らないと楽でいいですよね〜。」
私が化け物だったら剣帝や向こうの世界の傑物達は何なんですかね〜? 神とか?ワンチャンそれすら凌駕しそうで嫌ですね〜。
さて、どうしますかね? 完全に戦意を失っている相手を殺すのもあれですし、取り敢えず状況を確かめますか。
そう思い、私はこちらを呆然と見つめていたミリアに話を聞くことにしたのだった。
ーーー
・・・すごい。
そんな陳腐な感想しか私は思い浮かばなかった。
突然召喚されて訳もわからないはずなのに、彼女はすぐに状況を判断し、圧倒的な実力で謎の少年を制圧した。
途中何処かから火の玉が飛んできたけどそれも全て跳ね返し、絶望的だった状況はあっさりと好転し、こちらに優位なまで整えられる。
すると、ミルルさんは頬をかきながらこっちに来て、気まずそうに口を開いた。
「あ〜、えっと〜、ミリアさん〜?」
「え、あ、はい。」
「まずは状況知りたいんですけど〜、でもその前に〜。」
彼女はそう言うと、私に向かって頭を下げた。
「・・・え?」
「まずは初めに前回の非を謝罪します。確たる証拠も、貴女の置かれている状況を確認もせず責めるような発言をして申し訳ございませんでした。」
と、とても丁寧に謝罪される。
間延びしたような喋り方ではなくしっかりとハキハキした謝罪の言葉。こっちの世界の言語をここまで覚えていることにも驚くが、そこまで謝られることでもないと慌てる。
「そ、そんな、私の都合でそちらから律兎さんを連れ出してしまったことは確かですし、謝られるようなことありません。」
「いえ、私達は力がある以上、無用に人を威圧するのは正しくありません。それは先生にも昔から重々言われていました。気が動転していたのもありますが、謝罪を受け入れてくれると助かります。」
・・・そこまで言われてしまえば受け入れるしかない。もしこれを拒否しようものなら彼女の思いすら否定することになってしまう。流石にそんなことはできない。
「・・・わかりました。でも私からも突然彼を召喚したことを謝罪させてください。それでこの話は終わりにしましょう。」
そう伝えると、ミルルさんはホッとしたように胸をなで下ろして笑う。先程までの凄まじい圧など微塵も感じさせず、見た目通りの少女のような笑顔にこちらも安心した。
「ふう〜、ミリアさんが優しい方で良かったです〜。せっかくあの人に振り回されてる人同士ですし、仲良くしたかったですからね〜。」
「・・・うーん、どちらかと言うと私のほうが振り回してるような?」
「え〜、ホントですか〜? あの人すぐ厄介事拾ってきません〜? と言うか今もそうなのでは〜?」
「あれ?そう言えばそんな感じもします。」
ミルルさんは丁寧な喋り方をやめて、間延びしたような喋り方に戻る。
2人して本人がいないところで文句を言って笑い合う。律兎さんが聞けば言い返してきそうだが、今はここにいませんし言いたい放題ですね。
すると、そんな風に呑気に話してる私達にシルルカが気まずそうに声をかけてきた。
「あ、あの〜、ちょっとよくわからないんだけど、えっと、取り敢えずハイルを治せたりする?」
「あっ!忘れてました!と言うかミルルさん、あの、上に吊るされてる精霊や他の方って解放できます?」
「うん、できるよ〜、いや〜、殺されてなくてよかったね〜、これ意識落とされてるだけで死んでないよ〜。」
ミルルさんのその言葉にブロンやシルルカ、それに私も心から安堵する気持ちが湧き上がってくる。絶望してた心が奮い立ち、希望に身体が動き出す。
タンッと短い音をさせてミルルさんは飛び上がると剣を振るう。
すると、吊るされたようになっていた全員がそのまま地面に落ち、、、さすがに痛そうですよ!?
慌ててシルルカが魔法で草を生やして全員をふんわり受け止めた。焦って魔法を発動させたからか息を切らしているが、大丈夫だろうか?
「お〜、ナイスキャッチ〜、でも落とせば全員起きたかもしれませんよ〜?」
「怪我するでしょ!」
「生きてるから〜、その程度〜、気にするほどでも〜。」
いやまぁたしかにそうですけど、でもいらない怪我をする必要はないです。
と言うより私は血を吐いてピクピクしてるハイルくんに慌てて近寄る。魔法を発動してすぐに怪我を治療した。
すぐに怪我は治ったが、ダメージがデカいのか意識は失ったままだ。
「さて〜、あとは〜、あれをどうするかですね〜?」
ミルルはそう言って剣を肩に担ぎ、腰を抜かしていた少年の前に立つ。少年は「ひっ!」と短い悲鳴を上げ、何とか逃げようとバタバタするが、すぐに首根っこを掴まれてこちらに引きづられてきた。
「と言うか〜、これ敵で良かったですか〜? 必要だったら処理しますけど〜?」
「え、えっと、処理は少し待ってください。敵は敵ですけど。」
「お〜、間違ってなくて良かったです〜、周りの奴らは〜、燃えちゃったんで〜、遺体もないですけど〜。」
・・・まぁ私も説明してなかったですからね。でも良かった、周りにエルフ族やジャユ族がいなくて、間違っても攻撃してたら勘違いされて消されてましたね。
さて、ではこの少年に話でも聞きますか。
「えーと、貴方は何者ですか?」
「・・・だ、誰が、お前、なんか、、、に?!」
少年が私を睨みながら言い返そうとすると、その真横を剣が過ぎ去り地面に跡を残した。
私の後ろに立つミルルさんは肩に担いだ剣をトントンさせながら冷たい目で少年を威圧している。
少年はカタカタ震えながら姿勢を正した。
「あ、ぼ、僕は、ダムド、、、って、い、いい、ま、ます。」
「えーと、貴方は何でこの森に?」
「あ、アムル様に、め、命じられて、、、。」
・・・アムル。
その名前は律兎さんから聞いたことがあった。
確かプラズ商会の会長だったはず、、、。
「その人は今どちらに。」
「・・・。」
私がそう聞くと、ダムドと名乗った少年は涙を浮かべながらカタカタ震える。
多分言いたくないのだろう、でも私の後ろにいる鬼?が怖くて葛藤している。
「ミリアさん〜、まどろこっしいんで〜、代わりましょうか〜? 腕を反対にぐちゃぐちゃに捻って〜、雑巾みたいに血を絞れば〜、自分から言いたくなりますよ〜?」
「・・・・・だそうです。」
「ーーひっ! あ、アムル様はまだここにはいないよ!森の近くには来てるはずだけど、僕は指令を受けてるだけで場所までは教えられてないんだ!ほ、本当に!」
「ちっ、用心ぶけぇ〜、相手の〜、ようですね〜。」
ミルルさんは苛立たしげに舌打ちする。
その様子にダムド、、、と言うか後ろのブロンとシルルカも震えている。普通子供の腕を捻るなんて発想浮かばないですからね。
彼女はそんなこともしなくてはならないほどの環境を知っているということでしょうか?
「ちなみにその指令と言うのは?」
「指定された、場所に、生きた力の強い精霊を無力化して置いておけって、精霊は多ければ多いほどいいからここで吊るしてたんだ。」
「・・・力の、強い精霊?」
その単語に嫌な予感が頭をよぎる。
そう言えば今はまるっきり戦闘音がしない。本来なら戦ってるはずの強い彼女達はいま、、、?
「その精霊の、名前は?」
「え、そ、そんなの知らないよ。でも森でジャユ族を殺さないで無力化してたし強そうかなって。」
ーー!
その言葉に私はシルルカと目を見合わせた。
つまりもう彼によってリクリカさんとフィクリシアさんは!
「どこに!どこに置いといたの!?」
「少し向こうに行ったところだ、だよ。」
シルルカに胸ぐらを掴まれながらダムドはそっちに向かって指をさす。
急いで向かわないと、とそちらを向いた私の肩がトンと叩かれた。後ろを振り向くと、ミルルさんが他の人には見えないようにそっと自分を指さしている。
そうだ、彼女には時間制限がある。このまま彼女が姿を消せば、また状況は振り出しに戻ってしまうだろう。
慌てた様子の私を見て、ミルルさんはそっとこちらに耳打ちした。
(私を呼んだ〜、理由ってなんですか〜? あいつを〜倒すだけなら〜、先生で充分ですよね〜。どうせ先生に何か言われたのでしょ〜?)
その彼女の言葉にハッとした。
「・・・ダムドくん。貴方はもういいです、今なら見逃してあげます。私たちも子供を殺すのは忍びないですから。」
「え?」
私の言葉にダムドはホッとしたような困惑したような声を漏らす。そして勿論シルルカもブロンも目を見開いて驚き、何を言ってるんだと私を問い詰めようとしたが、私はそれを手で制した。
今ここの現場を知ってる生き証人は彼しかいない。今、戦闘力も高い彼を見逃せばいいメッセンジャーになってくれるはずだ。
「・・・後ろの彼女の気が変わらない内に逃げたほうがいいですよ。」
「ーー!」
最後にそう言うと、ダムドは慌てたように森の中へと逃げていった。
「ふふっ、私〜、とんだ悪者ですね〜?」
「・・・・・ごめんなさい、貴女を使ってしまって。」
「いえいえ〜、いい判断だと思いますよ〜。それに何とな〜く、わかりました〜。でも〜、なんか聞き耳立てられてますし〜、言うのはやめときます〜。」
「え、聞き耳?」
その意味がわからず、私はあたりを見渡す。
誰か聞いているのかと思ったが、ミルルは首を振った。
「森の精霊は〜、植物を介してどこの音も聞けます〜。この森で〜、安易な作戦会議は〜、おすすめできませんよ〜。・・・そうでしょ?」
最後に冷たく言い放ちながらミルルは剣を振って木を斬り倒した。恐らく今のは聞いてる何者かに対する警告だろう。彼女は特に一瞥もせずに剣を収める。
「・・・精霊様に、裏切り者が?」
シルルカの漏らした言葉にうっすら発光を始めたミルルさんはコクリと頷いた。
「森の精霊がいて〜、出し抜かれるなんて本来ありえないですよ〜。」
そう最後に言い残して彼女は光となって消える。
突然現れ突然消えたミルルさんにシルルカとブロンは説明を求めるような目をこちらに向けていたが、彼女の最後の言葉を聞いて、安易な詮索はしないでくれた。
「・・・取り敢えず、ブロンさんはここで倒れた方々の様子を見てください。私とシルルカは向こうの様子を見に行ってみましょう。」
「お、おう。」
「・・・わかったわ。」




