喚ばれた剣聖ー87
ーーザワッ
「・・・あれ、何か聞こえました?」
「え、い、いや、特には何も聞こえなかったけど、、、。」
森を進んでいると、何処か不自然な音が聞こえた気がした。
森の自然の音に混じった何処か異質な音、、、
でも私はエルフ族でもないですし、気の所為ですかね?
特にシルルカ達も何も気になっていないみたいなので、それ以上は何も言わず、無言で森を歩く。
ーーザワザワッ
ざわめきだけが耳に届く。
鬱蒼とした森は湿度が高いのか何処か蒸し暑い。
どことなく嫌な雰囲気を感じながら歩いていると、突然ドウゲンが立ち止まった。
「ドウゲン?どうしたの?」
「・・・シルルカ様、森が静かすぎませんか?」
ドウゲンの問いに私は首を傾げながら森に耳を傾ける。特に普通の森のように感じる、静かな印象はないけど彼らからすれば違うのかな。
「確かに、リクリカ様やフィーカが戦っているはずなのに静かすぎる。それに精霊の声もびっくりするくらい聞こえない、、、。避難は、できているのよね?」
「それは私には何とも、、、。」
どことなく不安が顔を出したのか二人とも暗い顔をしている。
でもここで立ち止まっていても何もわからない、静かな森の中進むと、森が開け、、、え、、、
そこには、何かに吊るされたかのように動かない精霊達がいた、、、。
「ーーひっ!?」
「な、なんだよ、、、これ、、、。」
ワニィアが短い悲鳴を上げ、ブロンが狼狽える。
エルフの二人はその光景に言葉を出せずに固まり、動けなくなっていた。
私も動揺しながら後ずさりそうになる。
すると、その吊るされた精霊たちの下に座っている、一人の少年が目に入った。
黒い長い髪に暗い目で笑うその少年はこちらをじっと見つめている。
「・・・え、人族?」
私の漏らした言葉に反応してようやく全員の意識がその少年に向く。皆が構えを取り、警戒心を引き上げる。
「うん、人族だね。ま、一応この世界に救いを求められて召喚された勇者ってところかな。」
「・・・狂った、勇者。」
「うっわひどいなぁ、いきなり人を狂人扱いしてさ。僕からしたら狂ってるのは君たちのほうなのに、、、。」
少年の目がさらに黒く光る。
嫌な攻撃の予感に私は咄嗟に障壁を貼る。
その障壁の中でドウゲンは前に飛び出し、魔法を放とうと腕を構えた。
「この外道が!精霊様達を良くも、、、! 昏き森、聞き届けられるは獣の息遣い、恐れ、慄き、不安を伝播す、、、ぐっ?!」
しかし、その詠唱の途中でドウゲンが突然首を押さえながら宙に浮かんだ。
「ドウゲン?!」
シルルカが悲痛な叫びを上げる中、ドウゲンは必死に首を掻きむしっているが、息ができないのかそのままダランと力を失う。
その光景に再び、私たちは恐怖した。
「うそ、私の、、、障壁が、、、?」
ドウゲンは私の障壁のなかにいた。
今までどんな攻撃も防ぐことのできた障壁を無視したこの攻撃に怖気が走る。
思わず膝をついた私の横で今度はシルルカが涙を堪えながら手を向けた。
「良くもドウゲンを! 放たれ、、、うゎ!」
そして魔法を唱えようとする前にブロンによって抱えられる。さっきまで彼女がいた場所を何か通ったようにバビュンッと風切り音だけが通り過ぎた。
「冷静になれ!無策で相手できるヤツじゃねぇ! 土下落!」
ブロンの魔法で地面に穴が空き、シルルカとブロンはそこに落ちて相手からの視線を切る。
その様子につられていた少年の隙をついてハイルがナイフを構えて腰を低くし、飛び込む!
ズガンッ!
しかし、その圧倒的な速度で突っ込んだハイルは、何も見えない壁のようなものにぶつかり血だらけになった。
「ハイルくん!」
あれはまずいとハイルに近づこうとする。
その私の前にワニィアが立ちふさがった。
「だめ!」
彼女は糸を張り巡らせて、敵の攻撃を捉えようとするが、ボッボッ!と糸の網に穴が空き、ワニィアはドウゲンと同じように吊るされる。
「わ、ワニィアさん、、、。」
一人、また一人と吊るされていくその光景に深い絶望が湧き出る。
ハイル君を助けないと、でも近寄ったら私も同じように、、、
障壁が通じない、守れない、役に立てない、あまりの無力感に心が折れそうになる。
「うおおぉ! 土造 峨蛇峨蛇羅!」
穴の中からの叫びとともに巨大な土のトカゲが飛び出す。峨蛇峨蛇羅は少年に殺到したが、すぐにひねり潰されるように壊された。
しかし、その瓦礫に混じるように手を構えたシルルカが現れる。すでに魔力に満ち、もはや詠唱は済ませてあるようだ。
「禍絶烈風!」
放たれた風の渦は土の瓦礫を巻き込み相手に向かう。
完全に相手の隙と意識を突いた完璧な攻撃、、、でも狂った勇者には届かない。
その風は弾かれるように掻き消された。
「そん、、、な、、、。」
流石のシルルカもその光景に心が折られ、膝をついてしまう。後ろで待機していたブロンも、どうすればいいのかわからず、冷や汗を垂らしていた。
そしてその様子を少年は楽しそうに見ている。
「あっは、どうしたの?怖い?逃げたい? わかる、わかるよ、僕もこの力が気味悪くって仕方ない。」
彼は不気味な笑顔のままゆっくりとシルルカに向かっていく。
「ほんと、これのせいで僕はすべてから見捨てられた。どうして女神様はこんな力を僕に与えたんだろうね? ふふっ、もうどうでもいいことだけど、、、。」
そしてシルルカの頭に向かってゆっくり手を伸ばす、、、。
ーーバチィッ!
しかしその手は前に張られた障壁によって阻まれた。
「ーーっいったいなぁ、何すんだよ。」
「もう、もうやめてください、私たちの負けですから。」
私は息も絶え絶えにそう言うと、彼は白けたように息を吐く。
「へぇ?だから? じゃあ死になよ、それか生きるのが嫌になるほど壊されなよ、それが負けた奴の宿命だって。」
「なぜこんなことをしているのですか?」
「うわぁ、今更そんな事聞くとかつまんないなぁ。別に、命令だからしてるだけ、やりたいとか楽しみたいとか何もないよ。」
もう彼に対して打つ手はない、なら出来ることはほんの僅かな時間稼ぎ程度だ。
しかしこれも、数秒が限界だろう。
「もういいや、うるさいから静かにしてて。」
彼の言葉のあとに何かに首を絞められて同じように吊るされる。
苦しい、息ができない、しかし浮かぶのは死の恐怖ではなく辺り一帯が更地になるあの光景。
もしここで意識を失えばまたあれが起こる、周りに大勢いる中そんな事したくない。
相手は一気に意識を奪うことはせず、苦しむさまを眺めている。
でも逃れられないその力に、徐々に意識を失いそうになった瞬間、、、
「土造 二鐓撃槌!」
少年に振り下ろされる岩の大槌。
勿論その岩は視えない何かに阻まれたが、その後ろから現れたペリナがその視えない何かの位置に当たりをつけて拳を振るう。
「ハウリングガントレット!」
拳は視えない何かに阻まれるが、衝撃はそれを超えて相手に届く。
「ーーぅあ?! いっ、げぇ!」
少年は衝撃によろめき、血を吐く。
すると、私を吊るしていた何かの力が弱まり、地面に落とされた。
「ーーひゅっ!げっほ!げほけほ!」
「ミリア!早く逃げろ!私が何とか時間を稼ぐ!」
ペリナは私と少年の間に土の壁を作った。
突然出てきた彼女に驚き、息を必死に吸いながら何とか立ち上がろうとする。
確かにペリナの実力は高い、でもそれでもあの少年相手は厳しいものがあった。
まさか、囮になって時間を稼ぐ気じゃ!
私はその壁に近づこうとして、しかしすぐに踏みとどまる。
いいのだろうか、ペリナが決死をかけて時間を稼いでくれている。それを無駄にして、いいの、、、だろう、、、
「うぅあ、私は、何のための力、、、。」
本来なら自分が囮にぴったりな筈だ。
でも相手は私の障壁をものともしない。守りたいものを守れない無力感に吐き気を感じる。
私は、ペリナの思いを無駄にしないよう、森にいるはずのロドに助けを求めようと、走り出す、、、が、、、
「あれ?まだいたんだ?」
後ろから聞こえた声に恐る恐る振り返る。少年は壁の上に立ち、その背後にペリナが吊るされている。
「う、、、あ、、、。」
「あーあ、お姉さんももうダメだね。じゃ、もう寝なよ。」
また再び上に吊るされる。
もう諦めようと、吊るされるなかふと指にきらめく指輪が瞳に写った。
そして律兎さんに言われた言葉を思い出す。
「ミリア、お前が敵と接触したとき、この指輪で助けを求めてもらいたいんだ。」
「えっと、それは律兎さんに?」
「いいや、俺じゃない。敵さんには俺の他にも厄介な奴が相手にいると勘違いさせたい。だから喚び出すのはお前も見たことがあって、そんで俺が信頼している人間だ。」
「それって、、、」
「あぁ、今からそいつの名前を教える。だから、お前は必死にそいつの姿を思い浮かべろ。」
私は律兎さんに言われた言葉を思い出し、それになぞるように指輪を触りながら必死にその姿を思い浮かべた。
ーー助けてください、ミルル・リーラクラットさん!
カッ!
まばゆい光と共に光の雫が地面に向かって落ちる。
少年はそれを不思議そうに見送る。
その雫は地面に当たると大きく光り、中から眼帯をつけたツインテールの少女が飛び出した。
「ーーはっ??」
「取り敢えず〜、あなたが敵ですかね〜?」
高く跳んで彼女は剣を振り下ろす。
しかしその剣は視えない何かに阻まれた。
「ん〜?」
不思議そうにしている彼女に少年は手を向ける。
私はまずい!と感じ、何とか声を出そうとするが声が出ない。
彼女も吊るされてしまうと嫌な光景を想像していると、ミルルは視えない何かが視えているかのように回るように後ろに跳んだ。
「ーーぇ?」
その動きに今度は少年の方が驚く。
攻撃を向けられたミルルは腕を組んで「はは〜?」と小首をかしげた。
「なるほど〜、視えない攻撃ですか〜。形状は縄のような形してますね〜。感触なし、こっちに干渉するのに実体化もしてませんね〜。・・・そういうもの、って捉え方のほうが近いですか〜。」
本来なら絶望してもおかしくない視えない攻撃に対してミルルは間延びした声で淡々と解析していく。
その様子に少年は眉をひそめた。
「君、なに? どっから現れたの?」
「あ〜、私ですか〜? 七剣が一人、剣舞 ミルル・リーラクラットです〜。彼女の助けに応じて馳せ参じましたよ〜。」
ミルルはそう言って跳びながら、虚空に剣を振るう。
すると、私を吊るしていた縄は斬られ、地面に落ちる前にミルルさんに抱えられて着地する。
彼女は私を抱えながらウィンクして不敵に笑った。
「まっかせてください〜。この状況、まとめて返してやりますよぉ〜?」




