喚ばれた剣聖ー86
相手に向かって波のように木の根を伸ばすがログロドに触れた途端、ブルッと震えて弾け飛ぶ。
「こんなのどうしろと、、、!」
でも視界は閉ざせた。
一度下がって森の中に紛れる。接近戦は危険すぎる、こっちは触れられたら終わり、距離を取りながら何とかしたほうが、、、
「音、つーのは揺れなんだよ。俺の力は振動を強く感じさせる、お前の位置は丸わかりだ。」
ログロドが私が身を隠す木に向かって手を向けると、衝撃波が放たれる。木を割り砕き、こちらの体を揺さぶる。
「ーーこぷっ」
目や鼻から血が垂れる。内部が揺さぶられて、うまく立てない。
立つこともままならないが、立ち止まるわけにもいかない。無理やりツルを身体に巻きつけ、木の上に引き上げる。
「『雨を遮る庇となり、安らぎ与えたる母なる木よ、無情なる侵略者に悲痛なる裁きを! ジャルヌ・シルーニャ! 咲良裂弾!』」
頭上から落とされる樹の実が爆発するように飛散する。精霊の名が込められた魔法は威力が増大し、鎧を破壊するには至らないが足止めは上手くできた。
「ーーどうしよ。」
何とか距離を取って必死に考えを巡らせる。
このままやってても逃げられなくなって殺される。
心は弱気になって度胸がなくなっていく。
「死にたくない。」
戦士の覚悟がないと言われるかもしれない、情けないかもしれない。でも怖い、逃げたい、でも逃げたくない。
その葛藤が今になって心に渦巻く。
「落ち着こ、負けたらダメ。」
『ゔわぁーーーフィーカーーー!やっどみつけたぁ!』
すると、森の奥から大きな泣き声を響かせながら癖っ毛ショートのふわふわ系精霊が飛び込んでくる。
「じゃ、ジャルヌ?どうしてここに、、、!」
『フィーカ全然魔法使ってくんないからぁ!場所わかんなくてぇ!久しぶりに、会えたぁっ!』
私の契約精霊であるジャルヌはまだ精霊としては若いが魔力の保有量はフィクリシア様に次ぐものらしい。
ただ幼いことは幼いのでまだ精神的には未熟、正直ここには似つかわしくない。
「・・・何してんだお前?」
木の陰から現れたログロドに驚いてすぐに飛び退く。
見つかったと思い、焦るがログロドはすぐに攻撃を仕掛けてこなかった。
むしろ何処か気まずげにしている。
「あー、喧嘩なら早く終わらせてくれよ?」
どうやらログロドは状況が収まるのを待ってくれるようだ。腕を組んでその場に仁王立ちしている。
『・・・? 誰あの人、なんかゴツゴツしてる。』
「ジャルヌ、今の状況わかってないの?!」
『ふぇ?フィーカに構ってもらえない事?』
「そうじゃなくて攻め込まれてるの!」
『言われてみれば森が騒がしいような?』
あまりに危機感のないジャルヌに焦る。
天能が精霊に効くのかはわからないが、今は彼らにも霊界に避難してもらっている。急いでジャルヌも逃さないと、、、
『・・・え、敵?』
「そう、だから早くあなたも逃げないと。」
『わかった!なら私も戦う!』
そう元気に言ってシャドーボクシングをするジャルヌに頭を抱える。
どうしてこんなにやる気なんだろう? 状況が掴めてないから?
すると、ジャルヌは私の腕の中で辺りを見渡した後、こちらを見上げた。
『・・・森ぐちゃぐちゃ。』
「あ、こ、これは、、、ご、ごめんね。」
『んーん、管理はフィクリシア様だし私はいいけど、でもこれじゃあの硬そうなのに勝てなくない?』
そう言ってジャルヌはログロドを指差す。
私はその言葉に口を噤ませた。
ジャルヌの言う通りこのままだと勝てる気はしない。
でもならどうすればいいのか思いつかないのだ。
『フィーカ、思い出して。ここは森、私達は自然の伝え人、木じゃ石には勝てない。硬そうなの相手に私もリクリカ様もゴリ押しはしないよ。』
その言葉に私はハッとする。
そうだ、母も言っていた。
『フィーカ、貴女は森をどういった場所だと思っていますか?』
「・・・? 命が芽吹き、恵みを実らせ、すべてを包み込む地だと。」
『えぇ、私も同じ感想です。ですが、それは私達の話であり、外の者からすれば森とは恐ろしい所でもあるのです。常に弱肉強食、いつ強力な毒虫に襲われたり獣を襲われるかわからず、方向感覚も狂う。すべてを受け入れますが一度立ち入れば二度と出ることはかなわない魔境とも呼べるのです。』
確かに私達は精霊の導きや、生まれ育った森での歩き方を熟知している。
だが外から来た者に取って森とは警戒し、万全の準備を期して臨むものなのだ。
『確かに植物を操るのも戦い方の一つです。しかし、森はそんな生易しいものではありませんよ。』
ジャルヌの言葉で母に言われたことを思い出す。
そうだ、忘れていた。どうも焦りと緊張によって視野が狭くなっていたらしい。
・・・そうだ、私の天能は『森の伝え人』、森の美しさも、恐怖も、余すことなく伝える力だ。
「・・・ごめんジャルヌ、私に力を貸してくれる?」
『うん!もっちろんだよ!』
私がそう聞くと、ジャルヌはすごく嬉しそうに漂って体をわずかに光らせる。
そして私は前を向き、仁王立ちしていたログロドと向き合った。
「・・・ふぁーあ、楽しませてくれんだろうな?」
「あぁ、任せろ。」
ーーダッ!
合図もなしに全力で踏み込んで前へと走る。
ログロドは取り敢えずその動きを止めようと、手を前にかざして鉱石の腕を伸ばした。
が、、、その腕は宙を掴んでしまう。
「あ?」
確かにとらえたはずの相手を見失い、構えを取りながらロドは辺りを警戒し、一度拳を打ち鳴らして甲高い音を響かせた、、、が、、、
「なんだ、、、この音、、、。」
相手の位置を探るための音は、葉の擦れる音や虫の声、獣の息づかいに水の音、周囲から聞こえるさまざまな音によって掻き消される。
でもあたりには動物などの気配はなかったはず、これはおそらく幻聴だ。
するともう一つ、辺りが暗闇に閉ざされていることに気づいた。
先ほどまで木漏れ日が差していた葉の隙間を所狭しに活性化によって成長した木に阻まれる。
辺りは暗闇に包まれ、すでに視界すら奪われていた。
「ーーちっ、面倒だな。」
その状態でログロドは地面に両手を当てて、ズドンッと大きな音を立てながら衝撃を走らせる。
地面は大きく揺れ、木を倒しながら辺りを吹き飛ばす。
一気に視界は晴れ、見晴らしが良くなった森を見回したが2人の姿はない。
「ーーあ? 逃げたか?」
瞬間、少し遠くなった森から木の枝が飛んできたので掴む。すると、掴んだ瞬間爆発するように黄色い粉が宙を舞った。
「んだこ、、、ぶぇっくしょい!」
鎧の隙間を通って枝から飛散した花粉がログロドを侵す。目からは涙が溢れ、くしゃみが止まらず、頭痛がしてくる。
「くっそ!こんな小細工、、、!」
ログロドは鎧の兜をつけていられず、たまらず兜を外した。涙で視界がにじむ中、森から2人が姿を現す。
「『森に眠る孤高の頂、羽を広げ、大地を見下ろし根を張るあまねく生物の守護者たる偉大なる竜よ、我が呼びかけに応えよ! 深森樹護竜 ジャグラリンダ!』」
ーーズンッ!
詠唱と魔力の高鳴り。
ログロドを中心に大きな魔法陣が描かれ、3方向から地響きが響く。
木々が折り重なり、3体の巨体を持った木竜が形作られそれぞれが咆哮を上げた。
【ギョオオオオオオオオーーーー!!】
そのとてつもない威圧感を受けながらも中心に立たされたログロドは不敵に笑う。
「はっ、相手してやんよ!」
・・・・・。
・・・・。
・・・。
「・・・なんとか、動き止められた?」
『上手くはいったけど力が強すぎて私たちも動けないね。』
衝撃波によって抉られた大地の真ん中に立つ、ログロドの前で、植物の根を掴みながらフィーカは座り込んでいた。
前に立つログロドは兜を被った鎧のまま、ブツブツ何かを呟きながら棒立ちになっている。
彼に放ったのは乱森樹という樹から発せられる『摩訶花粉』と呼ばれる幻覚作用が含まれた花粉で、現実との境目がつかめなくなる。
ただ動きは止められないので、今のように根で拘束する必要があった。起きてるときほどの圧倒的な動きはできないが、ある程度の力は振るえたはず。
『でもここで足止めするだけでいいの?』
「うん、今は取り敢えず時間さえ稼げればいいかな。」
倒せればそれに越したことはないが、今は天能の力で動きをとめるのに精一杯。少しでも力を緩めてしまえば暴れ出してしまう可能性があった。
『ジャグラリンダ召喚しなくてよかったの?』
「そしたら本当にこの森がぐちゃぐちゃになっちゃうよ。」
深森樹護竜ジャグラリンダは殲滅魔法に該当する。
一度召喚すれば周囲の木々は巻き込まれ、大地は抉られる。
もし戦わせようものならさらなる被害の拡大が簡単に予想できた。
もうすでに私達の戦いの影響で辺りは景色を一変させている。
木々が歪み、地面からは鉱石が飛び出し草は枯れていた。
天能同士、もし本気で暴れればこうなってしまうのか、、、。
その事実が力の怖さを痛感させる。
「・・・はあぁ、疲れた。少し休も、ジャルヌ。」
『うん!何して遊ぶ!?』
「・・・・・休ませてよぉ。」
まだまだ幼いジャルヌは疲れなど知らず、ニコニコ遊びに誘ってくるのを何とかかわし続けるのだった。
ーーー
『・・・こんなところですかね。』
『わーすごい、流石リクリカさまですねー。こうも簡単に無力化してみせるなんて。』
森に攻め入ったジャユ族の軍勢は様々な方法で無力化されていた。
木に絡まれる者や、迷子になる者、植物に食われたり穴に落ちたり幻覚を見せられていたり阿鼻叫喚な模様を表している。
そんな恐ろしい空間の中、リクリカは特に疲れた様子もなく、空を見上げて今の大体の時間を把握した。
『まだ陽が高い、これで終わり、、、そんな訳ありませんね。』
『ただ森に行軍するなんて私達相手だったら自殺行為だもんねー。流石に八ツ首?なんちゃらがそんな事するとは思えないなー。』
何処か呑気でもありながらまだ他に攻め込んでいるものがいないか警戒する。
『・・・およ?奥に誰か居ますね?』
すると、フィクリシアがそう言って奥を覗いたのでつられてリクリカもそちらに視線を送る。
するとそこには黒いボサボサの長い髪を持ったみすぼらしい格好の少年が立っていた。その手には痛々しい手錠がかけられている。
『ーーえっ!?子供?』
『何処かから逃げ出してきた捕虜ですかね。・・・それにしても黒髪ですか。』
リクリカはその髪色に眉間を寄せる。
黒髪は厄災を運ぶ不吉な髪色としても知られている。魔族たちの勝手な噂を鵜呑みにする訳では無いが、ひどく嫌な予感がした。
『ゴート族か、勇者の末裔か分かりませんが放置は何となく嫌ですね。』
『まぁそうですねー。おーい僕ー、どうしてこんなところにいるんだー?』
フィクリシアが空に浮かびながらその少年に飛んでいく。すると少年は痛々しそうな傷だらけの様相でありながら不気味な笑みを浮かべた。
『ーーっ!フィクリシア今すぐ離れなさい!』
『ふぇ?なん、、、ガッ?!』
近づいたフィクリシアが突然首を押さえて身を捩らせる。
ーーどういう事?!なぜ精霊に攻撃を!?
彼からは魔力感じていない。つまり魔法ではないはずだ。魔法もなしにどうやって、、、!
すぐにフィクリシアを助けようとリクリカは相手に向かって手をかざす。しかしその右手は突然操られたかのように上に向かってそらされた。
『ーーくっ?!』
「・・・お姉さん、お姉さんは僕を殺せる?」
ーーゾワッ!
その明らかに異質な雰囲気に寒気を感じる。
未だに腕は下げられない、まるで吊るされたかのように動かすことができない。
でも力を使うのに手を向けるのは指向性を持たせるため、別に使えなくても問題はない!
あたりの木々から蔦が這い寄り、少年に向かって殺到する。しかしその蔦はまるで台風に突っ込んでしまったかのように無残に弾け飛ばされた。
『ーーは?』
思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
まだ、彼からは魔法の力を感じない。
なのにこの圧倒的は力は、、、まさか、、、
『・・・天能?』
「せいかーい?って言えばいいんだっけ? よく分かったね、精霊のお姉さん。でもわかっても意味はないよ、もうお姉さんは僕の網の中だ。」
その瞬間首に何か巻かれた気配を感じ、上へと吊るされる。半精霊と化している自分は呼吸を肉体に頼っているため首を絞められれば息ができず死んでしまう。
『かっ、、、ぐぅ、、、、』
「おやすみ、いい夢見てね。」
そのままリクリカの意識は途絶える。
後には暗い笑みを浮かべた少年がただ一人残された。




