喚ばれた剣聖ー102
「・・・ここですかね。」
異界と森の境界端にある小さな井戸。
幾重にも幻術が張られて巧妙に隠されていた暗い井戸をアムルは見下ろしていた。
その井戸の縁には内部まで血の跡が続いている。
ロロカナの残した血魔法、『血落とし』。
一度残した血を任意の相手に見せることのできる魔法だ。
「ロロカナはうまくやってくれましたね。これがなければこの場所へは辿り着けませんでした。」
血魔法は例え使用者が死んだとしても残り続ける。
だからこそ後始末の悪さと、厄介さに忌避されていたのだ。
アムルは井戸の壁にそって立て掛けられている梯子に足をかける。
嫌な暑さ、草と水の腐ったような匂いに顔をしかめながら梯子を降りると、すぐにちょっとした広間に出た。
奥に繋がるような通路かも怪しい道が続いており、慎重に迷わないよう進んでいく。
血の跡を追っていると濡れた岩壁はそのままに、腐った本と棚が並ぶ、人がいたような痕跡のある場所に出た。
アムルはその真ん中にある黒い液体がたまった台座に近づく。
軽く台座の周りを確認すると、彫られたかのような溝が術式を描いていた。
「・・・当たりですか。」
割れた瓶に書き殴られたメモを手に取って唸る。
その文字は古代語で書かれているだけでなく、字も汚く損傷も激しい。とても解読できるような代物ではない。
だが彼にはいままで見てきた術式の言語が蓄積されていた。
例え文字が読めないとしても術式は理解できる。
そう考えながら隈無く地面の術式を解読し、片付けながら準備を整えた。
「魂を固着するための鎖は霊界から引っ張っているのですか。ただ肉体と魂の反発はどうクリアする? ・・・なるほど、境界を曖昧にするのか、そのためにこの液体が必要なのか。」
ぶつぶつ呟きながら、壊れた術式の修復を終える。
そして溜められた黒い液体を掬って笑みを浮かべた。
「あとは素材を溶かせば、、、。」
懐から透明なカプセルに入れられた黒い破片を取り出す。それと、襟元を開けて空色をしたネックレスを取り出した。
「『開け』。」
放り投げられたネックレスは大きく広がりながら空中に留まると、別の空間を写し出す。
そこはアムルが商会の私兵に指示を飛ばしていた異空間。
そこまで広い空間は保持できないが、大荷物を運ぶには便利な魔法具。
入って暗い部屋を進むと牢屋が見えてくる。
「さて、そろそろ力が抜けましたかね?」
牢屋の中には鎖で貫かれたリクリカが苦しそうに短い呼吸を繰り返していた。
貫いた鎖の先には小さな小瓶が取り付けられ、中には鎖を伝うように光の雫が溜まっていく。
アムルはその先についた小瓶を取り外す。
「半々といったところですか。あとは既存の肉体に残った霊力を混ぜれば完成しますかね。」
鎖を消し、リクリカの首元をつかんで引き摺りながら元いた井戸の底へ向かう。半霊半人の彼女はいま霊力を大きく失っている。体重は激減し、意識も虚ろなものだろう。
ゲートを潜り、そのまま台座に向かうと、、、
「いい加減返してもらうよ。」
棚の影から声がかけられ、勢いよく振り返る。
だが次の瞬間には突然手首の先の感覚がなくなっていることに気付いた。
チラリと視線を落とすと手は消え、赤い血が流れ落ちる。
「ーーっ!?」
現れたユリジャはすでにリクリカを抱えて距離を取っている。そして壁にそっと休ませるように置いた。
「情報を漏らしすぎたね。君の目的がここだと予想はできた。あとは何時か姿を表すのを待つだけ。」
「ーーぐっ、だからこそ、、、上を、、、混乱させていたのですがね。まさか、、、地上を無視して私を狙うとは、、、。」
アムルは無くなった腕の痛みに耐えながらユリジャを睨み付ける。
元々何事もなく終われるとは思っていなかった。襲撃は想定内。
「・・・本当にね、里を放っといて君を直接狙い来た、何てバレたらシルルカになんて小言言われるかわかったものじゃないよ。」
「なら今すぐ帰られては?」
「ははっ、面白いね。・・・あんな大掛かりな陽動を使ったんだ。君がここに来るとしたら今しかない、狙いは大正解だったね。」
ユリジャはそう言いながら笑みを消して指に青い火を灯す。
冷たい、冷たい殺気を漂わせながら、、、。
「・・・僕の妻を傷つけたんだ、許されるとは思わないでね。」
静かな怒りを満ちさせて火を放とうとするユリジャをアムルは声を上げて笑った。
その不自然な様子をユリジャは警戒する。
「はははっ!許す? 君は人を許せる立場か?この液体、原材料には一体何が使われているのだろうね。後ろめたくなければ表だって堂々と研究した筈、こんな井戸の底でこそこそしてる君は、寧ろ許しを乞うべき立場じゃないのか?」
アムルの指摘に対してユリジャは特に表情を変えることはない。変わらず無表情で静かに火を構えるだけ。
「君は一人を器に堕とすために、何人をも犠牲にした狂人だ。あぁ、別に否定してるわけではありません。何かを為すには犠牲は付き物ですから、、、。いえ、寧ろあなたは誇っていい、魂と肉体を繋ぎ合わせる。それは多くの人が恋願う、死者蘇生の可能性を秘めているのですから。」
そう興奮したようにつらつら述べるアムルにユリジャは初めて顔をしかめた。
「・・・・・そうだね、僕は禁忌を侵した。それは否定しない。でも君はそれを使って何がしたいのかな?」
「初代勇者 ロミオの復活です。」
「ーー!」
その名前と目的にユリジャは鋭く目を細める。
「・・・君は魔族だよね? どうして魔族の天敵である勇者を?」
・・・それも初代勇者。
魔王を三代に渡って討ち取った規格外の勇者。
結局彼を倒すことは叶わず、突然行方をくらませるまで魔族は逃げ続けるしかなかった存在。
その理不尽さは、魔族中に語り継がれている。
「・・・なるほど、そっか、それが目的か。ならドリム地下街を狙ったのは邪神の欠片で合ってるんだね。」
「そこまで考えが及びましたか。えぇその通り、光には影が必要です。勇者は希望の存在、絶望がなければ必要ありませんから。」
色々と納得がいってユリジャは息を吐いた。
アムルは上機嫌なのか饒舌に語り続けている。
「ドリム地下街は隠されてたりしませんからね。生け贄を細々と増やすのは簡単でした。お陰で向こうはいま大混乱に、、、待て、なぜ私はこんなに話している。」
楽しそうに語っていたアムルは突然顔をしかめて口を押さえた。そういえば腕の痛みも忘れていた、一体なぜ自分が不利な状況なのに、ここまで情報を、、、。
そう不審に感じていると、ふとユリジャが灯し続けている青い火が目にはいる。
「・・・その火、まさか。」
「おや、気付いたかい? 青い火の特性は『侵食』でね。例えば見た相手の意識を侵食するなんてことも出きるんだ。」
そう言って笑うユリジャの目は鈍く輝く。
アムルはその日初めて悪寒を感じ、無い腕を無意識にさすった。
「おまえは危険すぎる、、、。」
「そうかい? 僕としては君のほうが、、、え、、、?」
揚々と話し始めたユリジャの胸が後ろから刺し貫かれる。
どういうことだと首だけ回して後ろを見ると、そこには前に立っていた筈のアムルがいた。
ユリジャは足元を見る。
近くにはさっきまでアムルのとなりにあった台座がある。
「ーー入れ替わり、、、か、、、。」
アムルは入れ替りの魔法具を発動させてすぐに振り替り、ユリジャの胸元を背中から刺したのだ。
「もうドリム地下街にはブロンとは別の魔獣を放っている。あと一歩なんだ、邪魔されるわけには行かない。」
ナイフを引き抜いて血を流させる。
内臓を傷付け穴が空けば、もう立っていることはできないだろう。
苦しそうにユリジャは呻きながら崩れ落ちる。
・・・これで、ようやく
・・・・・。
・・・・。
・・・。
「・・・は?」
「どうしたの? もう動けない?」
気付くと、アムルは床に突っ伏していた。
どう言うことか理解できずに困惑する。
刺した筈のユリジャは両手をポケットにいれてこちらを見下ろし、特に傷もなく平然としていた。
意味がわからない、一体どういう、、、
混乱する思考のなか、アムルは視界の端で燻る青い火が目にはいった。
「・・・幻、覚?」
「あぁ、君が気付けた違和感の通りだよ。どれが現実で、どれが本当なのか。もう君に判断することはできないだろう?」
アムルは自分が倒れてる床に赤い血が広がっていることに気付いた。さっきから体の感覚がない、もう終わり、、、か、、、。
暗くなっていく意識のなか、ボソリと言葉を落とされる。それが耳にはいると、アムルは一度目を見開いて笑みを浮かべた。
「・・・ふふふっ、なら、報われますね。」
意識はそのまま、闇に包まれて消えたのだった。
ーーー
「・・・なんつうバカデケエ怪物だよ。」
ロドは自分の城の天辺で深層から轟音と共に現れた怪物に鼻をならす。
この街も狙われてることがわかったあと、律兎とユリジャと話し合い、ロドは街の防衛としてドリム地下街に戻ることにした。
あまりふらふらすることもできないし、城のなかで警戒していたのだが、突然の轟音に急いで様子を見に来たところだ。
どうしようかと頭を悩ませていると、ロドの横にフワリと軽く誰かが降り立つ。
大体気配でわかったが、短い銀髪に鋭い目付きで巨大な化け物を睨むフィーカは腕を組む。
「なんだあれは? 見たことの無い魔獣だ。」
「幻獣 『ファントラン』だな。」
薄い靄を体から噴出している巨大な虎。
靄からは実体を持つ配下を形成させ、軍勢のように標的を食い荒らす魔獣だ。
「どうする?」
「どーするもこーするもぶっ潰すしかねぇわな。」
ロドは首に手を当ててゴキリと鳴らした。
どちらかというと戦闘を楽しむ気分は無く、早めに消し去りたいという億劫さに駆られている。
そして気だるそうに後ろを見た。
「・・・んで? おまえは何時まで怯えてんだ?」
そこには体育座りをして、この世の終わりにあってるかのように絶望した面持ちのハイルがいた。
そう、ハイルとフィーカは襲撃のある可能性が高いドリム地下街に派遣されている。
一番敵の戦力が予想できないこちら側に鬼札を三つ、律兎は切ることにしたのだ。
「全く愚弟が、ただのでかい虎だ。何を恐れることがある。」
「そのでっかいって言うのが大問題なんだけどね!! て、て言うかファントランって召喚魔獣じゃん!!な、何で急に現れたの!?」
「そりゃあ、敵さんが召喚したからだろ。」
いままで恐れていた姉にハイルは食って掛かる。
洗脳が解かれたフィーカはハイルへの敵視が薄れていた。その事はハイルも感じ取っており、別に仲がいいわけではないが、自然に接することができている。
「つーか、安心しろ。あの魔獣は俺とフィーカが相手する。おまえは変わらずここの警備をしててくれ。」
「え、い、いいの?」
「明らかに陽動だろう。ま、一番予想できない敵が来る可能性が高いのは城のほうだろうけどな。」
「一気に気分が落ちること言われた!!」
ハイルは頭を抱えてジタバタしている。
そのまま転がっていると、ガッとフィーカに踏まれた。
「私の弟なら気合いいれろ。いいか?負けたら許さないからな?」
「・・・・・け、結構負け続けなくーーひっ!?」
「なにか言ったか?」
少し言い返したら顔の前に刃が突き立てられて冷や汗を流す。
ロドはそんな様子の二人に呆れたようなため息をついた。
「いいから行くぞフィーカ。そろそろ街についちまう。」
「わかった。」
「よし、んじゃ行くぞ! 土造 峨威亜出流我!」
パンッ!
と、腕を打ち鳴らすと同時に岩で作られたガイアデルガが現れる。
ロドはそれに飛び乗ると、真っ直ぐにファントランに向かって飛んでいった。
「まったく、こっちは準備に時間がかかるのに。・・・いくよ、ジャルヌ。」
『まっかせといてえ!』
「『森に眠る孤高の頂、羽を広げ、大地を見下ろし根を張るあまねく生物の守護者たる偉大な竜よ、我が呼びかけに応えよ! 深森樹護竜 ジャグラリンダ』!!」
天蓋から樹木の根が飛び出し、勢いよくフィーカの前に竜を形作っていく。
巨大な樹木の竜は昆虫のような翅を広げて大きく吠えた。
【ギュリイイイイイイイイイイイイッ!】
ロドに見せた幻覚とは違う、本物の森の守護者。
降り立ったジャグラリンダの背にフィーカは飛び乗ってロドの後を追う。
その場に残されたハイルは呆然としたあと、一つ頷き城の中へと戻った。
・・・うん、やっぱり僕って場違いだよね。
少し疎外感を感じながらトボトボと地下へと向かう廊下を歩く。
律兎やミリアさん、それにスイ、3人からドンドン実力が離れていっていることをひしひしと感じていた。
「い、いや? 元々差はあったよね?」
そういえばそうだった。
元々律兎は僕とは比べ物にならないほど強いし、ミリアさんはよくわからないけどなんかすごい。スイだって魔法の使い方や剣の腕、どこを取っても僕が勝てるところ何て無い気がする。
陰鬱とした気持ちになりながらトボトボ歩いていると、すぐにロドに教えてもらった物々しく鎖や鍵で閉じられた大きな扉の部屋にたどり着いた。
この中にその欠片があるということだけど、こんな扉壊せるやついるのだろうか?
ーードオンッ!!
「ひっ!?」
上のほうから地響きと大きな戦闘音が聞こえてくる。おそらく戦いが始まったのだろう。なのに僕はここで一人座るだけ、、、。
「り、律兎はなんで僕をこっちに送ったんだろぅ。やっぱり戦力外だからかなぁ。」
ズーンっと一人暗くなっていると、ふと何となく壁のほうを見た。
特になにもない松明の明かりに照らされる岩壁。
でも一瞬、ほんの一瞬何か違和感を感じた気がした。
「つ、ついにおかしくなったのかな。」
一人気恥ずかしさを紛らわせるように呟くと、ヒヤリと首もとに寒気を感じて前へと飛び出す。
転がりながら何とか後ろを見ると、大きなハサミをもった黒い布を被った何かがいた。
顔は影になって見えないが、暗いフードの奥からは赤く光る目が覗いている。
「だ、誰だおまえ!」
「名は、、、無い、、、ただ、、、切り裂く、、、者、、、。」
しゃがれた聞きづらい声で話しながら黒い何者かはハサミを構えた。
ーージャキンッ!
ハサミが閉じると、直線上にあった扉の鎖が切り落とされる。その光景に目を見開いて慌てて武器を取り出した。
ジャキンッ!
「ーーえっ?」
またハサミの擦り合わされる音が聞こえたと思ったら、急にやる気を削がれ、戦う気力がなくなってしまった。
「敵意を、、、切った、、、我に、、、切れないものは、、、ない、、、。」
明らかに敵なのに、武器を向けようと思えない。
不思議な感覚がする、まるで植物を見ているかのような、、、。
いやでも、ちがう! 僕は扉を守らないと!
すぐに懐から取り出した小瓶を後ろに投げて、扉の前に蔦の壁を作り上げる。確かに敵意は向けられない、でも扉を守るという気持ちは残っていた。
「強い、、、精神力、、、無駄に、、、終わるが、、、。」
またハサミが構えられる。
次は何を切られる? いや、切られる前に避けないと!
ジャキンッ!
相手のハサミが合わさる前に横に跳ぶように加速、特に何かを切られた感覚はない。これなら、、、!
ーーガクッ
「・・・え?」
突然足から力が抜ける。
不安、、、心の奥底から焦りと劣等感が沸いてくる。
「希望を、、、切った、、、思考は全部、、、絶望へと、、、落ちる、、、。」
さっきまで感じていた劣等感や不安が膨らんでくる。
明るく思考を切り替えることができずに足に力が入らない。
「そのまま首を、、、もたげてろ、、、すぐに、、、終る、、、。」
首の両側から冷たさを感じる。
なのに体は心に添って動こうとしなかった。
・・・そうだ、どうせ何もできないんだ。誰にも見てもらえないし、認められない。それならいっそ、、、
深い絶望に落ちていく心の中、ふとその中にスイを守れなかったときのあの光景がよぎった。
ーードンッ!
瞬間、後ろへと加速して跳び、閉じられたハサミを回避する。
そして短剣を両手に持って黒い布に構えた。
「敵意は、、、切った、、、はず、、、。」
そう、敵意は切られた。
だからもう相手は敵に思えない。
ならどうすればいいのか、怒りと絶望によってハイルのもう一つの感情が目を覚ます。
自分の手にナイフを滑らせ血を流す。それを髪に当てて上へとかきあげた。
「・・・僕が、君に向けるのは敵意じゃない、悪意だ。」
笑みは黒く歪み、その目はおもちゃを見るように楽しげに細められた。
「憂さ晴らし、付き合ってもらうよ。」




