第七話 -2食目-
「もう帰っちゃうの?」
入学手続きを済ませ、帰ろうとする俺たちにアインが言ってくる。
旅費に余裕もなければ、シャルをずっと1人にしておくわけにもいかない。
それに学校での授業も残っている。
寂しそうなアインの顔を見ると、「帰らないよ」と言ってあげたくなったがそうはいかなかった。
「じゃあ次会うのは来年の4月だな」
「1年も間が開くのか! 寂しくなるな・・・」
オズが残念そうな顔を見せていると、ハンスが鞄から何やら四角い魔道具を出す。
「危ない危ない、カメラ買ってきたのに使ってなかった。4人で撮ってやるからそこに並べ!」
カメラだって!?
この世界にもあったのか!
「父さん! それ見せて!」
興奮を抑えられずハンスの元までカメラを見にいく
しかし「後で見せるから早く並べ」と宥められてしまった。
「じゃあ撮るぞー」
パシャリという音とともにレンズが光り写真が出てくる
これはカメラというよりチェキと呼ぶ方が正しそうだな。
「すげー! この魔道具は景色を切り抜けんのか!!」
「すごい! 思ってたよりも画質いい!!」
オズと一緒になって興奮しているとアインが「家族写真を撮ってあげる」と提案してくれた。
お言葉に甘えてカメラを渡しすぐに4人でかたまる。
「レイももっと笑顔で! オズとアントを見習え!」
「いいですかー、撮りますよー」
カメラをアルベルトに預けたアインが声をかける。
グッドポーズで大丈夫だと伝えると、パシャリとシャッターが切られる。
「これでどうかな?」
渡された写真は少しブレていたが素晴らしかった。
俺たちをハンスが後ろから腕で囲っている。
レイのものは若干躊躇いを感じたがみんな笑顔だ。
幸せな家族の景色がそこには広がっている。
全員でありがとうと伝えてカメラと写真をハンスに渡す。
「ゆっくりしたいところだがそろそろ行くぞ。お前らあいさつ済ませてこい」
「じゃあなアイン! またな!!」
「またな」
「ばいばい」
「うん! またね!!」
気持ちがこもってなさそうに聞こえる「ばいばい」ではあったが、レイもアインの気持ちを汲んで別れのあいさつをしたのだろう。
すぐ宿に戻って事前にまとめておいた荷物とともに馬車に乗り込む。
「またあの道を1週間かー」
「俺なんか手綱も握って、もっと大変なんだぞ!」
ため息をつくオズにハンスが言い返す。
だがその顔は優しく微笑み、どこか嬉しそうだった。
「長期休みくらいは帰ってきてくれよ? 俺と母さん、寂しくて死んじまう」
まだ入学まで1年あるのに気が早いものだ。
「もちろんだ!! でも、馬車に乗れるやついねーじゃん・・・」
「馬なんてちょっと練習すればいけるさ。父さんはすぐ乗れたぞ!」
「でも、オズの馬車は怖いな。レイにやらせても寝るだろうし。俺が乗れるようになるしかないかも・・・」
「そんなことないぞ! 完璧な乗馬技術みせてやる!!」
「ハハハッ! こればっかりはアントを支持したくなるな!」
「そういえばカメラ見せてよ!」
「ああ、鞄に入ってるから適当に触っていいぞ」
早速カメラを触ってみる。
やはり電池式ではなく、魔力を動力源にしている。
専用の用紙をセットすることで印刷が可能になっているようだ。
試しにオズの写真を撮ってみると興味を持ったのか俺にも撮らせてくれとカメラの取り合いになった。
大人気ないと言われるかもしれないがカメラだけは譲れなかった。
そこからの帰り道はいろんな写真を撮った。
寝ているレイや疲れて音を上げてるハンス、オズが撮ったブレブレの俺の写真もある。
久しぶりのカメラに受験の合格、俺の気分は最高だった。
このまま帰れるはずだった・・・
----
王都を出て5日目。
最後の山を下り始め。
日も暮れてきて、まもなくどこかで野宿しようというところ。
突然の突風に見舞われて馬車は転倒、俺たちは山を転がり落ちた。
冷たい。
この季節、この山の標高ではありえないほど冷たい風だ。
視界が揺れて状況が把握できない。
何度か枝が刺さり痛みが走った。
「うっ・・・」
強い衝撃が腹にかかると同時に勢いがおさまる。
どうやら木に引っかかったようだ。
「アント! 大丈夫か!」
近くにいたハンスが声を張って呼びかける。
「うん。何とか」
だがオズとレイの姿は見当たらない。
俺たちよりも落ちていってしまったのだろうか。
「オズとレイはどこに!」
「それも大事だが一旦後だ! 前にいる! つよいぞ」
ハンスに言われるまで気がつかなかった。
前には白い長髪の女性が立っている。
黒いローブにフードを目深に被り怪しさが満載だ。
その両隣には角が生えた男が2人。
こちらもローブを羽織っているがそのガタイの良さが布の上からでも見て取れる。
「このような山賊紛いの襲撃は趣味じゃないのですが。主人様の命令なので仕方なく実行しています。お許しを」
その女性の言葉の後に男2人が一斉に姿を消す。
「ふんぬぅぅ」
1人の男はハンスに襲いかかっていた。
しかし持ち前の反射神経でハンスはその拳を剣で受け止める。
(もう1人はどこにいった)
少し見上げると木の枝にのり、2人の攻防を見ていた。
あいつは魔法を使う気か。
「蜘蛛脚展開!」
すぐに蜘蛛脚を出し、男を止めに向かう。
ここでハンスの妨害をされるわけにはいかない。
「炎射撃」
しかし蜘蛛脚が魔法を放つ右腕に僅かに届くかというところで魔法が放たれてしまう。
魔法は剣を打ち合うハンスの左二の腕をかすっていった。
わずかな妨害が功を奏したのだろうか。
だがハンスは腕を削られる傷を受けても舌打ちだけで済ませ、戦闘を続行する。
やはりハンスは人間離れしている。
「このやろおぉ!」
ハンスは男を斬りつけ、女の元に向かう。
俺も何とかこの魔法使いの足止めくらいはしなければ。
----
ーオズ視点ー
アントたちが戦闘を始める少し前。
「右獣拳!」
転落の勢いをパンチの反動で相殺する。
転がり落ちながら考えたなかなかいい作戦だ!
「おーい! 誰かいるか!!」
大声で呼びかけるとすぐに遠くから落ち葉が踏む音が聞こえた。
緊急の場面だからか、いつもより耳がいい気がする。
音のした方へ走って向かうとやはりレイがいた。
「父さんとアントは?」
「みてない」
「まじかよ! どーしよ!」
「一旦登って確認したほうがいい。馬車がどうなってるかも気になるし」
「そうだな!!」
レイの意見を採用して落ちてきた斜面を登っていく。
急なところもレイが根でサポートしてくれるので楽々だ。
少し登るとレイが足を止める。
「オズ。あれ」
レイが指を指す先を見ると木にぶつかった馬車があった。
馬は倒れ、荷台は半壊している。
「ソクター・・・、死んでるな」
「ソクターってこの馬の名前?」
「そっか、レイは寝てたもんな。ちょくちょく話してたんだぜ」
喪に服したい場面ではあったが、2人ともすぐに右側に注意を向ける。
角が生えた男が2人。
体つき、雰囲気から明らかに強そうだ。
「ほんとにガキじゃねえか。こりゃ楽勝かもな!」
そう言うと男たちはそれぞれに剣で襲いかかってきた。
俺は両脚兎化の機動力で回避し、レイは木の根で受け止めたようだ。
「強そうなのは雰囲気だけで技術はねえのか!!」
すぐに反撃を図る。
次は俺たちのターンだ。
俺は敵の腹部に右獣拳を、レイは木の根で胸を突き刺そうとしていた。
「うっ・・・、これは避けなきゃマズイな」
全力で打ち込んではいないとはいえ耐えられてしまった。
とてつもない耐久力だ。
レイの方も威力が足りなかったのだろう。
完全に防御に転じてしまっている。
そしてここからの展開は最悪。
俺はパンチを避けられジリ貧。
レイも攻撃が通じないようで、ただ時間だけが過ぎていく。
そして相手の位置取りが上手い。
全力のパンチを放つとレイが巻き添えになりかねないようにしてくる。
「オズ! 手伝うから早く終わらせろ!」
そう言うとレイは俺の周りに根を生やし始めた。
これは!
斜面でも俺が動きやすいようにサポートしてくれている。
本当にレイは器用なやつだ。
「ありがとな!」
縦横無尽に駆け回り、大きく跳ねて相手の頭上をとる。
「これで巻き添えの心配なしだな!」
本気の右獣拳をくらわせ男を1人倒した。
「いっっ、、」
だが同時に腕を少し切られたレイが声を漏らす。
こちらに根と意識を割いていてくれたんだ、防御が甘くなっていて当然だ。
「今行くからな!!」
俺の声で安心したのだろうかレイは少し笑うと、2本の根で相手をこちらに押し込んできた。
そういうことか。
その場で跳び上がり拳を構える。
「任せたぞ」
「おう!」
渾身の右獣拳が炸裂し、地面にぽっかりと穴が空く。
「大丈夫だったか?」
「ちょっと切り傷ができたくらい。オズって戦いの時は意外と機転きくよね」
「意外ってなんだよ!」
互いを労い、冗談を言い合いながら休息を取る。
「ゔゔああああああああぁぁぁ!!」
しかし安堵できたのも束の間、とてつもない悲鳴が山の上から聞こえてきた。
「多分アントの声だ! 急ぐぞ!!」
「うん」
戦闘の消耗から先程までのペースは出せなかったが、全速力で登っていく。
とにかくアントが心配だ。
----
くそっ。
この魔法使いは近接戦闘もできるようだ。
先ほどから蜘蛛脚を使い連撃を仕掛けるがうまくいなされている。
いなされるどころか反撃を何度かくらっている。
だが若干押されているものの時間は稼げている。
「ぐぁっ・・・!」
油断した隙に腹にまともな攻撃を一発くらってしまった。
でも父さんがあの女を倒せば・・・・
え。
なんだあれ。
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
顔を上げると視界には頭部が切り落とされ倒れたハンスが映った。
目からは光が失われ、肩が力なく下がっている。
なぜ。
なんで。
どうすればいい。
困惑する俺に女が近づき、話し始める。
「私が憎いだろ? だが、君では私に勝てない。どうすればいいと思う?」
憎い?
ああ、そうか。
混乱のあまり自分の感情もわからなくなっていた。
俺は今この女に怒りと憎しみの感情を抱いているのだ。
「ゔゔゔあああぁぁぁぁぁぁ!!」
言葉にならない咽び声をあげ、女に斬りかかる。
しかし実力差は明確、軽くいなされ下半身を凍らされてしまう。
「ゔゔゔぅぅ」
「まるで獣みたいな。考える能力がなくなっちゃったなら教えてあげる。死肉を喰らいなさい。それもあなたの大切な人の。そうすればいつか私にも勝てるわ」
そう言うと女は俺の前にハンスの死体を投げた。
血で砂が固まりドロドロになっている。
後から投げられた頭が転がってきてこちらを見る。
憎い。
憎い。
憎い。
なのになぜだ、無性に腹が減る。
「私って待つことが嫌いなの。5分以内には完食しなさい。あと1分経っても食べ始めないなら私帰るわ。」
帰るだと?
ふざけるな。
絶対に殺してやる。
でもどうやって。
食えば帰らないのか?
なら考える時間もできる。
冷静になれ。
ハンスの仇を取るなら帰らせないことが重要だ。
これしか思いつかない。
多分冷静じゃない。
でももうわからない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
グチャバギギィィ
肉が千切れ、骨が割れる音が響く。
俺がハンスを喰う音だ。
親を食べる愚かな息子の出す音だ。
「よくできました。あと4分くらいでぜーんぶ食べてね」
俺は喰らった。
無我夢中だった。
魔法使いはどうしているのだろう。
あいつも殺さねば。
「ヴヴヴゥゥ」
死体を食べ終えると氷を割ることができた。
ハンスの力だ。
身体能力が著しく向上しているのが分かる。
「驚いた。ほんとに力を奪うんだ」
「じねええぇぁぁ!」
もうまともに言葉も出せないほど怒りが募っていた。
全速力で女に突進していく。
「でも残念。今日の相手は私じゃないわ」
ドゴオという轟音とともにさっきの魔法使いの爆発魔法に阻まれる。
だが身体強化の前では煙幕程度にしかならない。
「炎射撃」
二発目の攻撃が来る前に魔法使いに標的を変え、殴りかかる。
グチャァと生々しい音と共に男の頭が弾け飛んだ。
「次はお前も!!」
そう言って女のいた方を向くが誰もいない。
逃げられたのか?
「アント!!」
ちょうどオズとレイがこちらに駆け寄ってくる。
「お前、どうしたんだ?」
「どうって、俺は冷静だ」
「何言ってんだ! 血だらけで、頭ないやつに跨って! 平気なわけがねえだろ!!」
「この辺りにあの女はいるか?」
「女? 誰だそれ。俺の耳にもレイが聞いた情報にも女の気配なんかねえぞ」
「やっぱり逃げたのかあいつ」
「そんなことより父さんとは合流してないのか?」
「え・・・」
その言葉に一気に自覚させられてしまった。
返事できなかった。
「ちょっと・・寝る」
ギリギリ発せた言葉だ。
そう言って俺は倒れた。




